第95話 街の緊急事態


「アリシア~、入りますよ」


 私はアリシアの部屋を示す、青色のガラスに触れてから、扉をノックした。こうすれば、アリシアの部屋にのみノックの音が伝わる。


 最初の二日だけ手伝った後、ミォナの雑貨店は通常営業に入った。


 開店セールのために多く安く仕入れた品は全て売り切れ。アルトンの宣伝力もあったせいか、大繁盛に終わった。今はもうミォナだけでお店を回しており、これからは何か催しをする際に人手を借りたいと言われている。


 アリシアとシャルロッテはお給料を何に使おうかと楽しそうに話していた。きっと追われる身でなければ、この子たちは本来どこででも好きに働いて、のびのびと生きていける子たちなのだろう。


「どうぞどうぞ、お姉さま。よくお越し下さいました!」


 同じ家に住んでいるというのに、アリシアは遠方から来た客のように私を出迎えた。


 部屋の中は殺風景だが、メイと爆買いに行ったおかげでベッドや机と椅子、クローゼットなど最低限の家具はそろっている。


 それでも白森の街で買ったのか、いつの間にか可愛いカーテンや観葉植物、魔石のライト等が置かれており、少しずつアリシアの部屋になってきていた。


「女の子の部屋ですね……」


「はい?」


「あ、いえ……なんでも。これを返そうかと思いまして」


 私は先日リサから返してもらった、加護付きのネックレスをアリシアに返却した。


「あぁっ! 私のネックレス! もう、遅いですよう。傷つけたりしてないでしょうね?」


 アリシアはネックレスをひったくると、日の光に当てながらじーっとつぶさに観察していた。私自身が雷魔法を当てて、動作は確認済みだ。


「壊してなんかないですよ。これを身に付けている時は、雷魔法の練習をしても大丈夫ですよ」


「見た目は変わってないですけど。加護つきなんてすごいですね」


「私が防壁を展開した時のように、勝手に自分の方へ飛んでくる雷だけを防御してくれるはずです」


「やった、ようやく修行に戻れますね!」


「はい! では……」


 私が居間に戻ろうとすると、アリシアが手首を掴んできた。


「ちょっと! もう戻るんですか?」


「はぁ。何か……アリシアも話すことがありましたか?」


「そうじゃなくて……ね、お姉さま。私たちようやく、久しぶりに二人っきりでお話してると思いませんか?」


「え、あ、そ、そうですね」


 メイ、そしてシャルロッテ。同居人が増えて、賑やかになったのはいいが、二人で暮らしたあの頃のどこかくすぐったくて甘い雰囲気は、すっかり失われていた。


「私のお部屋も……お姉さまの寝室も。二人っきりでいられる場所が、ようやく出来たんですよ……?」


「……そうですね。こんなの久しぶりです。もう少し話しましょうか」


「どうぞ、座ってください」


「いいんですか……?」


 そうは言いながらも他に座る場所もないので、私は進められたままにアリシアのベッドに腰かけた。するとアリシアも身体が触れるほどすぐ隣に座った。


「あの、なんかこれ、まずくないですか……?」


「昔はよく一緒に寝てたじゃないですか。最近ご無沙汰なんです」


 そもそもあの頃、私は全然寝られていなかったけど。今や自分の寝室で寝る時は、安心しきって惰眠を貪れるようになったものだ。


 そういえばミォナと寝る時は、驚くほどすんなり寝られたのだが、やっぱりアリシアの隣だと今でも平常心で寝られる気がしなかった。


「ご無沙汰って……何かしてるみたいじゃないですか……」


 アリシアはネックレスを再び目の前に持ってきて嬉しそうにすると、首へとかけた。


「似合ってます……」


「本当にお気に入りなんです。これ見ているだけで……嬉しくって溶けちゃいそうなんです」


「そんなに喜んでもらえるなら、私も嬉しいですよ」


「私もう一個したいことがあって……お揃い、がしたいんです」


「お揃い?」


「そう! 同じネックレスとか、髪飾りとか。付けて出かけるんです。同じ帽子被ってたって、弟子だなってくらいですけど……アクセサリーが同じだったらほら、ちょっと、匂わせられるっていうかぁ……」


「わぁ……それって……」


 謎の背徳感を覚える、かもしれない。


 シャルロッテがしている首輪に近い。見ているだけで、他の人は何かしら察するのだろう。結婚指輪をしている人が既婚者とわかるのと似たように、二人は恋人同士なのだと何となく思い描かれてしまう……


「嫌ですか?」


「嫌じゃないですけど……恥ずかしいですよ、そんなの」


「どうしてですか! 見せつけてやりましょうよ。だいたいお姉さま、アルトンさんとお揃いにしてるじゃないですか。私より先にぃ!」


「はぁ? アルトンさん……?」


「ブレスレットですよ! 白の」


「あぁ、これですね。これは、街のためだし、アルトンさんは付けてないし……? あれ?」



「あれ? お姉さま……? ブレスレットは……?」



 アリシアに言われて見てみると、いつも左手首についているその白いブレスレットが、無かった。


 その白いブレスレットは、アルトンが持っているブレスレットを引きちぎれば、私の方も切れる仕組みになっていた。


 そしてそれが切れた時というのは、街にどうしようもない危機があった、というアルトンの合図でもある。


「え? 嘘。どこで?」


 知らないうちに切れて、ブレスレットは無くなっている。切れてからどれ位経っているのか、まずは知っておく必要がある。私は焦ってアリシアのベッドや近くの床を見るが、どこにも見当たらない。


 折角の連絡用アイテムなのに、気づかなかったら意味ないじゃないか!


 私はさーっと血の気が引いていくのを感じた。


「いつから⁉」


「もっと前からかも! 居間へ!」


 アリシアは駆け出して、扉を勢いよく開く。私もその後を追いかけた。


 朝、起きた時にはあったはずだ。だからそんなにずっと無かったわけではない。しかし切れてから時間が経っていたら……?


「やばい……! どうしよう!」


「きゃっ!」


 考え事をしていたら、急に立ち止まったアリシアのお尻に思いっきりぶつかってしまった。なぜか前傾姿勢をしていたアリシアは、前につんのめって、ぎりぎり転ばずに姿勢を保った。


「ご、ごめんなさい」


「あった、お姉さま!」


 アリシアは白いブレスレットを拾い上げてこちらに見せた。しっかりと、明らかに不自然な魔法の力で引きちぎられていた。


「部屋を出てすぐのところでした!」


「じゃあ、入る時かも!」


 そう言いながら、私は玄関に小走りで向かって、箒を引っ掴んだ。


 アリシアの部屋に入る時に切れたというのなら、幸いそんなに前の話ではない。それくらいなら、急げばまだ何とかなるかもしれない。


「私も……」


「駄目! アリシアは絶対に小屋から出ないで! メイ⁉」


「はい、こちらに!」


 騒ぎを聞きつけたメイがすぐに、掃除していたらしい私の寝室から出てくる。


 何故か手には魔法で動く、リサに騙されて買った例のおもちゃを手にしている。いや、本当になぜだ! 私の寝室でなにしてた……?


 いやいや、今はそれどころじゃない。優先事項に集中しよう。


「……はぁ。えっと……街で異変、原因は不明! アリシアを守って。シャルロッテにも伝えて! いいですね!」


「御意。こちらのことは全てお任せください」


 真剣な表情でそう答える割に、おもちゃが微振動している。気にしない。気にしては駄目だ。


「……助かります!」


 実際、戦力としては、メイがいるだけで頼りになるのだ。小屋のことは気にせず、私は街の出来事に集中できる。


 玄関を飛び出し、箒に乗って、出せる最高の速度で、私は白森の街へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る