第113話 輪の交換
「何してるのよ……?」
私が白い花を摘んで作業を始めたのを、シャルロッテは怪訝そうに見ている。
「秘密です。シャルロッテ。私は……思えば身勝手な理由であなたを助けてしまいましたね……ごめんなさい」
「どうして謝るのよ。アンタが助けてくれなければ、私は死んでたんでしょ。わかってるわよ、その上で何かを要求するなんて、わがままだってこと」
「はい、シャルロッテは……わがままです。素直じゃないし、意地っ張りだし。でも隠れて努力していて、本当は……傷つきやすくて。そこが……可愛いんですよ」
「う、うん。思い出したのね? アンタあの時……記憶が戻ったの?」
集会の日の記憶は戻らない。でもどうやら、あの時、そのようなことをシャルロッテに言ったようだ。
「いいえ、でも、きっとそう言ったんでしょう? それは……普段からそう、思っていることですから」
「普段から? 本当に?」
「始めはシャルロッテのことを私は……何も知りませんでした。でも今は違います。しばらく過ごして、いいところも悪いところも……お互い知ったじゃないですか」
「うん……悪いところも?」
「えっと、素直じゃないとこです」
「う、うっさいわね!」
「ご、ごめんなさい。でもシャルロッテだってそうでしょう? 私の悪いところも、いいところ? も……あるのかわかりませんが。でも、同じように思ってくれてると嬉しいですが……」
「……知らない」
「す、素直じゃないのは悪いとこです……」
「知ってるわよ。引きこもりで自信が無くてダサいところも、優しくて……それから、たまにかっこよくて、綺麗だし……ねぇ無理。もういいでしょ?」
「も、もういいです……」
自分でけしかけておいて、そう言われると顔が熱くなってくる。二人して顔を赤らめながら、しばし、沈黙する。
「できました!」
最後の茎で締め終えると、単調な作業は終わりを告げる。
小さな雑草の白い花たちは、小振りな花冠へと形を変えた。
幾本もの可愛らしい花を犠牲にして作られたその冠は、私という人間の傲慢な所業にしては可愛い出来栄えだった。
「すごいじゃない。アンタ意外と器用だったのね?」
「ふふ、実はそんなに難しくないんですよ。シャルロッテ、はい」
私は立ち上がると、シャルロッテの頭の上に花冠を乗せた。
白い花と、緑の茎でできたそれは、シャルロッテの赤い髪によく映える。
「お姫様みたいですね、シャルロッテ」
「なっ……何言ってんのよ、お姫様は、アイツ、だけでしょ……」
「そうでしょうか。冠をつけてる女の子は、きっとみんなお姫様ですよ」
「っ……何言ってんの、ほんと、馬鹿じゃないの……」
シャルロッテはぶつぶつと文句を言いながら、それでも花冠を外さずに、照れて俯いている。
実際、この芝生の中で朝日を受けて、花冠を着けているシャルロッテの姿は、それだけで結構絵になる。
「それじゃあ、それはあげますから。でも、タダじゃありませんよ?」
「へっ?」
「首輪と、交換です。でも、ほら、花冠の方が似合っていますよ」
「交換……」
シャルロッテはしばし俯いて、考え込む。
まるで二つのものの価値を、比べているかのようだった。普通に考えたら、首輪の方が金銭的な価値では高く、敵わないのだが……
「シャルロッテ、この先も……私と一緒に暮らしましょう?」
「それって……」
「私はちゃんと、シャルロッテに居て欲しいですよ。それをちゃんと、伝えなければなりませんでしたね。今まで……シャルロッテの気持ちに気づかないでごめんなさい」
「うん……」
「集会は楽しかったでしょう? 一緒に居れば、これからもきっと、楽しいことがいっぱいありますよ。まだまだ一緒に出掛けたことも少ないですし……だから、賑やかに……でも、時々こうやってのんびりしながら……」
私はそんなことをどこかぼんやりと言いながら、シャルロッテの横で再び仰向けに寝転がった。
「一緒に過ごしましょう、シャルロッテ」
シャルロッテはこっちを向いて座り直して、寝ている私のお腹の上に、そっと赤い首輪を置いた。
「シャルロッテ……?」
「返す……」
「はい。よかったです」
「アンタは……頼りないから、私が側にいてあげる」
シャルロッテは花冠を手に持って、私の隣に寝転がった。
でもそっぽを向いて、そのまま背中を私にすり寄せるようにしている。やっぱり素直じゃないのは、一朝一夕では直らないようだ。
「……はい。一緒に居て下さい、シャルロッテ」
「ん。しょうがないから、居てあげる」
これくらいなら、いいよね? アリシア。シャルロッテの背中から、ほんのり暖かさが伝わってくる。
いつも偉そうにしている割には不安げで、どこか頼りないその背中を、私はそっと何度か撫でた。
シャルロッテの首輪を取り上げてから数日後の朝……
私がいつものように目を覚まして居間に入ると、違和感に気づいた。
「メイ……」
「おはようございます、お嬢様。朝食の準備は整っておりますよ」
「いや、それ、首輪……なんであなたがしているんですか……」
シャルロッテからようやく取り上げた、赤い首輪。それを、なぜかメイが首に付けていた。
「これは……証……ですから。これを着けていれば、虐めてくださるんでしょう? お嬢様がっ……」
「メイ、あのねぇ……」
シャルロッテを若干馬鹿にしながら、メイは首元を押さえながら目を潤ませる。とことん、いい性格してる。このメイド。
「捨てときなさいっていいましたよね⁉」
「これはもともと私の物です。シャルロッテ様が不要になったというのであれば、私に所有権が戻るのは当然の理!」
「返しなさい! もうその首輪、灰にしてやる!」
「おやめください! 人の所有物を燃やすなど、ご乱心なさらないでください! あ、でも私の所有権はお嬢様にあるので、私の物もお嬢様の物と、そういうことでしょうか⁉」
「メイの所有権を持ったつもりはありません!」
「嫌ですわっ! 私を捨てないでお嬢様!」
「誤解を生む言い方をやめなさい!」
結局のところ、この赤い呪いの首輪は、まだしばらく、私の視界からは消えてくれないようだった。
呪われた首輪は……なにか遠い険しい旅路を超えて、火山の火口にでも投げ込まないと消えてはくれないような、そんな気がした。
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