第97話 やってきた理由


「ええ、ブレスレットを切ったのは、実は危険を感じていたというよりは、白魔女様にお伝えしたほうがよろしいかと思ったからなんです。申し訳ございません。焦らせてしまって」


 白森の街の町長、アルトンは申し訳なさそうにそう言った。


 私は気を失った竜騎士、ネーナを小屋に寝かせて、メイに二人を守るように言うと、念のため白森の街にもう一度向かった。メイが行ってもよかったのだが、箒に乗れない分、行くのに時間がかかってしまう。


 何かあった時、遅くなれば遅くなるほどまずいことになるはず……と思ったのだが、やっぱり白森の街自体は特に被害を被ってはいないようだった。


「いえいえ、有難いですよ、全然。気軽に切っていいですから。また新しいのを用意しますね」


「気軽にとはなかなか……いきませんが。ははは」


 ごめんなさい、アルトンさん。実はブレスレットが切れた時、最初気づきませんでした。


 今度はもう少し気づきやすいものにしようと、私は固く心に誓った。


「竜騎士の方が来られましてね。そのようなこと滅多にないのですが。しかしドラゴンには乗っていなかったのです」


「結界のせいですね」


「やはり、そういう訳でしたか。以前に仕掛けていただいたものですね。なぜだか街にドラゴンが入ろうとしなかった竜騎士さんは、街の外にドラゴンを待たせて、一度一人で街に入ってきたのです」


「大人しく待っているんですか……ワイバーンは……」


「よく訓練されているようでして。意外にも地面に伏せったまま、静かにしていたようです。そうして、私が呼ばれて話をしたんです」


「どういう用事だったんですか? 人探しですか?」


「いえ……なんでも、特別な命令を受けて隊とは別行動をしていたとか。それで補給のために街に寄りたかったけれど、なぜか立ち寄れない。どうなっているんだという話でしたよ」


「特別な命令って?」


「そこまでは残念ながら……それで何とかしらを切ろうとしたのですが、気高きワイバーンが街を恐れる筈が無いとむきになってしまい、町人の一人が言えばいいだろうと、勝手に結界と白魔女様の話をしてしまったのです……全く、本当に申し訳が無い」


「あー……いえ。気にしないでください。本当、私が勝手にやったことですから……」


 町の人も悪気があったわけではないのだろう。アリシアが王女だということを知っているわけではないのだから。別に売られたというわけではない。


 特別な命令……とやらが気になるが、それがアリシアの捜索だと決まったわけではない。そういうことなら、単独行動をする必要があるのだろうか。それに、どうやら結界のことは知らずに、たまたま補給の為に立ち寄ったことは間違いないようだ。


「マリーさん……? それで、竜騎士さんは……?」


「ああ、大丈夫ですよ。こちらで……話をしておきますから!」


 話を……か。アリシアの電光石火の一撃で、今は意識を失っているわけだけど。ワイバーンは魔法薬で眠らせてある。暴れられたら流石に木々が傷ついてしまうから。


「本当に大丈夫ですか? とても……悩んでいるように見えますが……我々にも協力できることがあったら言ってください。元々、そういう話でブレスレットを頂いたのですから」


「いえいえ。教えていただけただけで十分ですよ。もう戻らなくては。また代わりの警報装置を買ってきますので!」


「それは有難い。では、お気をつけて!」




 アルトンから話を聞いて、すぐに寄り道せず小屋に戻った。


 まだ竜騎士のネーナは目を覚ましていないようだった。


「お姉さま! おかえりなさい。街は大丈夫でしたか?」


 アリシアは小屋に入るなり抱き着いてきた。私も抱きしめ返して、頭を軽く撫でながら答える。


「大丈夫ですよ、アリシア。ネーナさんしか来ていないみたいですし、何もされていませんでした」


「よかったぁ……」


 アリシアはいつも、自分のせいで誰かが犠牲にならないか気にしている。白森の街のことも好きだから、被害が無くてほっとしていた。


「ネーナさんは?」


「メイが見張っています。何も言ってこないから、まだ起きていないのかもしれません」


「アリシアとシャルロッテは、自分のお部屋にいてください。仕組みを知らなければ、ただの書斎としか思われませんから」


 ステンドグラスの仕組みさえ知らなければ、何度ドアを開けてもそこには書斎しか現れない。ネーナもアリシア達の居所に気づくことはないだろう。あとは私とメイが適当に話をして誤魔化せばいい。


「でも……私がやってしまったことだから……」


「いいんですよ。助けようとしてくれたんですよね? 本当に、一瞬前までは戦っていたんですから」


 丁度、戦いの途中で、話し合いになろうかというときに、アリシアは私に馬乗りになっているネーナを目撃してしまったのだ。そうして咄嗟に覚えたての鋭い雷撃を放った。


 そしてその威力は……私と張り合えるだけのネーナを一撃で気絶させてしまうほどのものだった。


「わかりました……本当に気を付けてくださいね」


「ええ。いいというまで出てきてはいけませんよ?」


「はい……でもでも、心配です」


「ほら、いつまでもくっついてちゃいけませんよ」


 アリシアは抱き着いたまま離れようとしない。私はそっと身体を離して、部屋へと戻らせた。


 それから居間でなぜかむすっとして、私のソファを占領しているシャルロッテにも声を掛ける。


「シャルロッテも、ほら。お部屋に戻って」


「お熱いことね、二人とも。ねぇ……あのね、マリー。私だってそれなりの魔女よ。あの王女様と違って、戦ってもいい人間なのよ。ここにいるわ」


「シャルロッテ、ですから、任せたい仕事があります」


「何よ……?」


「アリシアのお部屋で一緒に過ごして、護衛してあげてください。不安でしょうし、側にいてあげて欲しいのです」


 別々の部屋で待つよりも、一緒にいてもらった方が安心だ。アリシアも剣を持って部屋に戻ったが、竜騎士と戦えるほど強いわけではないだろう。しかし、シャルロッテなら対等以上に戦えるはずだ。


「ばーか。わかってんだからね。そうやって誤魔化して、私のこと危険から遠ざけるつもりなんでしょ」


 それももちろんある。ああは言ったものの、これ以上ネーナとアリシア、シャルロッテの二人を会わせるつもりはない。もしそんなことがあったら、その時は私の身に何かがあった時だ。そんなことは防がなくてはならない。


「ええ。その通りです。守るって約束しましたから。ちゃんと言うこと、聞いてくれますよね」


「……嫌よ。主人が危険なら……身体を張るのが奴隷ってもんでしょ……」


 シャルロッテは相変わらず大事にしている首輪にそっと触れ、恥ずかしそうに目を逸らした。素直な言い方ではないが、シャルロッテなりに心配してくれているようだ。


 しかし、言うことは聞いてもらわないと困る。二人を危険に晒したくはない。アリシアだけでなく、シャルロッテだって、王国から追われる身なのだ。


「奴隷……ですか。そういうことなら、私にも考えがありますよ」


「何よ」


「シャルロッテ、命令です。アリシアの部屋に行って、アリシアを守りなさい」


「なっ……! 何で私がアンタの命令なんかっ……!」


「だ、だって主人とか言うから……」


「なんてやつ! やっぱりそんなことばっかり考えていたのね! そうしていつか、拒否できない私に、色々いっぱい変な事させるつもりなんだ……そうなのね⁉」


「しー、シャルロッテ、静かに……!」


 あんまり大声を上げると、ネーナが目を覚ましてしまうかもしれない。その前にシャルロッテには姿を隠してもらわないと。


「やっぱりそうなのね……! でも、わかった、内緒、なのね。アリシアもいるものね。そう、そうなのね。わかった、わかったわ……」


「いやあの、ちょっと違う……」


「わ、わかったわよ。私に拒否権なんてないんだもの。部屋でアリシアを守るわ。だけど、その……気を付けなさいよね。死んだら、許さないから」


「ええ。わかってくれたのは嬉しいのですが……シャルロッテ、おーい……」


 何か妙な勘違いをしている気がするが、シャルロッテは結局従ってくれた。私の話も聞かずにとたとたと書斎の扉に向かって行ってしまった。


「マリー、その、待ってるから」


 扉の前で最後にもう一度、不安そうにシャルロッテはこちらを振り向いた。


「はい。アリシアのこと、任せましたよ」


「安心するといいわ。この”神童”が、あの子を守るんだから」


「もちろん。不安は無いですよ!」


「ふ、ふんっ……わかればいいのよ、わかれば……」


 シャルロッテはそう言いながら、青いガラスに触れて、ノックし、アリシアの部屋へと入っていった。


 それを見届けると、私は棚から少し高級な回復薬と、誘導薬と自白剤、状態異常回復薬を取り、寝室でネーナを見張っているメイの元へと向かった。

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