第103話 魔女集会の、三番目の……愛された子


 お姉さまはシャルロッテと一緒に、ゆっくりと床に降り立った。


「シャルロッテ、そこにお座りして」


「お座り? 床に? ふざけないで!」


「きゃはははっ! じゃあ、メイ~?」


 怒っていたと思えば、口に手を当てて突然笑い出し、お姉さまはメイを呼びつけた。


「はっ、こちらに」


 メイは素早くお姉さまの隣に移動して、綺麗に背筋を伸ばして手をお腹の前で組んで、立った。


「……椅子して~?」


「はっ! ありがとうございます!」


 周りから見て、全く不可解なやり取りが行われた直後、お姉さまのすぐ後ろでメイは四つん這いになった。


 その直後、お姉さまはゆらり、と後ろに倒れるくらいの勢いで、メイの背中にどかっと腰を下ろした。


「ぐぅっ! ……はぁっ……駄目っ……お嬢様……激しいぃ……」


「きゃはは! メイ喜んでる! 揺れてて気持ち悪ーい!」


 がくん、と腕が曲がって、潰れそうになったというのに、メイは顔を真っ赤にして悦んでいた。


 うわぁ、今までメイの気持ちなんて理解できなかったけど、お姉さまのかわいくて形のいいお尻の下に敷かれるのって、どんな気持ちなんだろう。


 メイの表情を見て一瞬、私も同じことをされるのを想像してしまった。


「ぁっ……申し訳ございません……強く座られて悦んでしまい、つい……」


 そんな二人の様子を、私と同じような想像でもしたのか、顔を真っ赤にしてシャルロッテは見ていた。目をぐるぐる回して混乱している。


「にゃっ、にゃにをやってんのよ……⁉ アンタたち、ヘンタイなの⁉」


「シャルロッテはぁ、椅子かぎゅー、どっちが嬉し?」


「はぁっ⁉ そんなの、どっちも嬉しくないに決まって……」


 シャルロッテがメイの顔に視線を送ると、メイはすがるような目でシャルロッテの方を見上げていた。頬は薄桃に染まり、大量の汗をかいている。


「な、なによ、何でそんなに嬉しそうなわけ……?」


「はぁはぁ……奴隷の分際で……選択肢を与えられているだけで喜ぶべきですわ、シャルロッテ様……」


「勝手に喋っちゃ駄目~」


 バシン、とお姉さまメイのお尻を叩いた。


「あ゛っ! 申し訳ございません……申し訳ございません……」


 嘘……あのお姉さまが女の子に平気で手を上げるなんて。


 私は普段だったらお姉さまがするわけがない乱暴な行動に、思わず口を手で押さえてしまった。


 シャルロッテも動揺で胸を押さえながら、一歩後ろに後ずさった。


「や、やだ……絶対無理、そんなの私……嘘、なんでこんな、ぞくぞくしてるの……」


 シャルロッテは頭を抱えながら、怯えたように後ずさる。


「無理、無理よ。私はエリートで、神童で、決闘だって……最強なのよ。高貴で美しくて、だからそんな……椅子なんて……」


「じゃあ、ぎゅーする?」


「ぎゅーって何よ、馬鹿じゃないの、赤ちゃんみたいに! マリーに、ぎゅーってそんな……確かにアリシアのこと羨ましいって思ってたけど……」


 えぇ……そんなこと思ってたの? シャルロッテには悪いけど、私はお姉さまの隣を譲るつもりはない。


 あとからお姉さまのご厚意で助けてもらったのに、私と同じようにぎゅってしてもらうなんていくら友達でも絶対駄目。


「椅子! シャルロッテ、椅子です」


 私は気づけばそう叫んでいた。


「アリシア⁉」


「ぎゅーは駄目! 私だけです! 奴隷なんでしょ! 首輪の意味を忘れたんですか?」


「ぁ……首輪……」


 シャルロッテは赤い首輪にそっと触れる。かちゃり、と金属が音を立て、シャルロッテに身分を思い出させた。


「あぁーっはっはっは! アリシアちゃん、いいぞいいぞ~っ!」


 リサさん、そろそろ、うるさいんだけど。


 相変わらず手を叩いて大笑いしているのをじろっと睨むと、驚いたようにわざとらしく口に手を当ててにやにやと頷いていた。


「そう……そうよね。私は奴隷……どんなに高貴な存在でも、今は落ちぶれてしまったのよね……」


 シャルロッテはそう言うと、おもむろにその場に膝をついた。


「く……屈辱よ……こんなの、ひどい、ひどいのに……私、どうして……」


「シャルロッテ、いいんですよ」


「マリー……?」


 何がいいのか、とシャルロッテはお姉さまの目をじっと見る。


「どんなあなたでもいいんです。弱くても、みっともなくても、可哀想でも……私だけはあなたを軽蔑しないで、守ってあげる! きゃはっ!」


 それはきっと、お姉さまが普段から考えていることなのだろう。だからすんなりそんな言葉が出てくるんだろうけど。


 でも普段だったら、そんなに簡単に口には出さないし、魅了するような笑顔とともに口に出したりはしなかっただろう。


 もう何か小悪魔みたいに見えてきましたよ、お姉さま。


 一体あの子をどうしたいんですか? あなたは!


 明らかに今、あの子の何かがねじ曲がっていっている。怯えるような喜ぶような、わけのわからない混乱した表情を浮かべている。


「……本当? どんな私でもいいの? 不格好でも、弱くて雑魚で、泣き虫で、可愛くなくて、素直じゃなくて……いいとこなんてないけど、それでも、本当に私を軽蔑しないのね?」


「シャルロッテはぁ、確かに弱虫で泣き虫で素直じゃないけど、でもそこが可愛いんですよぉ?」


「可愛い……ほんと? ほんとにそう思う?」


 泣き出しそうな顔になって、シャルロッテは聞き返した。


 お姉さまは……慈しむような表情で頷いた。


「ちょっと! お姉さま!」


 何だかそれ以上はまずい気がして、言葉を遮ろうとして私は大声を出した。


「……わかった。私……信じるわよ。無様な私でも……それを受け入れてくれるっていうなら、本当かどうか試してみる」


 シャルロッテは屈辱からか、恐怖からか、震えながら両手を地面についた。


「こんなの、こんなのって……あぁ……どうしよ、変な気持ちになってきた。誰か……私……どうしよう……」


 シャルロッテの長いツインテールは地面に垂れてしまっている。顔を真っ赤にして、恥ずかしくて上げられないのかじっと床を見て、お姉さまが何かをするのを震えながら待っている。


 お姉さまはゆっくりとメイから立ち上がって、一歩ずつ足音を響かせながら、シャルロッテに近づく。


 コツ、コツ、コツ、木の床を踏む音が響く。


「やだっ……怖いわ」


 そしてお姉さまはシャルロッテのすぐ側で立ち止まって、そのままじっと何もせずに何かを待っていた。


 近くに来たくせに何もしないお姉さまに、怯えるようにシャルロッテが顔を上げた瞬間……


「やっぱり、こっち!」


 お姉さまは膝をついて、シャルロッテをぎゅっと抱きしめた。


「ふぁあぁっ……」


 予想外の行動に、シャルロッテは全身の力が抜けきったような声を上げて、されるがままに膝立ちで抱きしめられていた。


 なぜだか、腰が抜けたかのようにかくかくと揺れている。


「よし、よし。怖かったね~」


「やぁぁっ……何でぇ……どうして優しくするの……?」


 お姉さまは抱きしめたまま優しくシャルロッテの頭を撫でる。


「シャルシャル~、可愛い子! 頑張り屋さんでけなげな子!」


「やめてよぉ……何で、こんなふざけた奴に……私っ……」


 そうやって拒絶の言葉を吐きながら、シャルロッテは抱きしめられて頭を撫でられ、泣いている。


 あまりにぽろぽろ泣いているから、そのせいで私も止めるに止められなかった。


「いっぱいよしよし、これからもしてあげるからね。してほしかったら、いつでも言うんですよ! きゃははっ」


「辛かったよぉ。一人ぼっちだったよぉ……マリー、ぎゅってして。二度と私のこと離さないで……」


「はいはい、しょうがない弱虫さんですね~?」


「う、うわきもの……」


 シャルロッテに椅子を勧めた罪悪感を少し感じながらも、やっぱりその光景は見過ごせるものではない。


 女帝……今のお姉さまを言い表すとしたら、まさにそんな感じだった。


 誰よりも魔法が強くて、やりたい放題にしたいことを全部している。


 気まぐれで飽きっぽくて、ただ面白いそうなことだけを悪戯っぽくしてまわっていたかと思えば、隠していた慈愛に満ちた心を、今日ばかりはと惜しげもなく披露してしまう。


「リサさん……」


 私は唯一被害に遭っていなくて、ちゃんとお姉さまを止められそうなリサさんの方へと近づいた。


 もうそろそろ、終わらせないと。


 私のライバルがどんどん増えていってしまう。


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