第106話 事があった後?
恐る恐るアリシアを覗き込む。
ぱさ、と野暮ったい髪がアリシアの頬を撫でてしまい、アリシアが目を覚ました。
「んぅ……? お姉さま?」
「アリシア、あの、その、私たち……」
「おはよぉ……ござま……うぅ」
「起きてください……」
「むぅ~…………はっ!」
アリシアは一瞬、二度寝しようとする気配を見せたが、一瞬薄目でこちらを見ると、かっと目を見開いて飛び起きた。
「お姉さま! ご無事でしたか!」
「ご無事⁉ どういう意味で⁉」
貞操的な意味で?
「夜じゅういっぱい、辛そうな声を出していましたから……心配したんですよ」
「辛そうな声をっ⁉」
ボンッ、と顔面が爆発しそうなほど熱くなった。
このいたいけな少女の前で、どんなはしたない声を出してしまったというのか。
「あぁぁぁぁ……」
「やっぱりまだお辛いのですね……」
アリシアは上体を起こして、私の頭を撫でた。
ん……?
「あれ、それ、服……?」
「はい?」
アリシアは肩からずり落ちたキャミソールの紐を掛け直した。つまり……裸ではなかった。
シーツから出ている部分だけ見ると、裸に見えただけだった。
だからといって何もしていないとは限らないのだが。
「アリシア、私たち……」
いや、ここでアリシアとしておいて記憶にないなどというのはとてつもなく失礼なことだ。慎重に言葉を選ばなくてはならない。
「昨日は……大丈夫でした?」
「はい、楽しかったですね?」
そう言いながら、アリシアは恥じらう様に目を逸らした。
やっぱりお楽しみだったの⁉ そういう反応だ!
「い、痛くなかったですか?」
「痛いなんて、とんでもない! 私、嬉しかったんです。人前とはいえ、久しぶりにああしてお姉さまと、仲睦まじくいられたこと……」
「人前で⁉」
昨日の私、人前で何したんだ……?
人前からどうやってベッドにインしたんだ……?
見送られたのか? 全員公認なのだろうか?
「あぁぁぁぁ……」
「お姉さま、あの、すごく申し上げにくいんですけど」
「はいぃ……」
「その、丸見えでして。すごく……我慢できなくなりそうというか……」
「はい?」
「柔らかそうで大きくて、揺れてて白くて綺麗で……私と一緒のはずなのに違っていて」
目をぐるぐるしながらアリシアが視線を向ける先は、私の胸部だ。
「あー……」
素っ裸なの、忘れてた。
「ぎゃーっ! 何見てるんですか! もっと早く言ってください!」
シーツで胸元を隠そうとすると、アリシアがなぜかシーツを引っ張って邪魔する。
そのせいで丈が足りず、胸を隠すことができない。
「ちょっ! 何⁉ 放して!」
「あの……直接触ってみてもいいですか……?」
「えっ……」
シーツを掴みながら、顔を真っ赤にして俯くアリシアを見ると、耳まで聞こえるくらい心臓がうるさく鳴る。
倒錯的過ぎる。アリシアをそういう目で見る方が、まだ健全な気がする。
でもアリシアにそういう目で見られて、懇願された時、私は一体どうすればいいのか。心がぐちゃぐちゃになる。
「……っていうことは、私たちは……まだ、してないの?」
「えっ……してもいいってことですか⁉」
「いや、違っ……」
アリシアが私の両手首を掴む。軽くもみ合いになり、ベッドに押し倒される。
「ちょぉっ! 怖い怖い!」
アリシアがごくり、と生唾を飲み込むのがはっきりと見えた。
「では失礼します……」
「許可してません! 許可してませんよ、アリシア!」
するとアリシアは意外にも、素直に動きを止めた。
「嫌……ですか……? 私に、触られるの」
悲しそうな顔。ぐっ、と自然と喉が締め付けられるような感覚。
「っ……い、嫌では……」
嫌ではない? 嫌ではないはずだ。だってアリシアだし。世界で唯一、それを許すとしたらアリシアだ。
でも恥ずかしいし、超えてはいけない一線な気がする。服の上からやお風呂で洗われたことはあったが、直接は生々しすぎる。
「じゃあ……いいですか?」
不安そうに、照れながらもアリシアが尋ねる。私に馬乗りになっていて、お腹にはアリシアのお尻が当たっている。
え、なにこれ、現実?
どう答えたらいいんだろう。何が正解?
アリシアに触られるのは嫌じゃない。でも誰にであっても触らせることに許可を出すのは変態っぽい感じがするし、実際触られたらどうなってしまうのか怖すぎる。
「ひっ……」
胸の肌に、そっとアリシアの手が触れる。
微かに震えていて、まるで赤子にでも触れるかのような手つきだ。
頭が沸騰するというのは、実際起こりえることだと私は今知った。羞恥心は人をも殺すかもしれない。だって呼吸がまるでできないから。
「綺麗……綺麗です、お姉さま」
「っ……はっ……」
何か言おうとしたが何を言ったらいいのかわからず、そもそも息が吸えないので吐けず、言葉を発することはできなかった。
綺麗、といいながら、うっとりした顔でアリシアは私を見る。当然アリシアにそんなことを言われれば、喜んでしまう自分もいる。
一方、年下で弟子のアリシアにそんなこと言われているのが、いかに情けないことかとも思い、恥ずかしさで爆発しそうになる。
「もっと知りたいです……私が知らないところ、ぜんぶ」
「だっ……め」
辛うじてそう発して、枕に後頭部を押し付けるようにしながら、必死で首を横に振る。
「可愛い……子供みたいにイヤイヤしてる……」
押しのけようとアリシアの腕を掴んでいるけど全然手に力が入らない。
「キス、していいですか?」
そう言いながら、アリシアはぐぐっと顔を近づける。髪が顔にかかり、いい匂いがしてうっとりしてしまう。
そんな仕草一つで、門番まで立てて必死で拒絶してた私の心は、勝手に鍵を開けてアリシアを出迎えている。
「ん……」
久しぶりのキス……アリシアの小さな舌が、慣れた様子で口の中に入ってくる。
暖かくて、少し固くて、ちろちろ震えて小さくてかわいい。
口の中から次第に広がるように脳が溶けていくのを感じながら、あまり久しぶりじゃないような妙な心地がしていた。
つー、と、涎の橋を掛けながら、アリシアは唇を離した。
心臓の鼓動は少しも落ち着くことなく、頭の中まで突き上げて正常な思考を奪う。
ぜんぶ、どうでもいい。
だって愛しいアリシアが目の前にいて、私を求めてくれている。
良くない思考の癖で、それが本心かと疑いたくなる。だって私は人に好かれるような、求められるような人間じゃないから……
でもそれすらも、どうでもよくなるほどに、今この時に没頭していたかった。
しかし、そんな甘美な永遠は一瞬で終わってしまった。
ノックの音が響く。
「そろそろ起きなさぁーい。健康診断の時間よ?」
リサの声だ。
「お姉さま……もっと」
「ちょっ……流石にダメっ……」
寝室の鍵をアリシアが掛けているとは思えない。いつリサが入ってくるかわからないのに、アリシアは続きをしようとしている。
再び理性を取り戻した私は、アリシアの手を押さえて抵抗する。しかしアリシアはその見た目からは想像できないほど強い力で、それを振りほどこうと暴れた。
「ちょっとぉ。無視すんなっての!」
バタン!
リサが突撃するように部屋に入ってくる。
「あらぁ、アリシアちゃん。朝からお盛んね。もしかして焦ってんの?」
壁にもたれて腕を組んで、リサは揉み合う私たちを平然と見ていた。
「リサさん……」
アリシアが振り向きながら、本当に忌々し気な顔をしたので私は驚いた。
「夜じゅうは目を覚まさなかったでしょ? だから朝、手を出したってわけね」
「私たちが何しようと勝手でしょう? だいたい、リサさんがお酒を飲ませたせいなんですからね!」
アリシアは私に馬乗りになったまま振り返り、リサと口喧嘩している。
「あら、でもそのおかげでいいことがあったでしょう?」
「物は言い様ですね?」
「あのー……どうしてそんなに二人とも喧嘩しているんですか?」
アリシアがこんなに人に厳しく当たるところなんて、見たことが無い。昨日一体何があったというのだろうか。
「お姉さまは黙ってて!」
「マリー、うっさい」
「えぇ……」
二人から怒られてしまった。
一体、何したんだ、昨日の私。
知りたいような知りたくないような矛盾した気持ちになってしまった。
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