第94話 ミーナ雑貨店


 午後になると、お店の外にあった列も無くなり、店内のお客さんの数も落ち着いて来た。


 列が無くなったので私が店内に戻ると、シャルロッテが声を掛けてきた。


「マリー、おかえり。裏で軽食を取ってきなさい。私はもう食べたわよ! パンサンド、おいしかったわ!」


「やった! それじゃあ失礼して……」


 カウンターの横を通り過ぎる時、アリシアは接客中だった。しかしこちらに気づくと、軽く笑いかけてくれた。可愛い。


 そこの店員さん、私の弟子なんです。可愛いでしょう? ってお客さんに声を掛けようかと思ったくらいだ。


「で……何でリサたちがいるんですか……」


 裏に戻ると、用意された簡易的な椅子と机に、リサとラピスが座ってパンサンドを頬張っていた。


「お疲れ様、引きこもり。がんばったね、偉い偉い」


「はい、マリー。差し入れのパンサンド」


「ラピスたちが買ってきてくれたの? ありがとうございます」


 そういうことなら話は別だ。二人にしては気が利く。でもやたらと褒めてくるのは明らかに皮肉だろう。


 私は席についてすぐにパンサンドを頬張った。普段はそんなにお腹が減る方ではないが、こうして働いてみると未だかつてないほど空腹になっていた。


「んぅ! うまっ……」


 スパイシーなお肉とまろやかなパンの味に、よだれが過剰分泌される。


 ……労働後の食事のなんと甘美なものか。働かざる者食うべからずというのは、働いてから食う方がおいしいよ、という意味なのかもしれない。


「ふふっ……」


 そんなことを考えながら食べていると、ラピスが微笑みながら意味深な目をこちらに向けてくる。


「な、なんでふか」


 口から食べ物をこぼさないようにしながら、ラピスに問う。差し入れって言ったって、一度もらったものを返すつもりはない。


「別にぃ……?」


「なにそれ、気持ち悪いなぁ……」


「なんでよ! ただちょっと見てただけ、でしょ!」


 そんな私たちを頬杖をついて見ていたリサが言う。


「はぁ~あ……やっぱりたらしこんじゃってまぁ……だから言ったじゃない『面倒なことになる』って。そんなことより、お店は上々みたいね。アンタが関わる店にしては。上出来じゃない」


「私が関わるにしてはって何ですか。でも、ありがとうございます……二人のおかげですよ」


「私たちの利益にもなりそう、ってことがわかったから、アンタに見せてもらう”誠意”も、少し手軽なものにすることにしたわ。元々は、一週間ほど私たちの身体を洗う役目を負わせようかと思ってたんだけど」


「ねぇ、先輩。その案は廃止すべきではないと思うわ」


「……な、何言ってるんですか? そもそも私に……色々……見られますけど……恥ずかしくないんですか?」


「別に?」

「むしろ見てほしいわ」


「……そっ……そうですか」


 普通恥ずかしいでしょう。どういう感覚なんだ、この人達。


「でもそれはまたの機会にすることにしたわ。今回は、そうね。もてなしでも受けようかなって」


「もてなし?」


「近いうち、二人で小屋にお邪魔するわ。シャルロッテとも、あんまり話す機会が無かったでしょう? アンタの小屋が賑やかになってきたから、それぞれと親睦でも深めておこうかと思うのよ」


「ふむ……親睦ですか。リサにしてはいいこと言うじゃないですか!」


「あぁん? マリー、アンタちょっと、調子に乗ってるんじゃない? 誰が主人か今一度、身体に叩き込む必要があるかしら?」


「ひっ……べ、別に主人じゃないし……とにかく、アリシアとシャルロッテも、そこまで気軽にはどこにでも顔を出せるわけじゃないですから。二人なんかとでも交流があるのは、嬉しいです」


 私は苦にはならないが、あの二人にとっては、小屋でじっとしているというのは退屈な事だろう。シャルロッテなんていつも暇そうにして半裸で歩き回っているわけだし。


「二人なんか、って……何でいちいちちょっと棘があるのよ……おかしいわね、先輩。私たち実は嫌われてないかしら」


「知らないの? ラピス。この子は普段は素直じゃないけど、ベッドの上では素直なのよ」


「まぁ!」


「まぁ! じゃないんですよ。私はリサとベッドに入ったことなんて一度くらいしかないんですから……」


「一度あるの⁉ って、いや、それは知ってるやつだったわね……」


「ラピスもお仕置きされたい?」


「先輩……っ……やだ、お仕置きだなんて……どうしよう、私」


 この二人と同時に話していると頭が痛くなってくる。


 二人が小屋に来て、アリシアとシャルロッテ、それにメイと二人をもてなすということは……大丈夫だろうか。大騒ぎして何かの拍子で小屋が爆発したりしないだろうか。


「まぁ……身体を洗わされるよりはマシですか……」


「よぉし、決まりね。それじゃ、また後日。頑張ってね、不器用で可愛い店員さん?」


 リサとラピスは席を立った。どうやらもう帰るようだ。


「一言多いんですけど。差し入れありがとうございました」


「気にしないで。ちょっと何か買ってから帰るわ。あ、そうそう。これも渡しとくわね」


 リサは懐から例のアリシアの貝殻のネックレスを取り出して、私に渡した。加護を付与するようにお願いしていたが、ついでに持ってきてくれたようだ。


「ありがとうございます。もうできたんですね」


「雷絶縁、問題ないはずよ。自分で試してみて。お代は後日でいいわよ~」





 私がネックレスを受け取った後、二人が出ていくと、一気に部屋が静まり返った。そこで私もようやく落ち着いて昼食を取ることができた。


 そうしてしばらくすると、ミォナが裏に駆けこんできた。


 その瞬間、さっきまでの静寂は吹き飛ぶ。


「はぁ~! 疲れたぁ! マリー、マリー! お疲れ様!」


「ミォナ、お疲れ様。すこし空いてきました?」


「うん! やぁっと落ち着けるよ~。全く。こんなに人が来るなんて思わなくない⁉」


「みんな楽しみにしてたんですよ。またこのお店が開くのを」


「ねぇ~。パパもさっき来たんだけど、もう、ボロ泣き! やめてよね、おめでたい日なんだから」


「あはは、想像つきますね」


 アルトンさん、男泣き。


 まぁ亡くなった奥さんのお店に再び多くの人が集っていて、そこに立っているのが自分の娘なんて光景を見たりしたら……仕方ない。


「素敵な話ですよね。アルトンさんの気持ちも、わかってあげてください」


「もちろんわかってるし! でもね、私は嬉しいんだから! 泣いてる暇なんて、ないんだよ。ってか、そんなこと考える暇無いくらい、忙しいんだから!」


「ミォナも頑張ってましたね。私も久々に労働らしい労働をした気がします……最近じゃ魔石採集はアリシアやシャルロッテがやってくれていましたから……」


 おかげで足がパンパンだ。明日は出歩けないかもしれない。引きこもりの体力なんてそんなものだ。軽く歩くだけで息切れするのに、立ちっぱなしなんてもってのほかだ。


「アタシ嬉しいよ、マリー。マリーがこういうこと苦手なの、わかってるから。それでも無理してこうして来てくれんの、最高だよ。ね、アタシ本当に、マリーに会えてよかった」


 ミォナは真っ直ぐな目でそう言う。そこまで率直に伝えられるとやっぱり照れる。


「頑張ったのはミォナですから。私たちは対等な取引関係って言ったでしょ」


「そーだった! じゃあ、黒森魔法問屋の、マリーさん? これからも末永く、よろしくねっ!」


「ええ。よろしくお願いいたします、白森の街”ミーナ雑貨店”の店主、ミォナさん!」


 ミォナの母親の名前を冠したそのお店は、今後も繁盛することだろう。


 商売するからには、苦難の時もあるかもしれない。しかし私が黒森に住み続けるからには、出来る限りのことをしてミォナを支え続けよう。


 この若くて立派な店主と、笑顔で握手しながら、私はそう決心していた。

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