第69話 縛るもの
「そういうことだったんですか……すみません、私の早とちりでしたね」
「いえ、私の方こそすみません、誤解させるようなことをして」
朝食がてら、私はアリシアにどうしてシャルロッテと決闘なんかしたのかということを説明した。アリシアの誤解は解けたようだったけど、シャルロッテは不満そうだ。
そんなシャルロッテに、アリシアは自分が操られてなどいないと説明する。
「シャルロッテ、私はお姉さまの魔法にかかってなんていないわ。でももし、そういう特別な気持ちを魔法だ、というのであれば、それは魔法かもしれないけど……」
「アリシア?」
誤解を解きたいのか解きたくないのかわからないようなことをアリシアは言う。
「フン、もうどうでもいいわ、そんなこと。アンタが今、幸せならそれで。私は一度決めたことを曲げるつもりはないし、白魔女の奴隷で……構わないわよっ……」
奴隷とか言いながら、明らかに嫌悪を浮かべた表情で、パンを頬張るシャルロッテ。そんなシャルロッテに、その道の先輩、メイは厳しく当たる。
「シャルロッテ様、態度がなっておりませんよ。お嬢様のことはマリー様、とか、主様、とか、ご主人様、とかそういう呼び方をすべきです。奴隷なんですから」
「んなっ⁉ 何で私がこんな奴のこと、そんな呼び方しなきゃいけないのよ!」
シャルロッテはガタッと席を立って、私の方を指さした。分かりやすくツンツンした態度だ。私も渋い顔をしながら、思わず目を逸らして、パンを頬張るしかない。
やっぱり本人の意思に反して、無理やり他の場所に連れていく、というのは後々面倒なことになるものらしい。だからって、それ以外のやり方があったとは思えないけど。
きっと今頃、王城は大騒ぎで、必死で城の中でシャルロッテを探しながら、一度も開いていない檻となぜか残された灰を見て、多くの人が首を傾げていることだろう。
「奴隷だからですよ? しかし、この国でも遥か昔に廃止された奴隷を自ら名乗り出るとは……私でさえ考えつかない発想にただただ感嘆するばかりでございます」
「負けるつもりなんか無かったのよ、そもそも……絶対……ありえないはずだったのよ」
シャルロッテは決闘に負けたのが本当に悔しかったようだ。シャルロッテからすれば、アリシアを守れなくて失った自信を、何とかして取り戻そうとする機会だったのかもしれない。
その結果……さらにどん底に突き落としてしまったようだ。
「まあ、そんなに気を落とさないで。落ち込んでいるシャルロッテ様に、プレゼントがありますよ」
「何よ、プレゼントって」
するとメイは突然、炊事場に戻ると、ある物を手にして戻ってきた。
「はい、どうぞ」
メイは手に持っていた、赤い小さなベルトをシャルロッテに手渡した。
「何よ? コレ」
「首輪ですけど?」
「首輪……? 動物の?」
「いいえ、人間用です。元々私がお嬢様に使ってもらおうと思って準備しておいたのですが……より相応しいシャルロッテ様に泣く泣く譲ることにいたしました。さあどうぞ、首にお付けください」
「メイ、待って?」
「お姉さま?」
アリシアが首を傾げてこちらを見る。色々と聞き捨てならないことがメイの口から一瞬で吐き散らされた気がする。
「なっ……! 何言ってんのよ! そんな恥ずかしい真似、私がするわけ」
「へぇー、シャルロッテ様って自分の言葉に責任が持てない方なんですね。幻滅しました」
心底がっかりした様子のメイに、シャルロッテは軽々乗せられてしまう。
「っく……! わかったわよ。付ければいいんでしょ、付ければ! 白魔女っ……! いえ、ご、ご主人様……くっ……ぜ、絶対に許さない……!」
シャルロッテはこちらを涙目で睨みながら、かちゃかちゃと首輪を首へと取り付け始めた。
「待って待って? 何で私、何もしてないのにどんどん嫌われていくの?」
「お姉さま~?」
おかしい、たった今アリシアの誤解を解いて解決したところだったのに、どうしてこうなるのだろうか。というかアリシアも私に怒るんじゃなくてメイに言って欲しい。
「ご馳走様でした! あ、あー、私久々に庭の水やりでもやってきますね。メイに任せきりでしたから」
「では私も」
私がそそくさと席を立つと、アリシアもすっと後をついてくる。逃がしてもくれないらしい。滅茶苦茶怒っているようだった。
私が怯えながら裏口から庭に出ると、しかし意外なことに、ぽすん、と後ろからアリシアが抱き着いてきた。
「ん……ど、どうしたんですか、アリシア」
「お姉さまの馬鹿……馬鹿お姉さま」
「に、二回も言った。怒っているんですね、アリシア……」
「いーえ。もう、だいたいわかりました。私の為に、どこかからシャルロッテを助け出してくれたんですよね。私……大嫌いなんて言ってごめんなさい」
後ろから抱き着かれているので、顔色は見えない。けれども、シャルロッテを助け出してすぐに、私に怒って大嫌いと言ったことを反省しているようだった。
「勝手にやったことですから。怒らせてしまうのも仕方ありません……」
「危険なところに行ったんでしょう?」
「王城の地下に、独房があって……そこに」
「っ……まさか王城にまで行ったなんて。そんな無茶を。ねえお姉さま。次からは……ちゃんと話して欲しいです」
アリシアが抱き着く力が、すこしぎゅっと強くなったのを感じた。
「でも、そうしたらアリシアが帰っちゃうかもしれなくて」
「それでも、です。私が一番怖いこと、何だか分かりますか?」
「えーと……シャルロッテがもっと、それで危険になっちゃったりとか……」
「……お姉さまが、私の前からいなくなることです」
驚きと嬉しさ、愛おしさを同時に感じて、咄嗟には言葉が出なかった。
「自分が死ぬことよりも、よっぽど怖いんです」
「……駄目ですよ、アリシア。私だって同じ気持ちなんですから。アリシアの為なら、私の命なんて……だからちょっとだけ、命を賭けちゃったんです」
「……馬鹿お姉さま」
「ぜ、全然許してもらえ無さそうですね……」
「……許さない」
「あはは……」
ふてくされたアリシアに抱き着かれたまま、私はぼーっと庭の景色を見ていた。怒っているのかもしれないが、アリシアが抱き着きながら、頭を背中に押し付けている感触は、それだけでなんだか落ち着く。
「魔法、ちゃんと教えてあげないといけませんね。随分放っておいてしまいました」
「……それも許さない」
「埋め合わせはしますから、なんとか……」
「それなら、許します……」
「よかったです」
アリシアとは二人で出かける約束をしていたんだった。少し下調べして、準備しなければ。そうしたらそろそろ、アリシアも機嫌を直してくれるかもしれない。
ようやく落ち着いたアリシアに解放されると、私はアリシアの方を振り向いた。小屋の中から、何か言い争うような声が聞こえる。メイは相変わらずシャルロッテをからかっているようだ。
「随分、賑やかになってしまいましたね」
「そうですね。二人とまた会えて、楽しいですけど、二人きりじゃなくなるのは寂しいです」
「……それは嬉しいですけど。ちょっと解決方法というか、ラピスにまた別の魔法を教えてもらうつもりなんですよ。でも、それはそれとして、その魔法を覚えるまでの間しばらくは……どうしましょう。流石に寝床が無くなってしまいました」
「うーん、どうしましょうねぇ」
アリシアはそう言いながら、じょうろに水を汲んで、ハーブに水をやり始める。まだ杖から水を出すのはアリシアには難しい。というか、アリシアにも得意の属性があるはずで、私にもまだその判断がついていない。
しかし、寝床の話だ。毎日ソファにメイと一体化しながら眠るのは、さすがに無理がある。昨日は疲れていたから寝られたが、今日同じことをしたら絶対に一睡もできない自信がある。
とはいえ、シャルロッテはまだ私を信用していないだろうし、心細いだろうからアリシアが一緒に寝てあげて欲しい。
「うーん……」
「あ、そうだお姉さま! 私、良いこと思いつきました!」
水やりを終えると、アリシアはそう言って嬉しそうに駆け寄って来た。
「いいこと?」
「ふふ……秘密です。お姉さまにされたことのお返しですよ! ちょっと、白森の街に行ってきますね!」
「へ? いいですけど、気を付けて行ってきてくださいね? あ、そうだ。私もちょっと、野暮用で出かけますので」
「じゃあ、お姉さまが戻ってくるまでには話をつけておきますね!」
アリシアは嬉しそうに駆け出すと、すぐに箒に乗って街へ飛んで行ってしまった。
街に行ったところで寝床が無い事態は解決しないと思うけど……一体どうするつもりなのだろうか。
とりあえず、アリシアに任せて、私も今日は用事を済ませよう。その用事とはもちろん……かつてラピスとした約束を果たすことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます