第68話 決闘 (3)


「弾けろ、この!」


 シャルロッテは必死で、自分の足に巻き付く太い木の根へ杖を振る。属性を纏ない魔力をぶつけているだけのようだ。


 炎と木、二つが単純にぶつかれば、木が圧倒的に不利に思える。しかしこうして巻き付いてさえしまえば、シャルロッテがその木を燃やすことは自分を焼き殺すことと同じことになる。


 シャルロッテは巻き付いた木の根を正確に撃ち抜くが、引きはがすほどには壊せず、例え一つの拘束を解いたところで、次から次へと地面から木の根が伸びてきていた。


「ふざけんな、こんなもので、私が!」


 地面だけを見て、やみくもに杖を振り下ろすシャルロッテは、横から近づくものに全く気付かない。


 地上に顔を出している木の枝だって、私の魔法に応じて力を貸してくれる。一本の葉がついていない木の枝が伸び、鋭くしなる。


 木の枝が、鞭のようにシャルロッテの杖を持った腕に叩きつける。


「痛っ!」


 元々振り降ろそうとしていた腕が、全く別方向から叩かれたことで力の行き場を失い、杖だけが宙を舞った。


 私は素早く土の壁を蹴り、シャルロッテの方へと弾丸のように飛び、肉薄する。


 それと同時に手を伸ばし、シャルロッテが取り落とした杖を、手元に引き寄せる。


 くるくる、と回転してこちらに飛んできた杖が、ぱし、と掌に納まる。杖などいらないといったものの、その手慣れた感触に確かに少し安心感が生まれたような気がした。


 シャルロッテは杖を失って抵抗できなくなり、心の焦りからか木の根との引っ張り合いにも負け始めて、再び地面に足を引き込まれ始めた。


「やっ……ダメ……ありえない、こんな、こんなの!」


 私はとん、とシャルロッテのそばに着地して、杖をシャルロッテの首元に突き付けた。


 シャルロッテは太ももまで土に飲み込まれ、木の根に腕まで巻き付かれて、身動きができない状態になっていた。その表情は牢屋にいた時と同じような恐怖に包まれたものだった。


「これで終わり、です」


「くぅっ……」


 シャルロッテは涙目で、顔を真っ赤にしながら私の方を睨みつける。本当に負けず嫌いな子なんだろうな、と、思いながらも、じっと人の目を見るのが恥ずかしくて、私は目を合わせていられなくなる。


「アンタなんか……アンタなんか……」


「お、終わりですよね? メイ?」


 シャルロッテに杖を突き付けたまま、私はメイの方を振り向いて助けを求める。まさか命を奪うまで終わらないとか言わないよね?


「ふぁっ……あ、ごめんなさい……シャルロッテ様が羨ましすぎて我を忘れておりました」


 何故かメイは頬を紅潮させて、もじもじしている。何で劣勢の方をうらやましがっているんだろう、あの子は。隣のアリシアは、相変わらず呆然として決闘に口を出さずに見守っていた。


「勝者、マリー・マナフィリア!」


 メイは私が立つほうの手を挙げて、決闘の終了を宣言した。


「はぁー……おわったぁ……」


 私が魔力操作を解くと、木の根はしゅるしゅると縮むように、シャルロッテの身体を解放して地面に引っ込んで行った。私は地面の土を再び流動化させながら、杖でシャルロッテの身体を浮かせ、引き上げる。


 そうして地面から引き抜くと、私はシャルロッテをゆっくり地面に立たせた。


 というのに、シャルロッテはがくん、と膝から崩れ落ちて、地面に座り込んでしまった。


「あ、ちょ、大丈夫ですか?」


「う……うっ……うえぇ……」


 シャルロッテは嗚咽を抑えられず、泣き始めた。


「な、泣かないでくださいよ……」


「やっぱり、私は弱いんだ……だからまた、アリシアを守れなかったんだ。悔しい……悔しいよぉ……」


「そ、そんなことないですって。強かったですよすごく」


 私はシャルロッテに寄り添って、背中に手を添えた。


「気休めなんて……」


「本当ですよ、私が今まで戦った魔法使いのなかで、一番強かったですから!」


「……ほんと?」


「もちろんです! すごく、苦戦しちゃいました!」


 嘘ではない。だって私はシャルロッテ以外の魔法使いと戦ったことなんてないから。だから私と戦った中で一番強かったことには違いない。


「うぅっ……ぐすっ……」


 しかしシャルロッテは泣き止まなかった。私がおろおろしていると、アリシアが駆け寄ってきた。


「お姉さま……さっきのって……」


「違うんです、アリシア。私はシャルロッテを泣かせようと思ったわけじゃなくて」


 気づけば女の子を泣かせるいじめっ子みたいな構図になっている。しかも泣かせた相手はアリシアの親友だ。


「い、いえ。その……『アリシアは私の物』って……」


「あっ」


 言ったかもしれない。シャルロッテにアリシアを連れていかれたくなくて、思わずそう口に出していた。


「い、いえそれは、アリシアを物として扱うようなつもりはなく! そんな、偉そうなこと言いたかったわけじゃないんです! ごめんなさい!」


「でも、私、確かに聞きましたから……」


 アリシアはどこかぼーっとしたまま、何も答えずに私の方を見ている。弟子なのに、自分の所有物みたいに勝手に宣言されるのは、アリシアも嫌だったのかもしれない。冷や汗が噴き出してきた。


 アリシアはそんな感じだし、シャルロッテは泣き続けているし、困っているとメイが声をかけてくれた。


「お見事でした。お嬢様。決闘に賭けたものを、お互い覚えておいでですね」


「はい! 私はアリシアもメイも連れていかれずに済むんですよね!」


「いえ、それはもちろんですが、お嬢様の方の条件は、シャルロッテ様を奴隷にすることでしたよね」


「ふぇっ⁉」


「え……」


 アリシアの表情からすべての感情が一瞬で消える。


 まずい、誤解だ。ものすごくよくない方向に話が進んでいる。


「当然、決闘で決めたことです。シャルロッテ様とて、高名な魔法使い。二言はございませんね」


 シャルロッテはしばし俯く。その顔色は伺えない。


 私は必死で首を横に振る。


「い、いえいえ! いえいえいえいえ、それは、その場の勢いで言ったんですよね! 無いです。全然無いですから奴隷とか!」


「……わかったわ」


「え……」


「くっ……私は……アンタの奴隷になるわ。私だって、魔法使いのはしくれよ。プライドくらいある。一度言ったことは、曲げないわ」


 そう言いながら、シャルロッテは涙で赤くなった目で、こちらを見上げた。わかったといいつつ、その表情は屈辱に歪んでいる。


「うっ……」


 罪悪感も極まれば、寒気になって襲い掛かってくるらしい。シャルロッテの悔しがる姿を見て、ぞわり、と私の身体は強張った。


「お姉さま……?」


 アリシアが感情を失ったまま、こきっ、と首を傾げてこちらを見ている。怖い。壊れた人形みたいで怖い。


「これにて一件落着ですね! さて、朝ごはんの支度に戻りますので、ごゆるりとおくつろぎください」


「アァッ! 待って、待ってください、メイ!」


「おねーさま?」


 ついに声からも感情が無くなったアリシアに私は襟を掴まれ、メイを追いかけるのを阻止された。


「ぐぇっ……」


 シャルロッテが、私を睨みながら、口を開く。


「まだ……男も女も知らないわ。好きに……なさい」


 シャルロッテはそう言って頬を赤らめ、私から目を逸らした。


「……何て?」


「オネーサマ」


「ひっ……」


 私は……逃げた。


 走って逃げた。


 小屋まで走り、玄関に繋がる階段を上る所で、アリシアに捕まった。基礎体力ならアリシアの方がはるかに上なのだった。


「んぎゃっ……」


「じーっくり、お話、聞かせてくださいね?」


 馬乗りになったアリシアが、私を見下す。笑顔が怖い。


「あ……あぁぁ……」


「でないと……ね?」


 華々しい勝利だったのに。


 一体どうしてこうなったんだろう。どうして……

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