第90話 賑やかな地獄


「おっ邪魔っしま~っす!」


 元気よく、ミォナは小屋の中へと入った。私もその後に続く。


「いらっしゃいませ、ミォナ様」


「ん? あぁ、来たのね。街の子」


 人前ではそれなりにまともに見えるメイドが、恭しくお辞儀をしてミォナを出迎えた。その隣にはシャルロッテもいる。今やそれぞれ自室を持っているが、一日の大半はみんな居間で過ごす。


「こんちわ! わぁ~っ……なになに⁉ メイドじゃん~! こんなのまで雇ってるの⁉ マリーって金持ちぃ」


「私はメイ。以後お見知りおきを。私は無償でお仕えしております。いわば奴隷です。恋の奴隷……」


「よろしく、メイ! うっわ、奴隷とかえっぐ。やっぱマリーって噂通りの……」


「まって。誤解です」


「そうよ! マリーの奴隷は私だけなんだから! 私はシャルロッテ。何度も言うけどマリーの奴隷よ!」


「まって。何度も言わないで」


 シャルロッテは偉そうに胸を張って、自分こそが奴隷だと宣言する。これ以上街の人に誤解を与えてはいけない。私は善意でこの子たちをかくまっているというのに。


「ツインテ可愛い~、ガキんちょじゃん~! 奴隷とかそんな言葉どこで覚えたん?」


 ミォナはシャルロッテの赤髪のツインテールを両側から掴み、ぶらぶらと揺らした。


「コラ! 触るな! 髪を揺らすな! やめなさいっての! 誰がガキよ!」


「ぷっ……シャルロッテが遊ばれてますよ、お姉さま。これはこれで面白いですね、ぷくくっ」


 後ろからアリシアも小屋へと戻ってきた。シャルロッテがカンカンになってミォナに抗議しているのを見て、口に手を当てて笑いをこらえている。


「やばい、疲れてきた。情報量が多すぎます……」


「お姉さま、しっかりして! 人間との接触に慣れてください!」


「無理……一人ずつとしか話せない私……」


 ミォナは案内なんてしなくても、勝手に小屋の中を歩き回る。興味深そうに実験道具や薬品を見ては、いちいち感動している。


「はぁぁ! 薬がいっぱい! 惚れ薬ってある? いつかのために欲しい~。こっちは? なにこの器具! 難しそう……うわ、葉っぱが壁にぶら下がってる! あれは何に使うの? 魔石がごろごろ~、見たことない色!」


「全く、しょうがないわね。天才で神童の私が、教えてあげるわ! これは闇の魔石よ! 日用使いなんてすることないから、攻撃用にしか使われないようなものね。触っちゃ駄目よ! 何でこんなとこに置いてあるのよ、マリー! 危ないじゃない!」


「シャルロッテ! こっちは何⁉」


「それはね……」


 シャルロッテがミォナについて回って、質問にいちいち答えている。意外と面倒見がいい子なのかもしれない。


「あぁぁ……情報量が……」


「お姉さま……大丈夫です。シャルロッテはあれで寂しがり屋ですから。本当はもっとお友達が欲しかったんですよ」


「理解できない感覚ですね……」


「何を言ってるんですか。ミォナさんだって、お姉さまのお友達でしょ?」


「確かに……! あれ、私って、実はコミュ強⁉」


 私は、がばっ、と顔を上げた。


「こみゅきょ?」


 アリシアが首を傾げた。短くなった金糸のような髪が、さらりと流れる。


「くっ、かわ……」


 可愛さに一瞬にして語彙ごいを失った。やっぱりどうやらこみゅきょ、ではなかったらしい。知ってたし。どこまで行っても私は私だ。


「ねぇママ、それでどうして今日は私をここに呼んでくれたの~?」


 お友達ではない。お前は私のママだ、とばかりに、当然のようにミォナは私に呼びかけた。


「ママ……? お姉さま……どういうことですか?」


 こきん、とアリシアは首を傾げた。目には光が無い。こっちは可愛くない方の首傾げだ。怖い。


「失礼。今、ママとおっしゃいましたか?」


「マリー、アンタ……結婚するの? 嘘、よね……?」


「あぁぁぁ……」


 全員の視線がこちらに注がれ、私は頭を抱えた。


「もう帰る……」


「ここがお姉さまの帰るところなんですが……仕方ありませんね。全く。ほんと、お姉さまは、私がいないと駄目なんですから」


 アリシアはそう言うと、シャルロッテに近づいて言った。


「シャルロッテ、アレを、ミォナに見せてあげてください」


「そうだったわ! 見て驚きなさい、街の子! こっちよ!」


 シャルロッテは思い出したように我に返ると、ミォナを引っ張って、書斎の方へ連れていく。シャルロッテは思いのほか単純なので、アリシアにとってシャルロッテを扱うのは慣れたことのようだ。


 アリシアは戻ってきて、また首を傾げて尋ねる。


「それで? アルトンさんと結婚するんですか~?」


「し、しませんよ、結婚なんて」


「じゃあ、しないけどたらし込んだんですね?」


「たらしこんでもないんです……」


「私も気になるところです。お嬢様。てっきり、性指向は女性に向いているのかと。女性と女性の恋路を邪魔する男がいるというのなら……ふむ。どうやら久方ぶりに刃を振るうときが来たようですね……」


 何かに挟まる男を殺す女、メイがそう言いながら殺気を放った。逃げて、アルトンさん。この人危険です。


「すぐ殺そうとしないでください! ヤバい人しかいないんですけど、この家!」


 私はアリシアとメイの二人に、両側から腕を掴まれてじっと追い詰められ、たまらなくなって振りほどいて逃げ出した。


「ほら、ミォナに見せないといけませんからぁ! 放して!」


「あっ! 逃げた! 捕まえなさい、メイ!」


「恐れながら……私が今お仕えしているのは完全にマリーお嬢様ですので……」


「なんですって、メイ! この前は二人に仕えるって言ってたじゃないですか! この裏切者! 浮気者の泥棒猫! 変態メイド!」


「あぁっ! アリシア様からの久々の……! どうかもっとおっしゃってください!」


 ……落ち着け、深呼吸しよう。私は胸に手を当てて深く息を吸った。


 ミォナがシャルロッテが開いた書斎の扉へ続いて中へ入った。ステンドグラスは黄色を押したはずだ。


 その中には……魔法商材の倉庫が広がっているのだ。ミォナも驚くことだろう。

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