第111話 枷


 私たちはそのまましばらく歩く。


 すると、芝の間に所々小さな白い花が咲いている、少し開けた場所へとたどり着いた。


「ここ、アリシアと魔石を取りに来るときにたまに来る、休憩所よ」


 シャルロッテはその芝の生えた広場のような場所へ、慣れた様子で歩いていった。


「こんなところあったんですね。日が差し込んでいて、不思議な場所ですね」


「いいところよ」


 薄暗い森の中で、暖かい日差しが差し込む場所は貴重だ。ぽかぽかと身体が温まり、芝に寝転んで二度寝したくなってくる。


「……えーと、シャルロッテ、それはそうと、集会の日は大丈夫でした?」


 気分も上向いて、話題転換するなら今だ。というか、本当はその話がしたくて出てきたわけだし。


「大丈夫かどうかで言えば……大丈夫じゃないわよ……」


「私、やはり何か酷いことを……?」


「嘘……覚えてないの?」


「あの……」


「酷い……」


「ごめんなさい……」


 シャルロッテは深く傷ついたような表情を浮かべて、私も胸が痛んだ。しかしシャルロッテはふと、何かを思いついたように、ころっと表情を変えた。


「じゃあ、じゃあさ。やり直して。ちゃんと……覚えてて」


「は、はい? 何をでしょう?」


「えっと、ね、アンタ言ったの。私がどんなにその、惨めでも、守ってくれるって。笑顔で言った……から……」


 シャルロッテは耳まで真っ赤だ。見てるこっちが恥ずかしくなってくる。というかみんなの前でそんなこと言った自分もやっぱり恥ずかしい。


「アンタ、したのよ、私に、その、アリシアにしかしないようなこと」


「えぇ……それって」


「抱きしめて、可愛いって言って、その、したでしょ? 覚えてる?」


 え? まさか……私、キスしたのだろうか?


 この子に? それで覚えてないのはさすがに、可哀想というか、最低だ。


「どうしましょう、私……」


「だ、だからっ……やり直してよ……」


「こ、ここでっ……?」


 朝の陽ざしを受けて、シャルロッテの紅い髪は苺ジャムのように光沢を持ってきらめいている。


「そ、そうよ。酷いと思うなら……酷いと思うわよね⁉」


「は、はい……酷いですねっ? で、でも……」


「誰も見てないでしょ? ねえ、マリー。二人きりよね」


 深い森に、小屋は遠く歩いて来た。


 誰も見てなどいない。


 例えば、神様とかお天道様なんていうのがいない限りは。


「どうなのよ、ねえ」


 シャルロッテはそう言いながら、私に近づいて、身を寄せた。


 体を密着させて、抱き着いてくる。普段はとことん素直じゃないシャルロッテのそんな行動は、あまりにも意外だった。


「あ、あの……」


「ん……ねぇ……ほら……」


 迷いながらも、何とかシャルロッテを抱きしめる。シャルロッテも腰に手を回して、深く息を吐きながら落ち着いたように私に身を預けた。


「シャルロッテ。ごめんなさい……私」


「言わないで、お願い。今は私だけ見ててよ……」


「はい……」


 少し肌寒い朝の空気のせいで、シャルロッテの暖かさをより深く感じる。頬を肩に寄せたシャルロッテの赤いツインテールがゆらりと腕に当たっている。


「守ってあげると、そう言ったのなら……その言葉に偽りはありません」


「撫でて」


「うん……?」


「頭、撫でて」


「は、はい」


 それくらいなら別に……いいよね? アリシア。だって甘えてるだけだよ、きっと。この子は……守って欲しくて、求めているのは恋人じゃなくてきっと、保護者だから。


 心の中で必死で言い訳しながら、私はぎこちない手つきでシャルロッテの頭を撫でた。


 ツインテールにまとめられている髪は綺麗に丸く整っているので撫でやすい。優しく指の付け根で撫でて、リボンを軽く指先でつついた。


「ん、マリー……ふふっ……もっと」


「はい、はい。しょうがないですね、もう……」


 甘えるように頬をすり寄せてくるシャルロッテは、普段からは想像つかないほどの甘えっぷりだ。さすがにこうも素直になられると、私も平常心を保てなくなる。


 そのまましばらく、小さな頭を撫で続けていると、シャルロッテはゆっくりと顔を上げて、こっちを見た。


 喋ればいいのにあえて何も言わず、何かを訴えるように、じっ、とこっちを見ている。


「あ、あの……シャルロッテ?」


「マリー……ねえ、私……アンタの一番にはなれないのよね」


「それは……」


「奴隷なら、私だけだから。一番になれると思った。そうでしょ? だってほかに奴隷はいないもの」


「何言ってるんですか、奴隷とか、もうやめましょう?」


 シャルロッテは首輪に手を触れながら、言う。シャルロッテは首輪と、奴隷という言葉にすがっている。それは、健全とは言い難いものだと思った。


「じゃあ、一番にしてよ。奴隷じゃなくっても、私を一番にして? それができないなら、私から首輪を奪う権利なんてないのよ、アンタは」


「どうしてそうなるんですか……」


「ほら、続き、してよ。約束でしょ」


 シャルロッテはそう言いながら、軽く目を閉じて、私の方を見たまま、じっと次の行動を待った。


「あの、ちょっと……シャルロッテ……?」


 シャルロッテは答えない。そして、微動だにしないまま、ずっと待っている。


 何かするまで、動かないとばかりに。


「ね、ねえ。目を開けてください」


「ん」


 シャルロッテは動かない。


 私は勝手にあたふたしていて、それを誰にも見られていないのがせめてもの救いだ。


 落ち着け……深呼吸。抱きしめて頭を撫でるくらいなら、きっとアリシアは許してくれる……多分?


 どうだろうか、ちょっと怒るかも。怒ってくれるのが嬉しいような……私ってもしかして最低かもしれない。


 でもその先はちょっと、誰も見ていないと言ったって、自分からするのは難しい。リサみたいに無理やりされたわけでもないし。


 私がこの子にしてあげられることはやっぱり……


「えっ、ちょっと……」


 私はシャルロッテの首輪に、杖を向けた。


 手で直接外すよりも簡単に、ひとりでにベルトが解けて、それはシャルロッテの首から外された。

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