第65話 戦いの中でこそ
「ありえない」
ばっさりと斬られる。
シャルロッテは牢屋では本当に自分を見失っていたようで、実際話してみると、かなりはっきりと物を言う子だった。
「で、ですが、本当のことで……」
私はアリシアよりも先に起床したシャルロッテに、事の経緯を話した。
アリシアがここに逃げ込んできたこと、メイがその後訪ねて来て、シャルロッテが酷い目に合っていることを知ったこと。そして、アリシアに黙って救出計画を立てたこと。時間をかけて、空間魔法を学び、ようやくシャルロッテを救出したこと。
「ですから、ごめんなさい。準備を整うまで、シャルロッテが辛い目に合っていることを、私は放っておいていたんです……アリシアが王城に戻れば、すぐに解放されたかもしれないのに」
「……それはいいわよ。そういうことじゃない」
シャルロッテはむっとした表情で、目を逸らした。
「えっと、じゃあ何を怒っているんでしょうか……」
「怒ってない!」
「え、えぇ……だって」
明らかに怒っている。腕を組んで、わがままを言う子供みたいに、不機嫌極まりない、ツンとした表情を浮かべている。
「助けてくれたことは、感謝してる」
「いえ……」
「だけど、アンタが本当に信頼できる人間か、それは別の話よ。大人なんて、クズばっかりなんだから」
「確かに」
「確かにって、アンタねぇ……」
シャルロッテは私の反応に呆れかえった。
シャルロッテは大人たちに酷い目にあわされて、人を信用できなくなったに違いない。全く許しようがない汚い大人達と、沢山会って来たのだろう。
そう思って同意したけど、よくよく考えたら、シャルロッテからすれば私もそれらの一人に見えているという話のようだった。
「アンタだって、どうせアリシアと私を何かに利用しようとしているに決まっているわ。その証拠に、あからさまな嘘を吐いている。私みたいな小娘なら騙せると、そう思っているのかもしれないけど、冗談じゃないわ!」
「えぇ? 何か嘘なんて吐きましたっけ」
「あのね。馬鹿にしないでちょうだい。私は……”神童”、シャルロッテよ。宮廷魔法使いよ。見た目で子供だと思って、そんなばればれの嘘を付いて、私に見抜かれないわけがないでしょう?」
「え、ですから、何が嘘なんですか?」
「空間魔法をものの数十日で身に着けた? あのメイを、魔法で撃退した? そんなこと、できるわけないでしょう!」
「う、うーん?」
そんなこと言われても、やったし。やってしまったことを、どう言い訳すればいいのだろうか。
しかし王宮にいたのだから当然かもしれないが、シャルロッテもメイの強さは良く知っているらしい。確かにメイを倒したというのは、嘘と思われても仕方ないかもしれない。
「確かに、”海際の魔女”が居たのを見たわ。つまり、アンタじゃなくて、ラピスさんがやったこと。そして、おかしいくらいに従順にあなたに従うアリシアとメイ。これらを見れば、導き出される結論は一つよ」
「何も導き出されないと思うんですけど……」
「アンタは、人を操る魔法に長けた魔女! アリシアとメイを見つけて、監禁、洗脳し、次にラピスさんを洗脳して、私を救い出した。そして次は……私の番というわけね」
「か、監禁⁉ せせせ洗脳⁉」
私が想像していた不信感の、多分五十倍以上くらいは、私はシャルロッテに怪しまれていた。さすがにそんなことをする人間だと思われているのは辛すぎる。
「不名誉すぎます……! さすがにショックです!」
「だから、私決めたわ。アンタを打ち破って、メイとアリシアの洗脳を解く。そして、三人でここを出ていくわ」
「だ、駄目ですよ出てくなんて! アリシアを連れて行かないでください!」
「ほぉら、化けの皮が剥がれたわね。今までアリシアにどこまでの仕打ちをしてきたのか知らないけど、最早これで手打ちよ!」
シャルロッテは、バン! と机を叩いて、立ち上がった。
「ひっ……」
そんな騒ぎを聞いて、メイがじーーーっ、と無表情に炊事場の柱の陰からこちらを見ていた。しかし見ているだけで全く近寄って来ようとしなかった。どういうつもりですか、メイ。なんで人間を警戒する動物みたいに物陰からひたすらこっちを見ているんですか。面白がってないで助けてください。
そんな視線を感じ取ったのか、メイはようやく近づいてきて、二人の前に立った。
「話は聞かせてもらいました。その決闘、不肖メイめが、立会人を務めさせていただきます!」
「はっ……?」
決闘? 私とシャルロッテが?
せっかく助けたのに、一体全体、どうしてそういうことになるのだろうか。
「メイ、できるの? こいつに有利な判定なんてしたら、アンタごとぶっ飛ばすわよ!」
「私はいつだって公平でございます。たとえ私が……お嬢様に操られていたとしても」
「ちょっと、メイ?」
「あぁっ……これは今まで見た中でも、なかなか上位のお嬢様の軽蔑の眼差し……!」
恍惚とするメイを横目に、シャルロッテはこちらを向いた。そして、宣言した。
「いいわ。私がアンタをボコボコにしてあげる! そうしたら、今まで操った全員の洗脳を解くと誓いなさい!」
「してないんです、洗脳……」
「まあまあ、きっと戦えば誤解も解けますよ、お嬢様。私たちだってそうだったじゃないですか。戦いの中でこそ、人は真に理解し合えるのです」
「メイ、なんですかその戦闘狂みたいな台詞は」
そんな言葉、漫画でしか聞いたことないんですけど。メイは別にそういうキャラじゃなかったと思うのだが、明らかにこの状況を楽しんでからかっているようだった。
「さて、しかしシャルロッテ様。当然、決闘を挑むのであれば、自らも敗北した時のことを考えねばなりませんよ。では、お嬢様。シャルロッテ様に勝った場合、何を望みますか?」
「えぇ? でも、別に欲しい物なんてないですけど。強いて言うなら……私のことを信用して欲しいですけど」
「アンタのことを信用? はっ、また胡散臭いことを。もっと正直に言えばいいわ。私だって負ける気なんて無いし、アンタに負けたら洗脳されて奴隷にだろうが
そうシャルロッテは
「おっと、聞きましたかお嬢様。ではシャルロッテ様が勝てば、お嬢様が私たちの洗脳を解いて、三人で出ていく。お嬢様に負けたら、シャルロッテ様はお嬢様の奴隷になるということでよろしいですね」
「よろしくないです! 何で洗脳されているフリするんですか! 何勝手に決めているんですか!」
「さて、では早速、外に出ましょう! お家の中で戦うと、後片付けが大変なのは経験済みですからね」
メイは私の抗議など聞かずに、すたすたと玄関に向かって歩いていった。シャルロッテも最後にもう一度、私を睨んでから、メイの後を歩いて出て行ってしまった。
「どうして……」
アリシアの眠る寝室の扉を、縋るように見てから、私は渋々小屋の外へと向かった。
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