第66話 決闘 (1)
「それでは、両者、構え」
小屋の前の、森を通る土の広い道に、メイの声が響く。
私とシャルロッテは、数歩の距離を開けて向かい合い、その間に立つように、メイが立ち会う。
そこでシャルロッテは、自分の両手をみて、あっ、という表情を浮かべた。
「ふむ……シャルロッテ様は杖を持っていないですね」
「あ、そうか。じゃあこれを」
私はシャルロッテに近づいて、手にしていた小さな細い杖を手渡した。
「ワンドでいいでしょうか? 普段ロッドやスタッフを使うんだったら、部屋にはあったと思いますが……」
「い、いいわよワンドで。決闘なんだから、発生が早い方がいいに決まってるでしょ」
「そうなんですか? ではこれを使ってください」
「え、ええ」
もちろん、決闘なんてしたことがないので、私にはさっぱりわからない。ただワンドのような小さい杖の方が、魔法を素早く鋭く放つイメージがつきやすいことは確かだ。
私が杖を手渡して元の位置に立つと、シャルロッテは、怪訝な表情を浮かべてこっちを睨んでいる。もしかして、杖が気に入らなかったのだろうか。あの杖は、元々持っていた杖をメイにごぼうみたいに斬られたので、リサの店で適当に買ったものだし、手作りとかではない。そんなボロ杖を渡されて、怒っているのだろうか。
でも私の杖でワンドタイプのはあれしかないし、アリシアの杖は綺麗でアリシアも大事に使っているから、あんまり貸してあげたくない。
「では改めて。両者構え」
「いや、待ちなさいよ! アンタの杖は⁉」
一応、シャルロッテは、杖ではなく、空いている方の手で私を指さす。決闘前に杖先を相手に向けるのはご法度なのだろう。だってそれだけで攻撃しようとしていると思ってしまうから。
「いえ、大丈夫です。無しでもあんまり変わりませんから」
「はぁ⁉ 話聞いてた? 杖があった方が発生が早いの! 私が先制して終わりなの! そんなんじゃ、戦闘にならないじゃない!」
自分が有利だ、と言いながら、なぜかそれを怒っているシャルロッテ。よくわからないけど、正々堂々としたいい子なのかもしれない。やっぱりアリシアの友達というだけはある。
「あはは、ご心配ありがとうございます。でも、なんとかなりますから」
「っ……! こんのぉ……! メイ! アンタもそれでいいわけ?」
何故か一層顔を真っ赤にして、シャルロッテはカンカンになった。メイは立会人として、首を傾げて考え、それから結論を出す。
「まあ、お嬢様がそれでいいと言っているんですし。杖を必ず使わないといけないルールなどないのでは?」
「ルールなんて無くてもみんな使うから、設定する必要が無いってだけでしょ! とんでもない愚弄だわ!」
「あ、あぁ……そういう……別に馬鹿にしているわけじゃなくて……杖だとイメージが鋭すぎるかなって……」
「それが馬鹿にしているっていうのよ! ……もういい。わかったわ。そこまで言うなら、一瞬で終わらせてあげる」
すると、シャルロッテはふーっと深く息を吐きだして、軽く肩を回した。そして杖を持つ右腕を微かに後ろに引き、私までの距離を測るように左腕を構えた。明らかに……シャルロッテを取り巻く雰囲気が変わった。長く赤いツインテールが、闘志を表すかのように風で揺れる。
「うぉ……格好いぃ……」
「……始めて」
鋭い眼光で、シャルロッテは私を射抜く。低く、静かな声を聞き、メイもそれ以上待つ必要はないと考え、軽く後ろに下がって、手を挙げる。
「両者、構え……」
構え、と言われてもどう構えたらいいのかわからないので、とりあえず前世の癖で私はお辞儀をした。
「……始めぇ!」
メイが腕を振り下ろして、決闘開始の合図を送る。
その言葉が私の耳に届いた瞬間には、正面のシャルロッテの杖の先端が、もう私の方を向いていた。
「速っ!」
光を増幅放射するような魔法だったら、心臓を射抜かれて即死だったかもしれない。やばい。決闘って実はとんでもなく危ないのでは?
シャルロッテの杖先から、燃え盛る炎が爆発的に広がり、私の視界を覆った。
私は咄嗟に防御するように、左手を広げて、シャルロッテの方へ向ける。
炎は、私がワイバーンを追い払う時に使ったものほど細く収束されていない。空気中を埋め尽くす炎の煙のように大きく広がるが、その分、私のところまで届くスピードを犠牲にしているように思われた。
左手から、自分の身体を球体状に覆うように、属性を纏わない単純な魔力を用いて防壁を展開する。
重要なのは、イメージだ。杖を使うかどうかではない。手のひらから防壁が生まれ、球状に私の身体を包むイメージ。先端の尖った杖よりも、平たい掌から防壁が生まれる方が、私にとってはイメージしやすい。
炎は防壁を破れず、円形に切り取られた私の周りを埋められないで、しかし回り込もうとして周囲一帯の空気を飲み込むように焼く。
「凄い勢い……」
収束はされていないが、面として圧倒的な制圧力がある。シャルロッテやメイから見ても、私の全身が炎に包まれて、もはや防げているのかどうかも見え無いほどだろう。凄い。まだまだラピスよりも若い位なのに。強いし、戦い慣れているのだろう。
当たったら、普通に全身火傷で死ぬと思う。決闘だから当然だけど、本気で命を奪っても構わないと思われているのは、流石に少し複雑な気分だ。
防壁を通しても微かに顔が熱くなるような炎が引いていき、徐々に視界が晴れる。
地面は黒く焼け焦げ、白い煙が風に吹かれていた。
「ふー……凄いですね、やっぱり。空気がひりひりして、肺が焼けちゃうかと思いました。あはは……」
「あ……アンタ……嘘でしょ、どうやったのよ」
シャルロッテは杖を持つ手を震わせながら、驚愕の表情を浮かべている。メイはというと、特に珍しいこともないだろうというようなすまし顔で、綺麗な姿勢のまま立っていた。
「……近距離間の転移で避けた? いや、洗脳を得意とするなら……幻惑魔法で私の視界を操作した? わからない、どうせ姑息な手ね。ますます……手加減するわけにはいかないわ」
「あ、はい! 私も、決闘は怖いんだとわかりました。頑張ります!」
「なんなのよ、アンタ。ぽわぽわしたフリして油断させようったって無駄よ!」
「ぽ、ぽわぽわ……」
いたって真面目に啖呵を切ったつもりが、ぽわぽわ扱いされてショックを受ける。こうやって心理攻撃を仕掛けるのも決闘の内なのだろうか。
くっ……さすが手練れ……私はもう心が折れそうだ。
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