第91話 いや、それ、絶対
「ほわぁぁ……すっげ……」
黄色のステンドグラスに触れてから扉を開けると、その部屋の中はすっかり在庫置き場の倉庫になっている。
棚が壁際や、部屋の中に奇麗に並べられて置かれており、その上に魔法薬や簡単な加護のついたアクセサリー、衣服などが並べられている。
「マリーもここでお店やるの⁉」
「何言ってるんですか、ミォナ。ミォナのお店に置く用の在庫ですよ。もちろん、欲しい物だけ仕入れてくれたらいいですよ? 魔法関係の物以外も販売するでしょうから……」
「これ何? これは?」
「それは日の光をかなり防いでくれる布材ですよ。加工すると高くなるので、生地のまま仕入れました。そっちは低級の魔物から気配を消すペンダントです。値は張ってしまいますが……でもいいものですよ!」
「わぁ……わぁ! どうしよ、全部買いたいけど、お金が無いよ⁉」
アルトンが手を付けなかった、ミォナのお母さんが遺した運営資金……それがミォナの元手になる。アルトンもあんなこと言いながら、ミォナが再びあそこにお店を開くのを待っていたのだろう。あるいは、ミォナがやらなくても、いずれ町長を辞めた時に自分が再び店を開くつもりだったのかもしれない。
「うーん……最初は仕入れ値が安いもので利益を上げつつ、徐々に高めの商材を仕入れて行ってください」
「そう……そうね。いきなり高機能のアイテムを仕入れるのはリスクが高い。低級の魔法薬はある感じ? 生傷を直す程度の」
「もちろん。以前お渡しして、全部ミォナが売ったものが沢山在庫してありますよ! あれはうちでも作れますから」
「一度売れているのだからリピーターが居てもおかしくないよね? そのあたりが手堅い、かな?」
「そうですね! で、でも、ハーブのまま売るのもありです。潰して擦り付けたりするのでも、小さな傷や火傷には効きますから」
「隣に並べて置いておけば、そっちを買いたがる人もいる、か。でも、そっちばかり買われてはお店の利益が上がらないから……ハーブは少し利益を上乗せしつつ、魔法薬よりは断然安い値段を設定する……?」
「わぁ……ミォナ、商売人の顔ですね。すごいです!」
「ふっふーん、伊達に学校出てないよ? 結構頑張って勉強したんだから、アタシ。お店開けるってわかるまでは、全然だったけどね、ほんと」
「ミォナ……こんなに立派に育って……うぅ……」
「ちょ、今ママ乗り移ってない? 大丈夫?」
「はっ……私は今、何を……?」
どこか不真面目で、今時の女の子らしいミォナだったが、お店のために努力して勉強してきたようだ。アルトンも鼻が高いだろう。私もこんな姿を見ると、つい応援したくなる。
「これはいくら?」
「単価500でどうでしょう? ミォナのお店までの運賃込みです」
「うーん、500はちと……そこに上乗せすると街の人の感覚からしたらキツめかも。400とかどう?」
「う……それだと私が苦しいかも。450で……10個までなら……」
「いいよ、450で10個、決まり! アタシもあんまり利益は出せないけど、目玉として置いて……他の物の、ついで買いで利益を稼ごう。期間限定特価だ!」
やっぱりミォナはしっかり考えている。私よりよっぽど商売が上手そうだ。
二人の商談を、私たち以外の三人は入口から静かに聞いていた。真面目な雰囲気に水は差さないよう、気を使ってくれているようだ。
「開店セール! しなきゃですしね。そうしたら、破格で仕入れられたのがあるんです! この商品なんですけど……何か魔石で動いてコリをほぐせるとかいう」
「ちょっと待ってよマリー、これはえっちなやつじゃん。ウチは健全な店なの。こんなのは置けないよ!」
「えぇ……なんですか、えっちって。どう使うんですか? またリサに騙された!」
「使い方教えてあげよか? アタシも一個持ってるし」
「え⁉ さ、参考までに……どうやって使うんですか……」
「ほらここ押して、で、あそこのそこにそうして……」
「ふむふむ……うわ動いた! え⁉ そんなところにそうするの⁉ でも、痛くないんですか⁉」
「ちょっとマリー、勘弁してよ。同級生でもみんな知ってるよ? そりゃ色仕掛けが通じない訳だわ……」
「だって、誰もそんなこと教えてくれないじゃないですか……」
「やっぱそーゆー教育って、大事だよね……」
少し商談が脇に逸れると、アリシアがむっとした表情で近づいてきた。
「お姉さま、それは没収です」
「なんで! せっかく安めに仕入れたのに!」
「ミォナとどさくさでえっちな話しないでください! 聞こえてたんですよ! この変態!」
「へ、変態っ……アリシアが変態って言った!」
愛弟子に言われたくない言葉、ランキング五位以内くらいには入る言葉だ。深く傷ついた。
「えっち、変態、ヘンタイ! こんなものなくたって、私がいるじゃないですか!」
「あ、アリシアがどうしてそれと関係があるんですか!」
「同じ機能を果たせるじゃないですか!」
「機能って何⁉」
「ねぇ……マリー、アリシア、そろそろいい……? もうちょい仕入れたい感じなんだけど……」
「はっ……こ、これは失礼しました……」
「フン、知りません!」
「あ、ちょっと! 勝手に持ってかないでください!」
そんな風にドタバタしながらも、ミォナは最初の商品をいくつか見繕い、仕入れの交渉を終えた。価格と数量は、後ろについていたメイがメモしてくれていた。正直有難い。言っといて全部忘れてしまうところだった。
「それじゃあ、後日お店に運びますね。アリシアとシャルロッテに手伝ってもらえば、意外と一回で運べそうです!」
運んでもらうからには利益も二人に分けて、お小遣いとして渡すとしよう。
「やた! じゃあ、開店日から逆算して、陳列の時間と、商品の消費期限も考えつつ……あー、わくわくしてきた! ねぇマリー! 私、どうしよう!」
「開店日を決めたら、宣伝もしないと? 広告とか、街に貼っていいんでしょうか?」
「うんうん! 手書きで全然いいよね。はぁ……帰ったらデザインして……何枚か作ろうっと! パパに貼っていいとこ聞いて……やることいっぱい! でも、超楽しい……!」
「はい! 楽しみですね! ほかにも手伝えることがあれば言ってくださいね!」
「あ、じゃあ一個、いい?」
「なんですか? なんでも言ってください!」
「開店セール、手伝ってくれない? 人がいっぱい来るかもしれないから!」
「はい! ………………え?」
「だから、開店日の、接客!」
「………無理」
「何で⁉」
「接客は無理! それだけは無理です!」
「どうしてよ! なんでもっていったじゃん!」
「接客は『なんでも』に、含まれないんです! 人と接するのは無理なんですぅ!」
「やだ! 絶対やってもらう! ママだって見守ってくれてるんだよ? アタシ紹介したいの。マリーのこと。この人のおかげでお店を開けるんだよって。ママなら開店セールを見に来てくれるよ。そうでしょ⁉」
「ぐっ……!」
……いや、それ、絶対……
「し、しかし……!」
「ね、おねがい。見守ってくれてるママに、マリーを紹介させて?」
「くぅっ……!」
「ねぇマリ~……おねがい」
上目づかいで、うるうる瞳を潤ませながら、ミォナが言う。
全身から力が抜けていく。
いや、それ、絶対、断れないやつ……
「わかり……ました……」
ほとんど吐息と変わらないレベルの小さな声で、観念した私は、言った。
「やったぁぁぁ!」
「私たちも手伝うわよ! ね、アリシア!」
「本当⁉」
名乗り出たシャルロッテに、ミォナは嬉しそうに手を合わせた。
「もちろんです、シャルロッテ。お姉さまの……ふふ、接客も見たいし。メイも手伝ってくれますよね?」
「ええ。ご命令とあらば。お嬢様の接客も見たいですし」
「絶対面白がってますよね? 私は気が気じゃないんですよ?」
本当に……気が気じゃ……ないんですよ。
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