第102話 魔女集会の、二番目の被害者
「何やっているの! 離れなさい! 破廉恥だわ!」
ラピスさんは私の上にのしかかっていたお姉さまの腰を掴んで、無理やり引きはがした。
「やだぁ……」
お姉さまは目の前からおもちゃを取り上げられたみたいに、じたばたしながら私に追いすがる。
何事かと、みんなついに私たちに注目してしまう。
「やだ! アリシアぁ~……アリシアは私のなの!」
「だからって、こんなところで、しない! そんなの絶対駄目だわ!」
ラピスさんの焦り具合にはちょっと驚いた。この人はリサさんのことが好きだったはずなのに。
お姉さまはじたばたして、後ろから抱き着くように抑え込むラピスさんに抵抗している。しかししばらくすると諦めたのか静かになって、むすっとした表情をラピスさんに向けた。
「もう……先輩、どうやらこの人にお酒は……あ」
そこでラピスさんは気づいてしまった。拗ねたお姉さまの手に、いつの間にか杖が握られていることに。
「ラピスの馬鹿!」
「ひゃっ⁉」
お姉さまがラピスさんの方へ杖を向けると、特に何も起きていないように見えた。
一瞬、何が起きたのか確かめるように必死にラピスさんは自分の身体を見回したけど、ばっ、と両手でスカートの上から、脚の付け根あたりを押さえた。
「っ……へ⁉」
「きゃははっ!」
お姉さまが弾けるように笑った。その杖の先に、レースの黒いパンツがひらひらと舞っていた。
「ななななっ、何で⁉ 脱がされては無い、近距離間の転移魔法⁉」
魔法陣なんて無しに、近距離で杖だけを使ってお姉さまは転移魔法を使ったらしい。
そんなことできるの⁉ しかもそのとんでもない技術を使ってしたことが、ラピスさんのパンツを一瞬にして手元に呼び寄せることだなんて。
よくよく考えたら、お姉さまはスライムを倒すときは、どこかに消し飛ばす魔法を使う。あれと似たような魔法だろうか。
「返してぇっ!」
お姉さまが振る杖の動きに合わせて、ひらひらとパンツが舞う。ラピスさんは涙目でそれを必死で追いかけていて、お姉さまは無邪気に笑っている。
「あっはは! 何やってんのよラピス! もっと上よ!」
リサさんはラピスさんがパンツを追いかけるのを見ながら、机をバンバン叩いて大笑いしている。
さすがにみんなお姉さまの暴走に気づいているけど、誰も止めようとはしていなかった。
「ぐっ……こ、こうなったら!」
ラピスさんは持ってきていた杖を自分の席に戻って手に取る。ラピスさんの杖はスタッフと呼ばれる長い木の杖だ。それを宙を舞う自分の下着の方へと向けて、お姉さまと魔力で引っ張り合いをしていた。
「このぉっ……私だって魔女よ!」
「きゃははは!」
しかしお姉さまは全く意に介さずに、空中でパンツを消し飛ばすと、自分の手元にパッと出現させて、手に取った。
「ああああああっ! 直接触らないでえぇ!」
「ン……何これ……」
何故か自分で引き寄せたというのに、怪訝な顔をしてお姉さまはパンツを間近で見ていた。
ついさっきまでラピスさんが穿いていたパンツですよ?
自分が何をしているのかわかっていないの?
「お、お姉さま! ばっちいです! 捨ててください!」
「なんじゃこりゃ……」
「ばっちくないわよ! でも捨てて! 返してえぇっ!」
ラピスさんは泣き出しそう、というかもうほとんど泣きながら、お姉さまに抱き着くように飛びついた。
「あははははは! 傑作! ラピスあんた、私の下着盗んだ罰が当たったのよ!」
相変わらずリサさんは大笑いして他人事みたいに見ているだけで、止めようとしなかった。
「ちょっと、どうなってるのよ、これは!」
「シャルロッテ……お姉さまはお酒を飲んでしまったんです……」
さっきまでの話し相手が、気づけばパンツを奪われていた。そんなシャルロッテに、私は経緯を簡単に説明した。
「きゃは! ラピスくすぐったい!」
「返してぇ!」
「ンぅ……ラピス……?」
椅子の上で揉み合いになっていた二人だったが、お姉さまが突然ラピスの肩をがっしり掴んで、その動きを止めた。
ラピスさんに気づかれないように放り投げられたパンツが、ひらひらと落ちてくるのを、空中でぱしっとリサさんが掴んで、懐に入れたのを私は見逃さなかった。
「な、何よ、マリー」
「ラピスぎゅーしにきたの? はい、ぎゅーっ」
「のわっ……至福ぅ……⁉」
お姉さまはラピスさんを強く強く抱きしめた。今まで必死にじたばたしていたラピスさんが、すっかり大人しくなってその動きを止めた。
「こらーっ! 誰にでもぎゅーってするんですか! バカお姉さま!」
「アっ……マリー駄目よ……こんなこと……私たちはあくまで、友達っ……」
「友達ふーふー、ふーっ……ふーふーっ……ふっふふ~」
「あっあっあっ……ゃっ……だめぇっ……」
お姉さまはラピスさんを抱きしめながら耳に息を吹き込み始めた。びくびく震えるラピスさんが、逃げ出さないようにがっしりと両腕で抱き留めている。
やばい、お姉さまがやばい生き物になっている。手当たり次第女の子を弄ぶ変態魔女になっている。
「いい加減に……」
「こぉらぁっ! こんのバカマリーッ! 私というものがいながら、どんだけのことしてんのよぉっ⁉」
「ひっ⁉」
リサさんの笑い声よりも大きな声が、すぐ近くから上がって、思わず私は身をすくめた。
「ちょっ……シャルロッテ……⁉」
顔を真っ赤にしたシャルロッテが、カンカンになってお姉さまのことを指さしながら叫んでいた。
「今すぐ離れなさいっ!」
シャルロッテは素早く杖を抜いた。流石、決闘で鍛えられた魔法の早撃ちだ。
私が止める間もなく、その杖先から単純な魔力がお姉さま達に向けられて放たれる……
かと思いきや、シャルロッテは魔法を放てないまま、一瞬にして軽々と宙に浮いて、じたばたしていた。
「えぇっ!」
お姉さまは片腕でラピスさんを抱きしめたまま、杖をシャルロッテの方へ向けていた。あの素早いシャルロッテの予備動作よりも早く、お酒に酔い切った頭で、反応して、先制したらしい。
「怪我、ない? ラピス」
お姉さまの胸の中で、ラピスさんはぽーっと呆けた顔でお姉さまの横顔を見ていた。
「やだ……マリー……な、無いですぅ……」
うわぁ……あれ絶対惚れちゃったんじゃない?
私だったら既に惚れてるのにさらに五百回くらい惚れちゃうかもしれない。
「ちょ、ラピスさん! 何で敬語なんですか? 早く離れてください!」
「きゃあああっ! 降ろしなさいよこの馬鹿! また私の魔法を遮ったわね! もう許さないんだからぁっ!」
そんなことをしている間にも、シャルロッテはふわふわと宙に浮かんだまま、同じように浮かされた杖を手に取ろうと必死で足掻いていた。
「マリー……私、覚悟できたわ。今宵、初めてをあなたに……ぎゃっ!」
お姉さまは飽きたおもちゃでも捨てるみたいに、ぽいっとラピスさんを椅子の上に突き倒して、シャルロッテの方へ集中した。
なんて酷い扱い……普段のお姉さまだったらあり得ない。
「やっ……でもそんなところも好きぃ……」
椅子の上で横たわりながら、ラピスさんは突き飛ばされたのに嬉しそうにして、頬に手を添えていた。
大丈夫そうだから放っておこう。自分が下着を穿いていないことなんてもう忘れているみたい。
「シャルロッテ、約束、忘れたの?」
「やぁっ……やだやだぁっ!」
お姉さまはふわり、と浮かぶと、机の上をすーっと通りすぎて、シャルロッテがいる玄関側の方へと近づいた。
そして宙に浮かんだまま、少し恐怖している様子のシャルロッテのあごに手を当てて、くいっと自分の方を向かせた。
「せっかくあげた杖ぇ……武器として私達に使うのは……やめて! 欲しい、って言ったのに~。私、悲しいです~」
「うぅ……だってアンタがぁ……だってだって」
「ごめんなさいはぁ?」
「言うわけないでしょ! アンタが悪いんだから!」
「シャルロッテ、お仕置き」
ああ、次の標的が決まってしまったみたいだ。
リサさんとメイは……妙に達観した表情で成り行きを見守っている。
腕を組んでうんうん頷きながら、動く様子は無いみたいだ。
何でそんな堂々としているのだろう……
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