第115話 手袋の中
「これとセットで使うのよ」
リサは魔石のはめ込まれた、ちょうど手に収まる程度の棒状の機器を取り出した。そしてその上部についた魔石を、カチッと押した。
「ここを押すとね、わかるかしら?」
すると私が手に持っていた指輪がみるみる赤色の光を発して、だんだんと温かみを持ち始めた。
「熱い……?」
「安心して、火傷するほど熱くはならないわ。赤く光って、肌にも暖かさを伝えてくる。これならマリーが気づないなんてこともないでしょう?」
「便利ですね。これは……私の知らない技術です。魔法ってすごいですね」
「でしょう? こっちの機器は町長に渡すといいわ。私が持てないのは癪だけど。どう? 気に入ってくれた?」
「はい……これはすごく役に立ちそうです! ありがとうございます……お代を払わないと」
「待った、マリー。これはプレゼントだって言ったでしょ? お代は受け取らないわよ」
「そういうわけにはいきません」
これは結構高いはず。ブレスレットより、かなり高度な魔法が使われているようだ。そんなものをタダでもらうわけにはいかない。
「ダーメ。遠慮するのって時には相手に失礼だと思わない? マリー。これはプレゼントよ。でも、その代わりといってはなんだけど、一つだけ条件というか、隠れた秘密があるのよ」
「秘密? 何ですか?」
「指輪の内側を見て」
「内側……」
その小さな指輪の内側に、見えないくらいの大きさで、それでも確かに文字が刻まれている。
「何か書いてある……”リサより、マリーへ。永遠の愛を”……? ……永遠の、愛を?」
「その通り。良く読めたわね」
「こ、これって……! こんなの、け、結婚指輪じゃないですか!」
「結婚指輪……? あぁ、アンタの前世の風習? 結婚すると指輪をするとか? 何それ、変なの」
この世界には結婚指輪というものは存在しない。リサからすれば、単純に贈り物にメッセージを込めただけのつもりなのだろうか。
「あー……マリー? もしかして気に入らなかった? 私、こればっかりは喜んでくれるんじゃないかって、そう思ったんだけど。やっぱりアンタの気持ち、わかってないのかなぁ、私」
「い、いえ。そんなことはありません。嬉しいですが……」
リサの普段と違う雰囲気に、さっきまで私は少し、びくびくしていた。
何というか、突然悪い男にでも引っかかったんじゃないかと思ったのだ。しかし、こんなことをしてくるあたりやっぱりリサは普段通りで……
それにどこか安心してしまっている自分の気持ちに気づいて、気恥ずかしくなってしまった。
「そう? よかった! じゃあ、着けてくれる? というか……着けさせてくださる?」
「あの、でも指輪ってちょっと」
指輪というアイテムは、どうにも特別な意味を持つような気がする。他の贈り物とは一味違うような……それを計算づくで、リサはやっているのだろうか。
しかしリサは私の手から指輪を取ると、そっと私の手首を取り、いつもつけている手袋を外した。そして私の左手の薬指を取り、指に手を添えた。
「リサ? リサ、ねえどうしてその指を取ったんですか⁉」
「ん? この指が一番邪魔にならないんじゃない?」
「そ、そうかもしれませんが……」
「ねえマリー、でもこういうのって、ちょっと特別って感じがするわよね。こそばゆいのは私だけかしら?」
「やっぱりよくないことな気がします、気持ちは嬉しいんですが、これは……」
「ね、マリー。大事にしてね。私が側で見守ってるって思って着けててよ。素敵だと思わない?」
「あのっ……やっぱり駄目……!」
しかしリサはそれを無視して、指にすすっと、指輪を通した。
手を取って、指輪を通されているだけだというのに、滅茶苦茶恥ずかしいことをされているような気になってくる。顔が熱い。
ところが指輪は第二関節のところで、それ以上先にすんなり進まなかった。
「サイズは合ってるはずなんだけど。こういうのはコツがいるのよ。でも、これでつけてしまえば、簡単には外せないから、ちょうどいいわよね」
「あの、何でサイズを……? ちょっと痛いかも……やっぱりやめましょう?」
「痛かった? ごめんなさい。無理やりするつもりはないのよ。そうね、こういうのは、よく濡らしてからじゃないと……」
「濡らして……って何の話……」
リサは一度指輪を外すと、そのまま指からは手を離さずに……
かぷ、と私の薬指を口に含んだ。
「なぁぁっ⁉」
柔らかく湿り気を帯びた粘膜に、一瞬で指が包まれる。
「な、何してるんですか、ちょっと……っ!」
「ん~? むあいてうらへれひょ」
リサはそのまま人の指を口の中で転がして、もごもごと何かを言っている。
身体のなかの一パーセントにも満たない部分が訴えてくる違和感だというのに、全神経をそこに持って行かれてしまったかのように、私はその場に立ち尽くしてろくに動けなくなってしまう。
汚いはずなのに、すごく背徳的なことをされているようで、未知の感覚にぞくぞくとしてしまう。
「んっ……な、なんなの、これ……」
何かものすごくいけないことをしている気がする。
「汚いよ、リサ……駄目……」
自分の手だってそうだし……唾が付くのもそうだし。
リサはそんなの無視して必要以上に指をふやかす様に丹念に舐め上げている。
「れぉ……よぉし、こんなもんかしら」
顔が熱い、手も熱い気がする。
リサは棒立ちしている私の指を再び取ると、指輪を先ほどと同じように薬指へと通した。
唾で滑りが良くなった指輪は、関節で引っかかったものの、先ほどよりも抵抗なく関節を通り過ぎて、すんなりと奥まで入っていった。
「よし、これで完璧ね。ごめんごめん、濡らしちゃって……」
リサはハンカチを取り出して、指についた唾をふき取った。
「何してるんですか、ほんと……」
しばしリサの顔を直視できなかった。されるがままに手をふき取られている。
「これ? マーキングだけど」
「っ……変な事しないでください……」
「興奮した?」
リサはにやり、と余裕のある笑顔を浮かべる。今まではいつもと違う雰囲気だったのに、今日初めて、いつも通りのリサの表情を見た気がする。
「し、してません!」
「アリシアちゃんには、こんなことできないと思うけど。言ったでしょ? 私は私のやり方で行くって」
「リサ、やっぱりまだあの日のことを怒ってるんじゃないですか!」
「さて、何のことかしらね? よーし、渡すものは渡したし、アリシアちゃんの家庭教師でもやろうかしらね。メイに頼んだら、昼食を用意してくれたりする?」
「ねえ、やっぱりもう少し話しましょうよ、リサ」
「焦ることはないわ、マリー。ダンジョンの作成だって手伝うし、アンタは今まで以上に私と会うことになるんだから」
リサは意味深な笑顔を浮かべると、寝室から出ていった。
私はしばし呆然と指輪を眺めてから我に返る。
リサが置いていった手袋を、まるで指輪を人目から隠すように……そそくさと再び身に着けたのだった。
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