第67話 決闘 (2)


「私のことは知っているんでしょう。だから、炎魔法が得意と知って、対策しているのね」


「あー……あ、はい。そうかもしれません……ええ!」


 シャルロッテのことはもちろん……メイから聞くまで全然知らなかった。


 けど、さすがにそんなこと言ったら失礼だと思う。なんかもうずっと怒っているので、これ以上傷つけたら可哀想だ。


「それで勝てると思っているなら……とんだ驕りね。私が神童と呼ばれる所以……それは、複数の属性魔法を使いこなすという、当代随一の能力があるから。炎魔法は得意だけど、あくまで好みにすぎないわ」


「ほぉーん……」


 複数の属性を使いこなす……それは普通の魔法使いにとっては、ほとんどないことらしい。だいたい一つか二つの属性や、ラピスのようにある特定の分野の魔法に絞って研究を進めるのが普通みたいだ。生まれ持った特定の属性への適正に従う場合もあれば、不利でも熱意に従う魔法使いもいるのだろう。


 本で読んで知ってはいたが、こうして実際に言われてみると、本当にそうだったんだ! と感動する。


 私には何故だか、勉強して仕組みさえわかってしまえば特に属性に制限など無く魔法を使えたので、あまりその実感が無かった。


「次のは……速いわよ」


 速いらしい。事前に教えてくれるなんて、優しい。それなら、私も準備しないと。


 シャルロッテは軽く杖を回して身体の後ろに引くと、脚に体重を乗せて、私の方へと向けた。


 すると杖先へ緑色の風の粒子が集まり、巨大な緑色の半円状の風の刃を形作ると、ビュオッ、と私の方へ真っ直ぐ飛んできた。


 炎よりもはるかに速い風の刃が、空気を切り裂きながら私の胴を真っ二つにしようと迫る。あんなものに当たったら胴から綺麗に両断されて死んでしまう。


 私は左手でくい、と地面から空へ、二本指を上げるように魔力を操った。


 ズン、と一瞬にして、私とシャルロッテの間に、身長の二倍はあろうという分厚い土の壁が立ち上った。魔力のみの防壁だと防げるか自信がない。物理的な障壁も生み出しておこう。


 ズシィン……鈍い衝撃音、軽い地響き。


 こちらからはシャルロッテも風の刃も、土の壁に遮られて見えなくなっていたが、聞いた限りでは、どうやら土の壁は両断されず防ぎきって残ってくれたらしい。私はふわりと身体を浮かせて、自分で造った土の壁の上に立った。


 人も、物も浮かせられるのだ。当然自分の身体も箒が無くたって、近い距離を浮いて飛ぶくらいのことはできる。


「くっ……そう。土魔法がアンタの得意分野なのね!」


「いえ、得意というほどでは……」


 シャルロッテは悔しそうに、土壁の上に立った私を見上げ、杖を引いた。また攻撃する気らしい。しかし毎回違う攻撃が飛んでくるというのは、何が出るかわからなくて、確かに怖い。複数の属性を使えるというのは、敵と戦う上でもかなり効果的なのかもしれない。


 全部見てみたい気もしたが、対応できなかった時が私の死だと思うと、少し怖くなってきた。早めに終わらせよう。


「えっと、では……いきますね?」


 しかし、私が微かに腕を上げて、シャルロッテに攻撃を仕掛けようとしたとき、勢いよく小屋の扉が開いた。


「お姉さま⁉」


 私が見下ろすと、小屋から着の身着のままアリシアが出てきて、メイの隣まで駆け出してきた。

 睡眠の深いアリシアでも、さすがに今、土の壁にシャルロッテの魔法がぶつかった音で目が覚めたようだ。


「シャルロッテまで、何やってるの!」


 そのまま近づいてくるアリシアを、メイが押しとどめた。一応、立会人として、何人たりとも決闘の邪魔はさせないということらしい。


「お嬢様、お下がりください。他でもない、あの二人の決闘です。危険ですよ」


「決闘⁉ どうしてそんなことになっているの? 説明してください! ……お姉様?」


「あ、アリシア……私はその、こんなつもりじゃなかったんですけど」


「よそ見しないで! 勝負を放棄するなら、負けとみなすわよ!」


 シャルロッテはアリシアを無視して、私にそう叫ぶ。


 棄権、負け……そうしたら、シャルロッテはアリシアとメイを連れて出て行ってしまうのだった。私はアリシアの顔を見て、改めてそれがどんなに恐ろしいことか思い出した。


「アリシア、ごめんなさい。私、今回ばかりは負けるわけにはいかないんです」


「何を言っているんですか? 優しいお姉さまが、シャルロッテを傷つけたりしませんよね?」


 確かに、シャルロッテを傷つけたくはない。でもそれを優先したら、アリシアが連れ去られてしまう。私にとって大事な方は……言うまでもない。


「いえ……私は優しくなんかありません。アリシアを譲る気はありません。アリシアは……」


 私はアリシアを視界から追い出し、じっとシャルロッテの方を見下す。


「アリシアは……私の物です」


「お、お姉さま……」


 アリシアはそう呟くと、ぼうっとしたようになって、それ以上何も文句を言わなくなった。


「……っふふ……あはははは! やっぱりそうなんじゃない! アリシアを意のままに操って、自分のものにしようとしているのね。許さない……アリシアを返せ!」


 シャルロッテは、杖を引く。もう手加減はできない。攻撃を待ってあげるつもりもない。


「えい」


 私がシャルロッテの方へ手をかざすと、シャルロッテの足の周りの土が流動化して柔らかくなり、蟻地獄のように円錐状に、地面に吸い込まれていく。


 杖を振るうために脚に力を入れていたシャルロッテは、バランスを崩して両足を飲み込まれていった。そのせいで、杖は振るえず、一時的に無防備になる。


「きゃっ! このっ……」


 それでも咄嗟の判断で、私と同じように自分の身体を宙に浮かすシャルロッテ。戦い慣れしていないと、焦ってそんな判断はできないだろう。お見事だ。


 シャルロッテの脚が地面から抜き出され、宙に浮く。


「フン、こんなもの!」


 蟻地獄から逃げおおせた。そう思ったかもしれないが……そっちは本命じゃない。


「何っ⁉」


 沈み込んだ土から、ボコッと土を盛り上げ、弾き飛ばしながら、木の根がいくつも飛び出す。


 幾本もの木の根が、土から抜かれて宙に浮いたシャルロッテの脚へ殺到するように、あらゆる方向から追いかける。


 一本の木の根がすばやくシャルロッテの脚に巻き付き、それ以上浮遊できないようにと地面の方へぐいぐい引っ張る。すると動きが止まったシャルロッテの脚にさらにいくつかの木の根が巻き付き、縛り上げる。


 浮こうとするシャルロッテと、地面に引きずり込もうとする木の根で力が拮抗し、シャルロッテは空中の少しだけ浮いた位置に釘付けになる。


「くっ……! 嘘っ! こんな……!」


 シャルロッテは体の自由を奪われ、必死で逃れようと浮きながら、焦燥の表情を浮かべる。


 あらゆる属性の魔法が使えるとはいえ、好みは生じてくる。シャルロッテは炎を操るのが得意らしいが、私は木々を操るのがしっくりくる。


 だからかつてメイと戦った時にも、アリシアを襲ってしまって拘束する時にも、私は本能的に木材を操った。幸いこの森にはそこら中に木が生えており、小屋の前のこの道を囲って、当然いくつもの木が並んでいる。


 私はシャルロッテの足元の地面を崩しながら、そばにあった木から根を伸ばし、シャルロッテの真下まで伸ばしていたのだった。


 幸い、シャルロッテは足元の木を剥がそうというのに必死で、私の方を攻撃しようとはしてこなかった。戦いの最中拘束されれば、確かに焦ってまともに思考は働かないだろう。


 しかしまだ降参するつもりはないらしい。


 ならば早めに戦意を削がなければ。

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