第114話 指輪


 私はシャルロッテと朝、居間で会うと、天気のいい日はどちらが言い出すともなく、朝の散歩をするようになっていた。


 そうして今日も二人で出かけて、小屋に帰ってくると、意外な人物が居間にいた。


「あら、おかえりマリー。シャルロッテも。お邪魔してるわよ」


「り、リサ⁉」


 リサが居間の椅子に座って、アリシアと一緒に何か本を開いて話し合っていた。


 しかも、どこかいつもと違う雰囲気だ。いつもは長くまっすぐに垂らしている黒髪を後ろで一つに束ねていて、ドレスの露出もいつもより多くオフショルダーの黒いドレスだった。どことなく、化粧もナチュラルなものになっているような気がする。


 いつものリサが近寄りがたい大人の女、という雰囲気だとすれば、今のリサは少しだけ近づきやすそうな、優し気なお姉さん、という感じだった。


 予想外の来客に、私は必要以上に焦った。リサとはあれ以来気まずいままで、私の方から尋ねて行かなければと思いながらも先延ばしになってしまっていたのだ。


「あの、アリシアと何を……?」


 二人は前回会った時、険悪な雰囲気だった気がする。なのに今は仲睦まじげに話している。以前にもこんなことがあったような……私には二人の関係性というのがいまいち理解できない。


「あぁ、暗闇魔法について知りたいみたいだったから、教えてあげていたのよ。マリーが心配なんだって。アリシアちゃんはやっぱり健気でかわいいわねぇ」


 そう言ってリサはアリシアの頭を撫でた。アリシアも大して嫌がらずに撫でられながら、応える。


「ええ。お姉さまがまだうなされていないか心配なんです。リサさんはこう見えて教えるのが上手なんですよ!」


「こう見えてって何よ、もう。失礼しちゃうわ」


 リサは冗談めかして拗ねたようにそう言い、アリシアもそれを見ていたずらっぽく笑った。


 二人の間に流れる空気が何となく気に入らない……けど、とりあえず私はリサに謝らなければいけないんだった。


「えーと、リサ。ちょうどよかった。私も話があったんですよ」


「あら、そうなの? ごめんね、急に来ちゃったりして」


 その言葉に嫌味は無く、単純に軽く非礼を詫びているようだった。全部の言動がリサらしくなくて、調子が狂う。


「……場所を移しましょうか」


 私が寝室……まぁ唯一の私室なので、そちらへと目配せすると、リサは頷いて立ち上がる。アリシアも特に文句は無いようだった。


「お姉さま、今日もしっかり治療してもらってくださいね?」


「え? ええ。も、もちろんです」


 どうやらまだ暗闇魔法の治療を受けていると思っているらしい。ただリサと二人で話すにはそうしておいた方が都合がいいだろう。


 部屋にリサを通し、扉を閉じる。


 ふと、リサがつけている香水がいつもと違うことに何となく気づいた。いつもより若干、甘ったるいような。


「リサ、ごめんなさい。私、前回は嘘を吐きました。本当は……リサのこと嫌いじゃないです」


 まずは、謝らないと。嫌いじゃないのに無理して嫌いだと言って、それを見透かされていたのだから、これほどみじめなこともない。


「あら、嬉しいわ。でもいいのよ、そんなこと」


「そんなことって……」


 リサはあんなに怒っていたのに、今日は会った時からずっと笑顔で、何かいいことでもあったかのようだ。


 別人のようで、どうにも違和感を覚える。


「そんなことより、前回した話を覚えてる? ダンジョンの話よ。私色々、使えそうな罠をリストアップしてみたの。見てみて」


 リサはそう言うと、懐からメモを取り出して、私に渡した。


「あ、ありがとうございます」


 今はそんな話をしたい時じゃないんだけど。とりあえず渡されたメモに目を通す。


「束縛魔法に、幻視魔法? 魔石を用いるものが多いんですね」


「とっておきは、暗闇魔法。これは最後まで粘ったヤツにオススメよ。その威力はアンタも知ってるでしょ?」


「ええ。使えそうですね。ありがとうございます。でも……」


「それと、今日はプレゼントがあるのよ、マリー」


「ねえリサ、待って。香水変えた?」


「……ん? 変えたといえば変えたわね。気づいてくれたの? 嬉しいわ」


「髪型も」


「そうね。たまにはこんなのも。ドレスもね。変……?」


「ううん、綺麗です。でも……どうして?」


「どうしてって、マリー。別にいいじゃない。たまには気分を変えたくなっただけよ。マリーこそどうしたのよ、急に」


「いえ……忘れてください」


 リサは前回、私のことを絶対に許さないと言った。それなのにすんなり謝罪を受け入れて、何もしてこないなんて奇妙だ。


 そう考えるとどうしても、いつもと違う雰囲気を指摘せずにいられなかった。甘い香りには……少しトラウマがある。アリシアが媚薬を作った時……そんな香りに酔わされ続けているような感覚があった。


「じゃあ話を戻すわよ。ほら見て、じゃじゃーん。何だと思う?」


 リサは小さい、白く輝くリングを指で挟んで、私の前に差し出した。


「指輪……?」


「その通りよ。これが何だかわかる? これはね、ブレスレットの代わりよ」


「ブレスレット……この間切れてしまったあれですか?」


「そう。竜騎士さんが来た時に切れて、新しいのが必要だったんでしょ? でも次は気づかなかったなんてことは防がないとね。ってわけで、私はしばらく適したものを探していたわけ」


「それがこの指輪なんですか?」


 私はリサに渡されるままに、その白く、小さな枝で編まれたような装飾が施された指輪を光に当ててよく観察した。

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