第110話 ダンジョンの計画
土を踏みしめる感触、その音がやたらと大きく、沈黙の中に響く。
私とシャルロッテは、無言で黒森の中を歩いていく。
いやいや、さすがに私が誘ったのだから、ここはリードしないと。
シャルロッテはアリシアと同年代だが、負けず嫌いなところなんかもあってどことなくアリシアよりも子供っぽい性格に思えた。
だから、やっぱり年上として、私がリードしなくては。
「え、えーと、やっぱり朝早くだと、肌寒いですよねぇ……」
「そ、そう? アンタがそう言うんなら、そうなんでしょうけど」
「あー、そうでもなかった感じですか?」
「う、ううん⁉ 全然、寒いわ。もう風邪ひきそう」
「いや、そこまでではなくないですか……?」
「なっ……! アンタが言い始めたんでしょ⁉」
やはり奇妙だ。普段のシャルロッテだったら、自分の思っていることと違ったら、帰ってくる返答といえば、「寒くなんて全然ないわよ! 引きこもってばかりだから、アンタはそんななのよ!」とかそういうものだというのに。
自分がどう感じているか曲げてまで、私に合わせようとしている……割には、なぜか結局怒られてるんだけど。
いやいや、私がリードするんだってば。こんなことで負けてはいられない。
「それはそうと……今日は相談があったりもしまして」
「相談? どういうやつ?」
「ほら、ダンジョンを作りたい、なんてそんな話していたの、聞いてたりしました?」
「ラピスがそんな話をしていたわね。ダンジョン、面白そうじゃない。守るためなんでしょ? その、アリシアを」
「シャルロッテもですよ。もちろんメイも」
「そっ……そうよね。私もよね……? どんな私、でもよね?」
「うん……? もちろん……?」
「ふふっ……!」
え、何、その、溶けそうな素直な笑顔は……
初めて見るそんな表情に私は思わずドキッとしたが、咳払いして平常心を取り戻す。
私のペース、私のペースで進めるんだ。
「で、でも、シャルロッテも立派な魔法使いですから……力を貸して欲しいな、と思ってるんです」
「私の協力が必要……? そうなのね⁉ いいわ! 力になってあげる!」
シャルロッテは嬉しそうだ。普段から自分を役立てられる場所を探していたのだろう。今までは魔石の収集や、アリシアの魔法の練習に付き合って上げる程度で、不完全燃焼だったようだ。
「ありがとうございます。早速なんですけど、この世界のダンジョンなんていうのは、行ったことはありますか?」
「ええ、あるわよ。浅い遺跡程度だけど。歴史調査の一環で、付き添ったことがあるのよ」
「やっぱり、ダンジョンというのは踏み入ろうと思って自ら入っていくものですよねぇ……」
「そうとは限らないわ。霧の中を迷い歩いているとたどり着くというような場所もあるし」
「そんなイメージをしてはいます。でも、先日のようなことがあると、ダンジョンがあっても意味はないというか……」
「ワイバーンで竜騎士に突然来られた時……とかね」
「ええ。魔法使いが突然来ても同じことですし」
「空からはどうやったって無防備よね……ふうん……」
並んで歩きながら、シャルロッテは少し思案する。
「結界を張ればいいじゃない」
「結界、ですか」
「白森の街に独りで結界を張ったんでしょ? ドーム状に街を覆う魔法結界。小屋の周りにも害獣が近づかないように張られているものがあるけど……そういうものよ」
「なるほど……」
街には大きさによって空中からの生物を受け付けない結界が張られている。そのせいで物理的にワイバーンは侵入できない。同じものを小屋の周りにも設置すれば、竜騎士や魔法使いが来ても侵入を防ぐことができる。
「私たちが入れなくなっちゃうのでは?」
「条件付きの魔法陣で、扉をつければいい。結界の前で杖を使って単純な魔力操作をすることで……一時的に対象者を通れるように制限が解除されるの。もちろん、魔法陣に事前に織り込んで置く必要はあるし、魔力操作は私たちだけの秘密にしないといけない」
「えっ、そんなのあるんですか?」
「あるということは知っている……もちろんやり方は知らないわ。だって私は結界なんて使ったことないもの」
「でもそれなら、使えそうですね」
メイはそもそも一人で飛べないから、対空結界を通ってくることはあり得ない。私達だけがその魔力操作を知っていれば、空からの侵入は防ぐことができる。
「でも、地上から来た奴らはどうするのよ?」
「ふふん、それに関しては考えがあります。小屋につながる道は限られていますから、通れる道なんて絞られます。そこを……こうする」
私は魔力を操作して、私とシャルロッテが歩く道の両側に生い茂る木々を操る。
幾本もの枝が同時に動き、編み込まれるように空を覆い、壁を形作り、そして正面の道を塞ぐ。
「ちょっと……これって本気?」
そうして右側の、今まで木々が生い茂って道にもなっていなかった場所が、今度はかえって開けていく。木々が道を開けるようにしなり、数人が通れるように空間を開け、そしてその周りをやはり枝で塞ぐ。
「張り巡らせた木の幹で、壁と天井を作っているのね。こっちへ進めと誘っているわ……これを自動化するつもり?」
「ええ。最初はもうちょっと自然に誘って、気づいた時には迷宮に入り込んでいる……って感じにしたいんです!」
「でも……木よね?」
シャルロッテはそう言いながら、木の枝で格子状になった壁に近づく。
「そこはほら……こういう風に」
素早く枝が伸びて、シャルロッテの腕へと絡みつく。その身体の周りに、直接触りはしないものの、包囲するように太い木の枝が素早く伸びていく。
「きゃっ!」
「ねっ、ほら。シャルロッテだって知ってるでしょ? 木々の本当の怖さ」
そう言いながら、私はシャルロッテの腕に絡みついた枝を引っ込める。
決闘の時には、その力を存分に発揮してシャルロッテと戦った。その恐ろしさはシャルロッテも知っているはずだ。
「近づけば絡みついて壁に組み込まれてしまうし……火でもつけてしまえば、逆に自分たちが炎に巻かれてしまう……ほんと陰湿!」
「陰湿って……有効利用ですよ。黒森には立派な木々だけは沢山あるんですから。これを使わない手はありません」
「でも、迷わせてどうするわけ? たどり着けないように追い返すの?」
「ええ。行先を仕向けることができるので、小屋とは全然別の方向へと進ませるんです。折角だから、魔物の多く居る場所とか、足場の悪いところとか、危険な場所へ進ませて……魔石の多くある場所や川や果物があるような場所からは遠ざけます」
「なるほど……ふふっ、罠には多少協力できるかもしれないわ! 護衛のために罠を仕掛けることもあったのよ! 魔石を用いて、人が近づいたら大雨を降らせたり、足場を沼にしたりするのよ!」
「いいですね! そういうのも是非、お願いしたいです。そこから徐々に、進むようなら魔物のいる場所へ誘ったり、引き返すならそのまま帰らせてあげればいいですし……もし最後まで粘るのなら……行くべき場所を用意しようと思っています」
「ここは交通上通らなければいけないような場所ではないから、困る人もいないでしょう。行商人が通るにしても白森までだものね」
「黒森ではやりたい放題ですね」
「あはは! そうね。黒森はもう私たちの庭で、やりたい放題だわ!」
「頼りになります、シャルロッテ。じゃあ、これからも色々と手伝ってもらいますね?」
「当然! 私に任せておきなさいよ! 私を誰だと思ってるわけ?」
「もちろん、”神童”、シャルロッテ様でしょう?」
「そうよ! って、アンタ今ちょっと馬鹿にしたでしょ?」
「そ、そんなことないですよ……ふふっ」
「コラ! やっぱニヤついてるじゃない! 馬鹿にしないでよ!」
シャルロッテのことは評価しているけど、神童とかって異名は頂けない。正直誇らしげに言うのはやめた方がいいんじゃないかと思う。
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