第119話 可愛い邪魔者たち
居間で、私はダンジョン作成計画の準備を進める。
その傍らで、アリシアが魔法薬を生成しているのも横目で見ている。
「ええっと、確かこのハーブを……お姉さまが乾燥させたものが既にあって……」
ぱたぱたと、アリシアは棚に材料を取りに小走りする。
それはそれとして……自分のやっていることに意識を集中させよう。
机の上には黒森の簡易的な地図が広がっている。それはかつて暇で仕方が無かった時に、私が飛び回ってだいたいの目印をつけたものにすぎないが、こういう時に役に立つとは思わなかった。
シャルロッテにやってみせたように、木々のダンジョンで黒森を覆うには、幾つかのポイントに魔法陣を仕掛けなければならない。
正確には、起点となるいくつかの大樹に魔法陣を埋め込むのだが、それは樹の外側ではなく、内側に魔法で埋め込まなくてはならない。
そうすれば容易に発見されることはないし、破壊されることもありえないだろう。以前の世界でいう、レーザーみたいなものだ。刻まれた樹々とともに成長して、消えることは無い。
「アリシア、目分量は駄目ですよ~」
魔法薬は料理と同じ。目分量でも確かに、できないことはない。だが副作用というものが起こりやすくなるので、失敗しても味が悪くなる程度の料理とは違う。
危険な薬という意識を持って、もっと慎重を期してもらわないと酷いことになる。
例えば……足にキスさせたり、首を絞めたりとか。あれは別に失敗じゃないけど。
「わぁ……お姉さま!」
片手間で、ほとんど視線も送らずに注意したというのに、嬉しそうな声をアリシアが上げた。
「見ててくださったんですね、お姉さまぁ~」
そうして魔法薬の生成なんて放り出して、私のすぐそばにちょこんと腰かけ、ぎゅっと抱き着いて来る。
「はい。見ていますよ」
駄目駄目。集中集中。アリシアに構ってたらダンジョンなんて永遠に出来上がらない。全部投げ出したくなるくらい、アリシアの可愛さは留まるところを知らないのだから。
地図を手繰り寄せ、幾つかの大樹がある場所に印をつける。これらの一定の距離を保った大樹に魔法陣を潜ませれば、円形範囲の樹々が勝手に人々を誘う様に迷宮を形作ってくれる。
そのように作られた迷宮は木々の意志に従った自動生成ともいえる物であり、入るたびに形を変える。しかし行きつく難関の順番は同じにするつもりだ。
「あぁ! またくっついてる!」
けたたましいシャルロッテの声が、アリシアの反対側から響く。どうやらメイと一緒に買い物から戻ってきたようだ。
「おかえりなさい、二人とも」
視線を地図に向けたまま、お行儀悪く私は挨拶する。ちょっと忙しい、というのが見てわかるように。
「白昼堂々なにしているのよ! まったく……」
怒ったようなそんな言葉とは裏腹に、アリシアとは反対側にシャルロッテは腰かけ、私に身を寄せる。両側から暖かい体温が伝わってくる。私の忙しいというアピールは失敗したようだ。
「これ、何? 地図?」
「はい。黒森の地図です」
黒森の中には、多くの魔物が棲んでいる。
それは一般人が黒森の中に近づけない理由の一つであり、私の小屋を勝手に世間から隔絶してくれる有難いお守りの一つでもある。
黒森の中にダンジョンを作るのであれば、その力を借りない手はない。
目立つ魔物のだいたいの生息地は頭に入っている。そんな生息地に、樹々の形作る迷宮で誘導してしまえば、勝手に敵の障害を作り出せるというわけだ。
「もう、シャルロッテったら。お姉さまは私のものですよ? 離れてください!」
「な、何よ。私だってマリーの側にいて欲しいって言われてここに居るんだから。アリシアに言われたって、離れないわよ!」
「あの……引っ張らないでぇ」
両側からぐいぐい引っ張られて、視界が揺れる。
そんなことで動じる私ではない。こんなの日常茶飯事で、慣れっこなんだから。
とにかくとにかく、この黒森には恐ろしい……かはわからないけど、面倒な魔物がいっぱいいるのだ。
悪意があるのか無いのかわからないけど、割と人を殺すこともあるスライム。
他にも、例えばハウンド。巨大な魔狼の群れである彼らは、樹々の陰に潜んで人を襲い、連携して執拗に追いかける。彼らと遭遇した人間は、時に正面からぶつかり合い、そしてその後も進めば進むほどに、この恐ろしい追跡者たちに弱った機会を付け狙われることになるだろう。
生息地は……スライムよりも少し奥。白森の街から繋がる道から黒森の奥に侵入して来た人々は、この生息地に誘導されることになるだろう。
戦闘能力がない一般人は、スライムを目にした時点で
「アリシア、アンタ修行中だったんでしょ⁉ 戻りなさいよ。分からないことがあったら私が答えてあげるわ。マリーだって忙しいんだもの。そうよね?」
「いやでーす。私は休憩中なんです。お姉さまの側でくつろいで、体力回復しないといけないんですから。しっかりした理由があるんですー」
「どこがしっかりした理由なのよ!」
……そのハウンドの生息地を抜ければ、奥の沼地も役に立つだろう。
黒い泥は想像以上に深くまで広がっていて、一度足を取られたら魔法使いでもない限り、独りでは抜け出せない。そこを餌場としているのが、グリフォンだ。
彼らは森のもっと奥深くに棲むが、沼にはまった間抜けな生物を手軽にテイクアウトするために、よく沼地の周りを飛び回っている。
素早く沼地を抜け出せない哀れな人々は、空から助けられたと思ったが最後、そのままグリフォンに巣に連れ帰られて、しばらく経てば巣の中に転がっているいくつもの白骨と、同じ末路をたどることだろう。
もちろんグリフォンだけが迷い人を狙っているわけではない。後ろからは常に、ハウンドの群れがギラギラと目を光らせている。心が休まる暇などないだろう。
「ねぇマリー? 私、この前の花冠を、薬剤を使ってドライフラワーにしたの。お部屋に飾ったから見に来ない? ねぇねぇ」
「ちょっとシャルロッテ! お姉さまが忙しいって言ったのはあなたでしょ? 何、自分のお部屋に連れて行こうとしているの!」
「ドライフラワーですか、いいですね。後で行きますね」
「じゃあ私も行きます!」
「どうしてアンタが来るのよ! ちゃんと勉強しなさいよ! そんなんじゃいつまでたっても、魔女になれないわよ?」
「私が魔女になれなくても、ここにいていいってお姉さまは言ってくださったんですもの。焦る必要なんてないんですよーだ」
「なっ……私だって! 何もできなくたって、いて欲しいって言われたんだから!」
「ずるいです! 最近起きたら二人でいっつも出かけているじゃないですか。二人っきりで何しているんですか? お姉さまは浮気です!」
「アンタが全然起きてこないのが悪いんじゃない! 自分のせいでしょ!」
とにかくとにかく、とにかく……何だっけ。
この子たちどっちも、本当、愛らしいというか。
とにかくこの二人が可愛いってこと以上に重要な事ってあったっけ。
「はい、二人ともそこまで。いくつか手伝って欲しいことがあるのですが……どっちが手伝ってくれますか?」
「私です! お姉さま!」
「私よ私! 私の方が役に立つんだから!」
二人は視界に入ろうと、ぐいっと両側から私の顔を覗き込む。
私は何となく、二人をぎゅっと抱きしめた。そうすると、二人の表情が幸せそうにほころんだ。
まずはアリシアから……大樹に魔法陣を刻む手伝いをしてもらうことにしよう。
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