第107話 (初めて)聞きたいこと


「いーい? 暗闇魔法は容易にトラウマを植え付け、あるいは掘り起こし、深い深い闇へ誘う魔法よ。その後の人生を一変させ得る危険なものなの。だからこそ、アフターケアが重要。おわかりかしら?」


「はい……わかってますよ」


 拗ねたように、アリシアは私から離れて、扉の方へと向かった。


「私がマリーのカウンセリングをするから、アリシアちゃんは絶対に入って来ないこと。他の人も近づけさせないで」


「どうしてですか? 私もここに残ります」


「心の闇は、安全が確保された場所でないとさらけ出せないの。例えば、自分をよく見せたい相手の前なんかじゃ、絶対に見せたいと思えない。例えば、アリシアちゃんの前とかじゃあね。それじゃあマリーの心の傷は癒せない。明日から毎日うなされることになるかもしれないわよ?」


「むぅ……それは困ります……」


「マリーの為を想うなら、邪魔しないで」


 リサは語気を強めて、突き放すようにアリシアにそう言った。リサがそんなにアリシアに強く出たのは、初めて見た気がする。


「わかりました。絶対、お姉さまを助けてあげてくださいよ? お姉さま、本当に辛そうだったんですから……」


 アリシアが泣きそうな顔でこっちを見ている。


 やっぱり、随分うなされていたようだ。起きた瞬間泣いてたし。


「大丈夫ですよ、アリシア。一緒にいてくれてありがとう?」


「お姉さま、大好き」


 今生の別れみたいにそう言い残すと、アリシアは寝室を出ていった。


 これは……やっぱり一線を超えちゃった感じ?


 だって今のはまさに、恋人に言うような言い方だった。


「ハァ……胸やけしそうなんだけど?」


 リサはうんざりしたように言いながら、ベッドの隣に椅子を持って来て座った。


「えへへ……」


「何照れてんのよ馬鹿。アンタ、昨日マジでヤバかったわよ」


「私、一体何を?」


「それは被害者たちにそれぞれ聞くことね。身体に違和感は? 息苦しかったりしない?」


「かなり悪い夢を見ていたようだけど……」


 普通に受け答えしてはいるが、私は未だに全裸である。シーツを巻き付けるようにして脇の下で挟み、鎖骨の下あたりでなんとか留めている。


「……悪いことしたわ。夢の内容は覚えてる……?」


「え……?」


「何よ?」


「リサが……謝った……」


 プライド前回のリサが、素直に非を認めるなんて、滅多にないことだった。


「っさいわねぇ。シーツ剥がすわよ?」


「ちょっ! 引っ張らないでぇ!」


「はぁ……とにかく、覚えていることはある?」


「前世の……記憶が少しだけ。あまり話したくないです」


「……断片的にでもいいから、話してみて」


 私は話せる範囲、覚えている範囲のことをリサに話した。


「なるほどね。暗闇とアンタのトラウマ……相性最悪にばっちりだったみたいね」


「リサと会った頃を……思い出しました」


「あの頃のアンタの目は、白いのにどす黒くくすんでるように見えたわ。私より黒いドレスが似合いそうだったから、無理やり白ばっかり用意してやったっけ」


「嫌がらせですよ、本当」


「黒魔女の異名は気に入ってるのよ。アンタには、やれないわね」


「欲しいとも思いませんよ」


「さて、と。じゃあ本格的に治療しますかぁ」


 リサはそう言って椅子から立ち上がった。


「治療魔法なんて使えましたっけ?」


「アンタじゃあるまいし」


 そう言いながらリサは腰のベルトを緩め……


 はらり、とドレスを脱いだ。


「はぁっ⁉ ……何してるんですか!」


「あら、今さら恥ずかしがることないでしょうに」


「恥ずかしいに決まってるでしょ!」


 私は思わず身体ごと横を向いて、リサに背中を向ける。


 するとリサはなんと全裸でベッドに潜り込んできた。


「なななっ……何してんの⁉」


 素肌の背中に、柔らかい感触、そして下半身に、腰の骨が当たる感触。


 私の腰を、リサの細い指が這う。


「上向いて。耳貸して」


 身体ごと背けていたというのに肩に強い力を加えられて、無理やり仰向けにさせられる。何とかシーツを掴んで、首元まで掛けるが、シーツの中にリサも入ってきている。


「ひぃ……」


「これは治療なんだから。ちゃんと聞いて」


 ねっとりと吐息が耳に纏わりつき、その湿度でふやけそうだ。


「っ……早く終わらせて」


「なんて……そんなの嘘。別にちょっと嫌なことを思い出した程度で、今は大丈夫でしょ。本当は……アンタに聞きたいことがあっただけなの」


「聞きたいこと……?」


 だったらベッドにインする必要はないと思うんだけど。


「ねえマリー。私たちって、他の誰とも違う、特別な関係だと思わない?」


 少し低めな、でも女らしい声が、小さく弾けるように耳奥へと吹き込まれる。それに意識を引っ張られると、目の焦点が合わなくなって思考がままならなくなってくる。


「……あの、吐息が……」


「聞いて。アンタが転生者だってこと、私だけが知ってる。生殺与奪を握ってるも同じだわ。脅してるわけじゃないのよ? だって私はアンタのこと……」


 頭がくらくらする……


「大好き……だから」


「ぁ」


 突然、耳元から直接吹き込まれた真っ直ぐな愛の言葉に、ぞくっと身体が震えた。


「やだ、身体ビクッ、てさせちゃって。よかった。何も感じないわけじゃないのね?」


 いつものようにからかってるわけではないと、私にはわかってしまう。だってリサは……そういう弱味を滅多に人に見せたがらないから。


 人に魅了されることはなく人を魅了して、恋されることはあっても、恋することは無い。いつだって余裕があって、人を攻める側の大人の女。絶対に相手に主導権なんて握らせない。それがリサだ。


 だからこそわかる。そんな、真っ直ぐな愛の言葉を、冗談でも自ら吐く人間ではないと。

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