第116話 メイドの圧
世間は休日らしい。
世間一般から離れていると、休日も平日も変わらない。それは毎日が休日というよりは、毎日が平日という感覚の方が近いかもしれない。
アリシアとシャルロッテは、ミォナの店を手伝いに行った。休日は特に、一人で店を回すのが難しくなるらしい。私もミォナからたまには顔を見せろと言われているようだが……もう少し暇な日に行った方がいいに決まっている。間違いない。
というわけで今の机を久しぶりに占領していると、メイがソファの隣で美しい姿勢で待機し始めた。
「……何ですか? メイ……」
「ええ、こういう時……何というべきか考えておりましたが……敢えて言うならこうでしょうか? 『二人っきりだね……』」
「……寝室に戻ろうかな?」
「お待ちください」
相変わらず真顔で、メイは私の肩に手を置いて引き留める。首には持ち主の元に戻った赤い首輪を、いつも通り着けている。
「先日、お嬢様の寝室を掃除していたところ……このようなものが」
コト、と音を立てて、メイによって机に置かれたのは、以前リサに騙されて買わされたいかがわしい魔石で動くおもちゃだ。
「寂しいというのなら、私にお申し付けくださればよろしいのに! このようなもので独り慰めるなど、何とおいたわしい……!」
「これはメイが私の寝室に持ち込んだんでしょ……片づけといてくださいよ……」
おもちゃはリサに文句を言って、全部返品済みだ。アリシアが取り上げた一つはアリシアが持っているはずだし……
ん? ちょっと待った、アリシアから没収してない。取り上げないと、あの子にあんなもの……
まあそれは後でどう切り出すか考えるとして、メイが持っているということは後日わざわざリサから買ったということだろう。何やってるんだろう、本当に。
「メイこそ、それを持ち込んで私の寝室で何をしていたんですか……」
「一体何を想像しているんですか、お嬢様。心外ですわ。このようなものを持ち込んですることと言えば一つじゃないですか」
「いや、全然心外じゃないし当たってるじゃないですか! するなら自分の部屋でしてください!」
「しょぼーん」
とか言いながら相変わらずの無表情。全然しょんぼりなどしていない。
「はぁ……もういいです」
「お疲れのようですね。お茶を淹れます。休憩なさっては?」
「……もう、じゃあ頂きますよ。ありがとうございます」
まあきっと、メイは最初から休ませに来ている。この掛け合いもそのためのものだろう。
はじめからお湯を沸かしていたらしいし、すぐにメイはお茶を出してくれた。
「メイも座って飲んでください」
「ではお言葉に甘えて」
メイは優雅に腰かける。元よりそのつもりだったのだろう。
「美味しい……」
どうでもいい掛け合いのことなど忘れて、ほっと安らぐ。一口飲んだら行儀悪く、私は膝を立ててソファにゴロンと仰向けになった。
「ときに……お嬢様。二人っきりですね」
「そうですねぇ……二回言いました?」
「最近の私の働きぶりはいかがでしょうか? 不足がありましたら、努めて参りますので、ご指摘くださいませ」
「不足なんて。毎日……感謝していますよ」
料理はおいしく、家事掃除は完璧。こうした気遣いも忘れないし、たまに寝室に忍び込んで何かしていることに目をつぶるならば、メイの仕事に文句などない。
というか、それらすべてに報酬など発生していなくて、せいぜい生活費や”集合住宅”の部屋を与えている程度なので、そう考えると結構酷いことをしている。
「お嬢様、勿体なきお言葉です」
「やっぱりメイには報酬を支払うべきではないでしょうか?」
「ええ。お嬢様はお忘れのようですが……私は報酬を欲しています。もちろん適切な形で」
「……あー……もしかして、ずっと気にしていましたか?」
「毎日毎日、夜な夜な、なよなよと枕だけでなく濡らしております。寝室でしていることを多めに見て欲しいほどには」
「んぐぐ……」
そう言われるとさすがに、何も言い返せない。
「ごめんなさい」
「いえ、報酬に関する決まりはございませんので。しかし、その件に関する最後の言及は確か……”集合住宅”が出来上がって、家具を大量に買い付けたときでしょうか……お嬢様」
「ええ、そんなに前でしたか?」
「時が経つのは、早いですね、お嬢様?」
圧。
無表情メイドによる、圧倒的な、圧。
少しずつ逃げ場のない場所へ追い詰められているような……将棋で一手ごとに詰められているような、そんな、圧。
「ごめんなさい。何が欲しいですか? メイ……」
「お嬢様の心が欲しいです」
「それ以外で……」
「ではやはり、前回のお薬でのお楽しみをもう一度、といった感じでしょうか」
「性格反転薬ですね……調べはついているので、簡単に用意はできるのですが……いえ、ある意味今しかないといえば無いですよね……」
アリシアとシャルロッテは出かけていて、私たちが何をしていても誰も気にしない。
思えば全ては計算ずくなのだろう。この人は、自分が使われているようで、実は人を思いのままに動かすのが上手なのかもしれない。
「わかりました……すぐ作ります。ちょっと待っていて」
「色々なところから
「せめて口だけにしてください。いや口からも出さないでください」
私は性格反転薬を薬棚のストックから取り出すと、他にもいくつか薬瓶を取り出し、
「そうそう、そういえばダンジョンを作るという話で、何かアイデアはありませんか?」
比率を量り、幾つかの薬を正しい割合で混ぜ、カラカラと棒でかき混ぜる。
「ふむ。その話で言えば、私が担当できるとすれば、実行部隊かと」
「直接相手と戦わない為のダンジョン……ではあるのですが、どこかで相手の意志を確かめるところは必要なんですよね」
「ええ。何を目的としてここへ来たのか、どこまでやっていい相手なのか、見定める必要はあるでしょう」
魔石の上にフラスコを置き、熱する。触媒に別の魔石を砕いたものを投入。ただ希釈だけすればいいなら、楽なのだがそうはいかないのが魔法薬だ。
「実は……リサからもらったアイデアの中に、面白いものがあって。幻影魔法を用いて、自分より少し弱い分身を造り出し、代わりに戦わせるというものがあったんです」
「それは面白そうですね。言葉を交わすことも可能、と?」
「ええ。直接赴かずに、敵と相対することができるみたいです。でも分身は魔法は使えないみたいなんですよ」
「なれば、私がうってつけというわけですね」
幻影魔法で分身を作り、操れる。しかし、生み出された分身は魔法を使うことができない。メイ以外の私やシャルロッテの分身を作っても、魔法が使えないので敵と戦うことはできないだろう。
「協力してくれますか?」
「もちろん、喜んで」
出来上がった。陶器のコップに出して、氷の魔石を投入し、急速に冷やす。
「ありがとうございます。でもそんなものを使うのは、相当な手練れが来た時だけで……」
「使わないに越したことは、ありませんね」
「ええ。完成です!」
「わー」
抑揚のない歓声と、やる気のない拍手が響く。
ここに性格反転薬、改良版が完成した。
精神安定剤を追加して、他にもいくつか両者をうまく統合させる素材を放り込んだ。これで前回のようにやり過ぎることは無いだろう。
「じゃあ……やりましょうか⁉」
「ええ。是非!」
私は
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