第93話 お店の人
「はい、お買い上げありがとうございます! またどうぞ~! お次の方、どうぞ。お待たせしました~」
アリシアが笑顔で元気に、お客さんを送り出している。立派な店員さんだ。あの子って別に家にいなくたって、どこででも生きていけそうだ。何でも真剣に取り組めるんだから。
「ふむ……やはり値が張るとはいえ回復薬の出が早い……常備薬として需要があるのでしょう。在庫が無くなった商品の陳列スペースにも、値札を差し込んで回復薬を陳列すべき、か」
メイは気配を消して、素早く機械のように商品を補充しまくっている。飛ぶように物が売れていくのに、棚が空になることは一度もなかった。
「ふふん、ここの火の魔石は性能が安定しているから、料理に向いてるわよ。私が杖で確認済みなんだから! 一回騙されたと思って、家のやつと取り換えてみなさいよ! ぶっ飛ぶわよ!」
シャルロッテは偉そうに接客している。ぶっ飛ぶって何? 何でお客様にあんなに偉そうにできるんだろう。大丈夫なんだろうか。
でも意外にもお客さんはシャルロッテの自信満々な商品紹介に、つい信頼してしまうのか、次々商品を手に取って、買って行っていた。
やっぱりああいうのは、自信をもってお勧めするのが大事なのだろう。
「あ! ベルさん、来てくれたの~? 嬉しい~! ちょっとだけ待ってね、一組出たら入れるから。最近はどう? 旦那さん、めちゃお仕事軌道に乗ってるって聞いたけど~」
ミォナはお客さんを待たせつつも、おしゃべりをして全く飽きさせない。つい最近まで学生だったのに、世間話がうますぎる。さすがは村長を父、商人を母に持つ娘だ。
で、私はというと……
「ねえまじょー、まほうしてー」
「まほう! まほう!」
「あ……はい……じゃあ……」
「うわぁ! 浮いた浮いた!」
「すげー!」
ふわふわと、商品の木でできたドラゴンを象ったおもちゃを、私は杖で浮かせてみせた。
「すごー! ドラゴン買ったらドラゴン浮く?」
「え、いえ、おもちゃは浮かないです」
「まほうで、たかいたかいして!」
「それは危ないですから、駄目ですよ」
「えーなんで! けち! このまじょ!」
「まじょめ! たたかってやる!」
「痛い、痛いですよ、やめて」
子供数人に囲まれている。そして子供は平気で足とか尻とか叩いてくる。力が弱い分手加減無しなので普通に痛い。助けて。魔女狩りしないで。
助けてっていう目線をシャルロッテに送っても、商品説明に楽しくなっちゃっているので私の方など一度も見てくれなかった。
メイは私に気づいていたけど。棚の後ろから顔だけ覗かせてじっと見ている。よだれ、たれてますよ、メイ。メイが一番たちが悪い。
「ドラゴンほしいよー。ママ!」
「えー? 駄目よ、玩具はこの前買ったでしょ。今日はお薬買いに来たのよ。あら……白魔女様。ごきげんよう」
子供の内の一人の母親らしきその女性は、子供をなだめながら、挨拶してくれた。
「い、いらっしゃいませ……」
「まさかお店にまで来ているなんて。お聞きしましたわ。今は町長さんのお家に、住んでいらっしゃるんですってね。どおりで……」
「ご、誤解です! ちょっとの間、居させてもらっただけなんです」
「あら、そうなの? 私たち、てっきりアルトンさんと……」
これだから田舎は怖い。すぐにろくでもない噂が広まる。
「でも助かりますわ。お薬やら、お守りやらは、遠出する人に頼んで買ってもらってたんです。でも毎回頼むのも心苦しくて。ほら、私にはこの子がいて、あんまり自由に動けませんから」
「ママー、どらごんほしい。まじょも持って帰る。とばせるから」
「こぉら。白魔女様は商品じゃありませんよ、まったくもう……」
「あはは……飛ばなくても格好いいでしょ、ほら、がおー。海洋都市まで行かないと買えないやつですよ? レアなんですから。友達に自慢できますよ?」
私はしゃがみ込んで、ドラゴンを間近でよく見せてあげた。実際、結構出来がいい。子供の頃だったら絶対欲しいやつだ。何なら別に今でも欲しい。棚に置いといたらアリシアに嫌がられるだろうか。
子供心ならよくわかる。誰しもかつては子供だったのだから。
「わぁ……かっけー! ねえママ、ほしいよー」
「全く。しょうがないわね……今日だけよ? ミォナちゃんの開店日で、おめでたい日ですからね」
「おめでたくてやった! じゃあね、まじょ! こんどはやっつけるよ!」
「はは……やっつけないで……仲良くしましょう? またお願いします……」
母親は奔放な自分の子の振る舞いにどこか困ったような顔で笑うと、カウンターの方へと手を引いていった。子供は嬉しそうに笑っていた。
「ミォナ……」
ミォナはまだ外で、お客さんの待機列を整理している。ミォナは……お客さんの笑顔を見ているのだろうか。今の子供の笑顔は、ミォナが見るべきものだったような気がする。
私は子供たちがみんな親に連れられて行くと、外に出て、ミォナに声を掛けた。
「ミォナ、代わりましょうか?」
「へ? いいの? でも……大丈夫?」
「列も終わりそうですし……お客さんが沢山いる店内を、み、見て欲しくて!」
待っている人の列も結構減って来ていて、もはや数組を残すだけになっていた。
「マリー……ありがと。じゃあお任せしていい? お一組さん連れて、中入るね! どうぞ~!」
ミォナは嬉しそうにして、お客さんを連れてお店へ入っていった。
「ありがとうございました~! お! ドラゴン買ってもらったん? かっこいいじゃん~」
「いいだろ~! おねえちゃんもほしい?」
「めっちゃ欲しい~! いいなぁ! よかったね! また来てね~!」
すれ違いで、さっきの子供にも会えたようだ。子供も笑っているし、ミォナも満面の笑みだ。よかった。
「え、えと、いらっしゃい、ませ」
「こんにちはぁ。あらぁ、店員さん、お綺麗ね? 私とお茶しなーい?」
私がその大人っぽい聞きなれた声に振り向くと、そこには……リサがいた。
「はぁっ⁉ 何してんの!」
「何してるとは失礼ねぇ。関係先がお店開いたってんだから、来てあげるのが礼儀ってもんでしょ?」
「久しぶりね、マリー。驚きだわ。あなたがお店の人をできるなんて」
リサの隣には、ラピスも来ていた。二人で様子を見に来たらしい。自分たちが売った商品がちゃんと売られているところを見たかったのかもしれない。
いや、絶対違う。こいつら、やたらとニヤニヤして私のことを見ているのだから。
「まぁお察しの通り? 引きこもり魔女が接客するって噂聞いて飛んできたわけだけど。なかなかいいもの見れたわぁ。子供にボコスカやられているところとか、商品のこと聞かれてどもりながら説明しているところとか?」
「なんで! いつから見てたんですか!」
「並ぶ前にちょっと、ね。先輩と外から見ていたけど、マリー、あなたとっても……初々しかったわ」
「やめて! なんでこっそり見てるんですか!」
リサとラピスは腹を抱えて笑っていた。全く、人が苦しんでいるのを見てこんなに笑えるとは、とんでもない魔女たちだ。
さっきの子がたくましく育ったら、まずはこの二人からやっつけてもらうとしよう。
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