第三部 第二章 魔女集会と後片付け
第100話 魔女集会で、アリシアが見たこと
今宵……魔女の集会が開かれる。
王国の中でも特に強大な力を持ち、そしてその力を誇示しようともせず隠し持つ者どもが、王国の多くの人間から人目を避けながら、集まり、
……なんて、勿体ぶって言いたくなるくらい凄い人たちの集まりなんだけど。
実際にはそんなに強いのに、まるでそうは見えないくらい可愛らしいお姉さまをはじめ、変わった人たちが集まってわいわいと騒ぐだけだ。
「あぁっ! ごめんなさい、こぼしてしまいました!」
「ちょっ……なにやってんのよマリー! 魔法で落とさないようにすればよかったでしょう⁉」
「だって、咄嗟のことじゃないですか……」
「その油断が命取りなのよ! あぁもう、どきなさい、私が片づけるわ!」
今も保護している奴隷であるはずのシャルロッテに、お姉さまは叱られている……
「ふふ……」
「あ、アリシアまで笑ったぁ……」
「だって、可愛いからですよ」
「絶対、馬鹿にしてる……」
お姉さまはがっくり肩を落としている。そこが可愛いんだけど、本人にはそれがわからないようだ。
お姉さまとシャルロッテ、私はメイと一緒に作った料理を居間の机へと運んでいた。
今日はなんと、リサさんとラピスさんが尋ねてきて一緒に晩御飯を食べるらしい。どうしてそんなことになったのか謎だけど……大勢でお食事ができるというのも久しぶりで、実は結構楽しみにしていた。
机の上には、いつもより少しだけ豪華で、いろんな種類の料理がいくつも並んでいる。取り皿を用意して、それぞれが好きなだけ取れるように、貝煮ごはんや、小さなパンと塩漬け肉やサラダなどが用意されている。シチューも作ったけど、冷めてしまうので後から出てくるのだろう。
「御免くださぁい」
扉を叩く音と、たった最初の訪問の挨拶でさえ、少し色っぽいリサさんの声が響いた。
私はすぐに駆け寄ろうとするが、お姉さまに制止されてしまった。そういえば、来客時にも私が出迎えるのはやめるように言われていたのだった。こうしてすぐに嬉しくなって飛び出そうとしてしまうのは悪い癖だ。
「いらっしゃい、リサと、ラピスも」
「来たわよ。にしても、魔法陣って便利ねぇ。今まで箒で飛んできていたのが、馬鹿らしいわ。ったく……あー疲れた! 今日は繁盛してたのよ。まぁだいたいラピスが店番してたんだけどさぁ」
「そ、そうなんですね。お疲れ様」
「ご招待ありがとう、マリー。あー……これは先輩と、私から。いえ……メイさんに渡すわ」
リサさんは自分の家のように帽子を脱いでスタンドに掛け、こちらへ歩いてくる。ラピスさんはそのままキッチンへ行って、メイに手土産を渡す。もうすっかり勝手知ったる、という感じだが、それでもこんな風に集まってご飯を食べるのが初めてなのは私にも意外だった。
「こんばんは、アリシアちゃん。元気ぃ? やっぱ髪、短くしても可愛いわねぇ! あとそのネックレス、とっても似合ってるわ」
「ありがとうございます、リサさん。会えて嬉しいですわ。ネックレスの加護を付与してくれたんですよね? 早速役に立ちました!」
「そうそう。加護を付与するのも専門の魔女がいるのよ。魔女の癖に聖女とか名乗って、お高くとまってるシスターなんだけどね? いけ好かないヤツよ、ほんと! でも仕事だけは確かなの。わ、結構おいしそうじゃない! おなか減っちゃった。マリーだけだと期待できないけど、アリシアちゃん達が居て安心だわ!」
「どうぞ、お掛け下さい! ほとんどはメイが作ったので、味は確かですよ」
そうして二人が席に着くと、あらかた料理も出し終わり、会食が始まった。
「はい、じゃあマリー、挨拶して?」
「え、えぇっ! わ、私?」
「当たり前でしょ、主催者なんだから」
「え、えーと、今日のきっかけは……ミォナのお店のために、協力してくれたお二人を、ねぎらうため、ということなんですけど……」
思いっきり目を泳がせながら、お姉さまは頑張って挨拶している。頑張れ、頑張れって心の中で応援しているのは多分私くらいで、リサさんやメイはにやにやしながらその様子を見守っていた。
「アリシアとシャルロッテ、メイも、お店の手伝いお疲れ様でした。お疲れ様会、ということで、あとは、みんなそれぞれ仲良くなってもらえると嬉しいです。見知った仲だとは思いますけど……そんなに話すこともなかったかもしれないので……」
「頑張れー」
「頑張って下さい、お嬢様!」
「いや、何で応援……もう終わりです! 楽しんで!」
ついに堪え切れなくなって座ったお姉さまを見て笑いながら、リサさんはコップを掲げた。
「はーい、じゃあ、頑張って挨拶できたマリーに乾杯! いただきまーす!」
それを合図にして、食事会は始まった。どうやらリサさんたちの手土産はお酒だったようで、リサさんとメイはお酒を飲んでいるようだった。
それぞれが好きな料理を取って、隣同士楽しく話しながら食事を進める。
意外にもシャルロッテはラピスと真剣に空間魔法について話をしている。メイは料理の補充に気を使いながら、静かに食事をしている。
リサさんはお姉さまと話をしていて、その反対側に居る私も、その話を聞くことにした。
「で、魔法陣が便利なのは確かなんだけど。あれって危ないと思わない? マリー」
「危ない……ですか」
「だって、アンタだって、魔法陣を逆行してラピスの家に侵入してるわけでしょ? 逆に言えば、誰かが同じことをして、ラピスの部屋からアンタの家の屋根に直接飛んでくることもできるわけだ」
「まぁ……そうなんですけど、空間転移の魔法陣自体、構造がわかっていないと使えないのと、ラピスが逆探知を防ぐ魔法もかけてあるはずですし」
「だけど、それさえクリアしたら使えるわけだ?」
「もう一個、ラピスの家の中から、この小屋に繋がる魔法陣が描かれた部屋を念じて扉を開く必要があるので……」
「なるほど、そこはハードルが高そう」
「そうなんです。意外としっかりしているんですよ、ラピスは!」
「お姉さま、意外は失礼ですよ……」
「はは! アリシアちゃんは真面目ね! 失礼ってことは無いでしょ。まぁでも、常々思ってたけど、ここは別に結界で守られてもいないし、魔法陣が使えないにしても、少し防御が薄いわよねぇ」
「それは……そうかもしれないですね。実は先日も竜騎士が……」
お姉さまは先日の竜騎士、ネーナさんについて話をリサさんにもした。
それを聞くとリサさんは少し考え込んでいるようだった。
「”とこしえの氷片”ねぇ……聞いたことは無いけど。そうやってアリシアちゃん以外のことが原因で、人が来てしまう可能性ってのも、黒森にはあるわけよね」
「そうですね。私みたいに、お姉さま目当ての人もいるかもしれませんし」
「そーよ、アリシアちゃん。ここはもともと私の師匠の小屋だったのよ。その時私だって、やはり同じようにここを訪ねたわ。でも今は直接誰にもここに来てはほしくないわよねぇ」
「そ、そうですけど。じゃあどうすればいいんでしょうか?」
「知らなぁーい。それはマリーが考えることでしょ」
危機感を煽るだけ煽って、リサさんは丸投げした。この人はそういう人だ。私は思わず苦笑いしてしまった。
「実は少し、考えていたことがあります」
お姉さまはその考えを呼び起こすように、真剣に言った。
「ほぉ……? 聞かせてもらおうかしら?」
「勝手に侵入者を振るい落す仕掛け……すなわち、
「ダンジョン! へぇ、面白そうじゃない!」
「罠と魔法、魔物の力さえ借りて……近づく者どもを勝手に絡めとる。”黒森の
「いいじゃない、いいじゃない! 面白そう。特別にタダで手伝ってあげるわ!」
珍しくリサさんも乗り気で、その計画を気に入ったようだった。ラピスさんやメイともそんな話をして、近いうちに”黒森の迷宮”計画が進められるということが決まっていった。
私のため、というのが嬉しいやら申し訳ないやらだったけど、まさに魔女の集会にふさわしい企みの計画に、私の心も踊った。
と、最初はそんな真面目な話をしていたわけだけど……
「なぁによマリー、アタシの酒が飲めないってのぉ?」
「お、お酒はちょっと!」
最後には全然そんな話はどこかへ飛んで行ってしまって、お酒の進んだリサさんにお姉さまは絡まれていた。
「なんでよぉ。飲んだら倒れちゃうくらい弱いわけ?」
リサさんはお姉さまの首に腕を回しながら、お酒を勧め始めた。
「倒れはしませんけど、時折記憶が……」
「記憶なんて無くなったって、死にはしないわよ! ほら飲みなさい!」
「リサさん、大丈夫ですか? 飲みすぎてるんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫! アリシアちゃんも飲む~?」
「い、いえ結構です」
「まぁ年齢もあるしねぇ。でもマリーは飲めるでしょって、言ってんの~」
「はぁ……わかりましたよ。じゃあ少しだけ……」
「よしきた! ほら、どーぞ」
リサさんはお酒の入ったグラスをお姉さまに差し出した。
そしてお姉さまはそれを手にすると……
なんと、ぐいっと一気に全部飲み干した。
「ちょっとマリー……? あんたねぇ……少しずつ飲みなさいよ。これ結構強いやつよ……?」
「お姉さま……?」
お姉さまは不自然に俯いたまま、固まってしまった。
お酒を勧めたリサさんですら、こんなに一気に飲むとは想定していなかったようで、驚いていた。
「あっつぅ……?」
お姉さまは喉の辺りを押さえて、少しぼーっとしているようだった。
「そりゃそうなるわよ。でもおいしいでしょ? はぁ……しかし、アリシアちゃんがここに来てからというもの、色々なことがあったわねぇ……ねえ、メイ。そう思わない?」
「そうですね。私はここに居られて幸せを感じておりますよ」
「幸せって……大げさ! そう言えばアンタには、聞きたいことがあったのよ。例の性格反転薬のこと……」
「ふっふっふ。むしろお話しできる時を心待ちにしておりました。素晴らしいんですよ、お嬢様の責めは」
「ぜひ聞かせてほしいものね!」
リサさんはお姉さまにお酒を飲ませて満足したのか、今度はメイに話を振っていた。
相変わらず固まったようにぼーっと前を向いているお姉さまが心配になって、私は声を掛けた。
「お姉さま、大丈夫ですか? お姉さま?」
「アリシア……」
ぼーっと遠くを見るような目で、お姉さまは私の方を見て……
「きゃはっ」
……今まで見たことないほど無邪気に、笑った。
「きゃは……?」
私はその子供のような笑顔に、心を奪われた。でも本当は、そんな気持ちになっているような場合ではなかったと、後からわかった。
そして……暴走が始まった。
日頃、いろいろな感情を抑圧している人間ほど、それが発散された時……とんでもないことになる。
そしてお姉さまは……その最たる例だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます