第101話 魔女集会の、最初の被害者


「アリシア、アリシア? アリシアぁ~。ふふっ……アリシア~」


 お姉さまはニコニコしながら、何度も私の名前を、いろんな言い方で呼んだ。


 首を傾げながら、何かを確かめるように、何度も呼んでいる。


「は、はい? お姉さま? 本当に大丈夫ですか?」


「うぅっ……」


 すると突然お姉さまは泣き出しそうな顔をした。そんな表情を見ると、反射的にうっと胸の辺りが苦しくなる。


「大丈夫じゃない。ぎゅーってしたい」


「はぇ⁉ で、でも……」


 私は部屋の中を見回した。みんな楽しく雑談していて、私たちの方なんて気にしていないけど、さすがにここで抱き合うと目立つ気がする。


「ん」


 お姉さまは両手を広げて首を傾げて、懐に入ってきてと私を待っている。


 そんなこと今までされたことないので、身体が自然と引き寄せられていってしまう。


「う……うぐぐ……」


 そっとすぐ隣に座ると、お姉さまは抱き着いてくる。暖かくて柔らかい身体に包まれると、熱でも出たみたいにぼーっとして、現実を忘れてしまう。


 ついつい二人だけの世界に入りそうになるけど、他の人にバレたらいつでも離れられるように、一応周囲をちらちらと見ておく。


「わ~、アリシアだ、アリシアぁ~……きゃははっ!」


 お姉さまは頬をすりすりと私の頭に擦り付けてくる。


 いつもだったら絶対しない、少女みたいな笑い方をしてる。絶対お酒のせいだ。リサさんに断っていた割には、めちゃくちゃ一気にお酒を飲み干していたんだから。


「アリシア~、アリシア? んぅ……アリシアぁ?」


 お姉さまは小動物でも撫でるように私の頭を撫でながら、顔に胸を押し付けるようにぎゅっと抱きしめる。胸元の肌に頬が当たって、柔らかくて気持ちいい。


 女性同士でも心地よく感じる母性みたいなものが、お姉さまからはあふれ出している。なのに今は、小っちゃい子みたい、きゃはきゃはに笑ってる。それだけで頭が混乱してくる。


「も、もう、何ですか? どうしてそんなに名前を呼ぶんですか……」


 何でかわからないけど物凄く恥ずかしい。まるで赤ん坊になってあやされているみたいだ。


「何で? なんでって……アリシアだから。ね~? きゃはっ」


「えっ……と」


 抱きしめられながら、至近距離で満面の笑みを浴びせられる。これ以上はやばいかも、私もそろそろ……


「ちゅーは? アリシア」


 むー、っと、軽く紅みを帯びたみずみずしい唇を、お姉さまは私の方へと突き出す。軽く口が開いていて、緊張感も無くって無防備な唇。積極的にしてくるというよりは、していいですよ、という感じで私の方へと顎を上げて差し出されている。


「っ……何考えているんですかっ! 見られちゃいます!」


 できるだけ声を潜めて、私はお姉さまに注意する。こんなはしたない姿、私しか見ちゃ駄目だ。他の人に見せたくない。というか、私だってお姉さまに、こんなに素直に甘えられたことなかった。


 媚薬の時はもっと、強引な感じだったけど、お酒を飲んだお姉さまは甘え上手な子供みたいで、私はずっと理性が吹き飛ぶのを我慢してる。


「きゃははっ! 照れてる可愛い~! 可愛いねえ、アリシアぁ」


「ちょっ……」


 必死で声を潜める私の意図を全く理解していないお姉さまは、大声でそう言って、足をバタバタさせながらはしゃぐ。可愛いのはそっちなんですけど。


「んむぅ~っ」


 とか何とか焦っている間に、もう問答無用で私の頬に両側から手を添えて、人目もはばからずキスをしてきた。


 ふっくらとした唇同士が触れて、粘膜同士が触れあうような何とも言えない感触が久しぶりに伝わって来る。


 嬉しい。駄目なのに。


 だって、こうしてキスするのはいつぶりだろうか。シャルロッテが来てからはお姉さまはしばらく白森の街に滞在したし、賑やかになって二人きりの時間は減ってしまった。


 デートの時だって期待してたけど……結局してくれなかったし。


 って、そうじゃなくて!


「ん……駄目です……」


 私はなんとか理性を保って、お姉さまの肩を軽く押して唇を離した。まだ誰も気づいていないようだ。


「きゃははっ! アリシア、顔赤~い!」


「だめですってば……みんな見てますよ」


「ン~? 見てたら駄目なの?」


「駄目でしょ、お姉さまがいっつもそういうの気にするくせに」


「でもちゅーしたい……」


 叱られたみたいにお姉さまはがっくりと肩をうなだれてしまった。


 言い過ぎたかな、と思った瞬間に、お姉さまはころりと表情を変える。


「だから、ちゅーするね。きゃはっ」


 うわ、ちょっと、もう無理かも、抗えないかも。


 再び唇が触れる。今度は腕を私の首に回して、掌で頭を後ろから撫でながら、深く、深く、口づけされてしまう。


「ん……ぢゅ……」


 少し唾液が入り混じる、やらしい音が響いて脳を溶かす。優しく頭を撫でられて、うっとりしてしまう。お姉さまの勢いを支えられなくて、押し倒されるように長椅子に倒れこむ。


「ぁむ……」


 逃がさないように、覆いかぶさるように追いかけて来て、お姉さまは口づけを続ける。


 お酒の苦い味が……少しだけ。


 何やってるの……? 人前だよ? みんないるのに。


「むぅ~……んむ……あむ」


 お姉さまはいつもと違って、無防備で甘えるような声を、鼻の奥からずっと出し続けている。それを世界で一番近い距離で聞いていると、理性が溶かされて、瞳を閉じて他の全部からさよならしたくなる……


 お姉さまは……頼りになって優しくて尊敬できるのに、あどけなくてドジで情けなくって甘えん坊だ。


 そんなのって普通どっちもは持てない、正反対の特徴なのに……ずるい。誰だって好きになっちゃうに決まってる。



「ちょっとマリー⁉ 何しているのよ!」



 あ……


 意外にも、最初に私たちのとんでもない行いを見つけて声を上げたのは、ラピスさんだった。


 そしてそれは……



 ラピスさんが二番目の被害者に決まった瞬間でもあった。

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