第104話 魔女集会の、終わりの暗闇
「ひー……お、お腹痛い……」
リサさんは酔っぱらいながら、笑いすぎてお腹がよじれたのか、机に突っ伏してお腹をさすっていた。
「リサさん! しっかりしてください! そろそろお姉さまの暴走を止めてください!」
「え~? いいじゃない、面白いのにぃ……」
「駄目です! あんなのを野放しにしておいたら、みんなお姉さまに支配されちゃうじゃないですか!」
シャルロッテは泣き止むと、もう借りてきたネコみたいに従順になって、うっとりした目でお姉さまを見つめている。完全に二人だけの世界が出来上がってしまっている。
「えいっ」
私は素早く杖を抜いて、少し離れたところからシャルロッテを軽く風で押した。泣いてたとか知らない。今すぐ私のお姉さまから離れなさい。
「ひゃっ……」
強風に吹かれた程度の魔力で、シャルロッテは少しだけよろめいて、手をついて座り込んだ。
そして我に返ったのか、これ以上赤くならないくらい耳まで赤く染めて顔を隠した。
「私ったら何を……やだ、みんな見てるのに!」
シャルロッテは立ち上がると、小走りで自分の部屋へと駆けこんでいってしまった。
「あれぇ~? シャルロッテ……帰っちゃった」
ぽーっとした表情で、お姉さまは立ち上がると、再びメイ椅子に当然のように座った。
「あぁっ……! お嬢様! 当然のように私に戻ってきて……私こそがあなたの返るべき椅子、土台でございますわ!」
「……つかれちゃった」
お姉さまは少し疲れたのか、ぼーっと虚空を見つめて眠そうにしていて、いつもよりまばたきが多くなっているようだった。
「ほら、今のうちですよ、リサさん!」
「はぁ~あ……つまんなぁい。アリシアちゃんもお酒飲めるようになったらぁ、その時は一緒にはっちゃけようねぇ?」
「んぐぐ、抱き着かないでください! お酒臭いです! ほら早く!」
「つれないわねぇ」
よっぱらって私に抱き着いてくるリサさんをぐいっと離すと、リサさんは少しよろめきながら千鳥足でお姉さまへ近づいていった。
「マリー? そろそろお開きだって」
「リサ」
「マリー……?」
「私たち……付き合ってたっけ」
「……いいえ」
「そうだっけ……」
お姉さまはぼうっとしている。
あれ? お姉さまとリサさんは昔付き合っていたはずなのに。どうしてリサさんは違うなんて言うんだろう。
「……そんな未来も、あったのかしら」
どこか遠くを見るように、リサさんは言った。
「うん……そだね」
「……そう? 本当に?」
「うん。いつも……ありがと、リサ」
「……馬鹿」
小さく答えながら、リサさんは物凄く辛そうな顔をした。だから、私は何も言えなかった。
「ほんと……酔いが冷めちゃったわ。今の答え、忘れないわよ……さ、もう眠りなさい」
「え」
リサさんは素早く漆黒の杖を抜くと、お姉さまの頭に向けた。
シャルロッテの時と違い、お姉さまは反応できないまま、リサさんの魔法を受ける。
真っ黒な霧が噴射されて、お姉さまの頭を包む。
何か叫んでいるように思えるけど、黒い霧が吸い取ってしまうのか、何も聞こえてこない。
「リサさん……?」
「闇を操る私の魔法よ。初めて見たでしょ」
「はい……お姉さまは大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないわ。でもこうでもしないと、止まらないでしょ」
「ですが……」
お姉さまは悶えるように頭を抱えると、膝をついて四つん這いになった。それでも黒い霧は頭の周りに纏わりついたまま漂って、いくら頭を振っても離れようとしなかった。
ちゃんと呼吸できているのだろうか? すごく苦しそうだ。
メイはそんなお姉さまを抱きかかえて寄り添って、心配そうに背中を撫でている。
「私があの子と付き合ってたってのは嘘よ。アリシアちゃん」
「そうだったんですか⁉ どうして今まで……」
「あの子、未だに否定していなかったんだ。否定したら私のこと傷つけるとでも思ってたのかしらね。あのバカ」
「……お姉さまも……リサさんと付き合っていたと思っていたんじゃないですか? 随分、親切にしてもらったみたいですし……」
「そんなんじゃないわよ、私たちは。だからねぇ、アリシアちゃん。今、あの子のこと一番知っているのはあんたなのよ」
「そっか……お姉さまは……そうだったんですね」
少し、ほっとした。お姉さまは……まだリサさんに染められていなかっただなんて。
「でも、さっきのでスイッチ、入っちゃった。だからこれからは、正々堂々、行こうかしら」
「えぇっ!」
「まっすぐ、ライバルやってやろうかしら。ねぇ、アリシアちゃん?」
「だっ……駄目です! 何言ってるんですか!」
「冗談よ。焦っちゃって、可愛いんだから」
そう言うと、リサさんは軽くパチン、と指を鳴らした。
それと同時に、お姉さまを苦しめていた闇が空中に霧散していった。
「私の闇は……あらゆる音と光を奪う。完全な無音、そして完全な光なき闇は、軽々と人の精神を壊す。幻聴が聞こえ、見えない物が見え、ものの数分で発狂状態に陥る。もちろん、ギリギリ大丈夫な時間で収めたつもりだけど……」
お姉さまは苦しそうに呻きながら、赤子のように身体を縮こませて、メイに寄りかかっている。
「うぅ……やぁ……」
目を閉じたまま眉間に皺を寄せて、メイのメイド服の裾をぎゅっと握っている。悪夢でも見ているかのようだ。
「どうすれば……?」
「寝苦しくないようにしてあげなさい。かなりうなされると思うから、目を離さないで。添い寝でもしてあげるといいわ。手が付けられないようなら呼んで。その代わり、ソファは私が借りるわね。今日は……はぁ……少し飲みすぎたわ」
リサさんは軽く伸びをすると、ソファに横になった。そしてそのまま寝てしまった。
「お姉さま……」
私はメイと一緒にお姉さまを寝室へと運ぶことにした。
「アリシア様。お嬢様の服を脱がして楽にして寝かせてあげましょう」
「え、ええ。寝苦しくない方がいいわよね」
ドレスを脱がして、メイと一緒にお姉さまの汗を拭く。
白くて薄桃で、もっちりした綺麗な身体……平常心、平常心。お姉さまは苦しんでるんだから。
ふと、メイと目が合った。
「……何?」
「いえ……一人だったら危なかったな、と。お互いに……そうですよね?」
「……し、知りません! 変態は早く出てって。添い寝は私だけでしますからね!」
「そんな殺生な……」
まったく、とんでもない集会だった。
リサさんの闇魔法で、お姉さまに悪い影響がないといいけど。
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