第98話 可憐だ
「お帰りなさいませ、お嬢様。この者、未だ目覚める様子はありません」
寝室に入ると、メイが行儀よくお辞儀をした。真剣なメイの様子に、私も少し気が引き締まった。
「メイ、この人に見覚えなどありませんよね」
「ええ。末端の騎士の顔まではあまり。アリシア様も、シャルロッテ様も同様です」
「やはり直接問いただすしかないようですね」
「薬をつかうのですか?」
「ええ。手段を選んではいられません」
回復薬の瓶を開け、誘導薬と自白剤を軽く混ぜ込む。カラカラと硝子の
「縛りたくはありません。備えて置いてください」
「御意。緊急時には息の根を止めます」
「物騒ですね……息の根はちょっと……」
メイは太もものベルトに隠し持っていたナイフを素早く抜き、後ろ手に隠し持った。
私はベッドの隣に腰かけると、調合した薬品を、軽く口を開いて少しずつネーナに飲ませた。
ネーナは鎧をメイに寄って外されて薄着になっており、白いシャツだけを身に着けている。あれだけの力を振るったにしては、華奢で女性らしい体形に見えた。
回復薬の効果で、アリシアからのダメージが癒され、ネーナの意識が回復する。それと同時に、誘導薬、自白剤の影響で夢うつつの状態になるはずだ。
薬に対する耐性持っていたり、何かしらの対策を行っていなければ、の話だが。
「ん……うぅ……」
咳き込まないように何とか薬を飲ませてしばらくすると、ネーナは少し苦しそうにしながらゆっくりと目を開いた。しかしはっきりと意識を回復したわけではなく、虚空の一点を見つめている。
「ネーナ、おはようございます」
「おは……よう?」
「あなたはある任務を遂行するために、ここに来ました」
「私は……任務……遂行のために来た」
「特別な命令を受け、単独で行動を始めましたね」
「特別な命令、だ……一切、
「その命令とは何ですか?」
「命令……は、秘密裏に……」
私は軽くパチン、と手を叩いた。
メイが身構えたが、ネーナはかるくびくっと身体を震わせただけで、意識は未だにはっきりとしていない。
「上官の前ですよ。命令内容を復唱しなさい」
「はっ……命令は、”とこしえの
とこしえの氷片? 聞いたことが無いが、ひとまずアリシアとは全く関係がなさそうだ。
「それは何ですか?」
「不老長寿の源……王が手にすべき……ひとつ」
私は困り果てて、メイの方を振り向いた。心配事は外れて、ネーナはアリシア達と無関係のようだ。しかし、不老長寿とか言い出した。危ない雰囲気は未だにある。
「どうすべきだと思いますか?」
メイもしばし考え込み、そして答えた。
「ふむ……何かを探しに来たようですので、聞けるだけ詳しく聞いておいた方が良さそうです。偶然にもこの近くにあるとなれば、本来の目的は違ったとしても、アリシア様に危険が及ぶ可能性はあります」
「……確かに。ですが、機密を知ってしまう危険性というのもありそうです」
「かなり出来のいい自白剤のようですが、それにしたって無抵抗すぎます。私なら耐えられる。つまり……私たちが彼女から情報を聞き出したことを、知られる可能性は低いでしょう」
「……参考になりますね。では、続けましょうか」
この自白剤に耐えられるって? これは私が既存のレシピにアレンジを加えた最高傑作なのに。でもはったりとは思えない。メイが味方で本当によかった。
「ネーナ、とこしえの氷片を手に入れましたか?」
「いや」
「では、どこにありますか?」
「黒森の……最深部……存在は確認できず」
「これからどうするつもりですか?」
「報告する」
「その後、再び捜索に来るのですか……?」
「いや。情報は……各地にある。ここの優先度は、下がる」
「……なるほど」
私は再びメイの方を振り向いた。
メイは軽く頷いて、言った。
「であれば……ひとまず命まで取る必要は無さそうですね」
「ええ。誤解を解いて、彼女を帰しましょう。状態異常回復薬を使います。意識が回復しますので、一応備えて下さい」
「はっ」
私は最後の一瓶を、ネーナに飲ませる。
「これを飲んで。楽になります」
意識があるため先ほどよりは楽に、ネーナはそれを自ら進んで飲んだ。
「目を閉じて、ゆっくり呼吸を」
「ああ……心地がいい……」
ネーナは目を閉じて、数回呼吸をすると、ぱち、と再び目を開いた。
「はっ……」
「おはようございます、ネーナ?」
先ほどとは違い、ネーナは素早く上体を起こした。そして私の方を見る。
「……可憐だ」
「……はい?」
あれ? まだ自白剤の効果が抜けていないのだろうか? ネーナはまだ少しぼーっとしているようだ。
「あっ……いや、私は一体……」
「あ、え、えーと……」
しまった、どう話すべきか全く考えていなかった。あたふたしていると有能な従者が助け舟を出してくれた。
「ネーナ様、おはようございます。随分疲れが溜まっていたのではないですか? マリー様と戦って、気を失ってしまったようです」
「あ……あぁ。そうだったな。私はこの可憐な乙女に見惚れてしまい……油断して負けたのか。命を取らないのか?」
「お嬢様は慈悲深いお方です。感謝すべきかと」
「いや……騎士たるもの命は惜しくない。一思いにやってくれ」
「承知いたしました。では……」
メイは未だに隠し持っていたナイフをくるりと回して、おもむろにネーナに近づいた。片やネーナは瞳を閉じて、首筋を見せるかのように軽く上を向いた。
「メイ? 話が違いますよねえ⁉」
なんで全部解決したと思ったのに、命を取る方向に話が進んでいるのかさっぱりわからない。
「いっけね。つい、昔の癖で」
こつん、と自分の頭を叩きながら、メイはわざとらしく舌を出した。
「わざとやってますよね、メイ……」
「私が負けたのは可憐な姫君にだ。君に殺されるのがいい。やってくれ」
「だから殺さないって言ってるじゃないですか。なんで死にたがるんですか!」
「騎士たるもの、美しい女性の胸の内で死にたいと思うものだろう?」
「あなたも美しい女性じゃないですか!」
「美しい……だと。お、おい……そんなことは言われ慣れていないんだ。よせ……これ以上私の心を奪ってくれるな」
突然頬を染めて照れ始めるネーナ。鎧を外した姿は、竜騎士とはわからないほど綺麗な女性だったので、つい思った通りに言ってしまった。
「やっぱり殺しましょう、お嬢様」
「くっ……一思いに殺せっ……」
もういいから、その流れは。
「はぁ……とにかく……あなたが私達に危害を加えようとしたわけじゃないってわかったので安心しました。ネーナの友達は外で眠らせています」
ワイバーンはまだぐっすり眠っているはずだ。ネーナが声をかけてやれば目を覚ますだろう。
「ああ、そうだった。相棒が街に降り立てなかったからこんなことになったんだ……」
アリシアのことばかりで、すっかり忘れていた。良かれと思って張った白森の街の結界のせいで、ネーナはここにたどり着いてしまったのだった。
「事情は街の方に聞いてきました。あの結界は、以前街がワイバーンに襲われた時に張ったもので、王国に反抗するためではないんです」
「結界だったか。街一つを覆うほどの結界を、あなたが張ったというのか……? 私は魔法には詳しくないが……」
「それは……いいじゃないですか。とにかく街に降りられなくて困っていたんですね」
「いざという時に竜騎兵団が降り立てないのは問題だ。街を守るためというのもわかるが……」
なるほど。問題はそこだったのか。私は面倒になって二メートル以上の飛行生物が侵入できない対空結界を張ったのだが……その区分けがあまりに大雑把すぎたようだ。
「……わかりました。結界を改善することにします。人間を伴わない大型生物を侵入できないようにする……こんなのでどうでしょう?」
「それならば問題ない。竜騎士が乗らない状態でワイバーンを伴うことはないからな。ワイバーンが堕ちる時には共に死ぬ……我らは一心同体なのだ。片方だけ欠けるということはない」
「ええ……では……解決、ですね?」
「いや……まだ一つだけ問題がある」
「それは一体……」
まさか、アリシアのことも何か聞いたのだろうか? 不安がぶり返す。
「可憐なあなたの名前を教えてくれ。森の白魔女」
「……万事、解決ですね」
「ま、待ってくれ!」
よかったよかった。何も起きなくて。アリシア達も窮屈だろうし、ネーナにはとっとと帰ってもらおう。
「メイ、簡単な食事を取らせたら、ワイバーンのところへご案内を。私は結界を一時的に解除してきます。ところで、白森の街では何を?」
「いや、食事を摂ろうと思っただけだ」
「じゃあ、解除の必要はありませんね。改善には結界をアレンジしないと。数日を要しますので……お食事をしたらお引き取りください」
「せめてお名前を」
「マリーです」
「マリー……よくしてくれて助かった。私は……いつか君を迎えに来るよ」
「……結構です。後は任せました、メイ。終わったら青の部屋に呼びに来て」
「承知いたしました。しっかり息の根を止めておきます。それとお嬢様……今日は一層素敵でございます……」
「だから、殺すのは駄目ですよ……」
最後に念押しして、私は寝室を後にした。後はメイに任せてアリシアの部屋で一緒に待とう。
まったく……どうなることかと思ったが、人騒がせな竜騎士だ。
ただ結界の条件は大雑把すぎたかもしれない。私の方も少し、反省するとしよう。
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