第62話 救出
「大丈夫……じゃない、ですよね」
シャルロッテは、アリシアと同じ背丈ほどだったが、アリシアよりもさらに華奢で、まだ幼い体つきに見えた。
……いや、あるいは、ここに長く入れられたせいで以前よりも痩せてしまったのかもしれない。
シャルロッテは燃えるような美しい赤い髪を、長いツインテールにしていた。しかし、心なしかその色もくすんでいる。同じくルビーのような赤い瞳でさえも、虚ろに濁っている。服もほとんど服とは言えないようなボロ布になってしまっていて、腕と裸足の白い足がむき出しだった。
哀れ、という感情を引き起こさずにいられないその姿を見て、私は思わず首を横に振ってしまった。こんなことを人類が、無実の人間にしていいわけがない、と否定したかったのかもしれない。
シャルロッテは怯え切った表情で、目を見開いてこちらを見つめるばかりだったが、私が近づくと立ち上がって、ほとんど悲鳴のような声を出した。
「だ、誰⁉ 私を殺しに来たの⁉」
シャルロッテの、つんとした声質が、独房の中に反響し、必要以上に大きく聞こえる。それを聞いてか、少し離れているところから、男の声がいくつかの壁に反射して響いた。
「るせぇ! 黙ってろっていつも言ってんだろ!」
「ひっ……!」
シャルロッテが怯えたように息を吸う。私も身体が硬直して、頭が真っ白になる。
見つかる……! どうすればいい⁉
看守らしき男の姿は見えない。しかし、すぐ近くのどこかには待機しているようだ。
わざわざ様子を見には来なかったようだが、ちらちらと揺れるランタンに、微かに人影が映った気がした。声の主が「いつも」と言ったことから考えると、今までもシャルロッテが夜中に起きていることはよくあって、声が聞こえるたびに様子を見に来るのは無駄だと考えているようだ。
私は焦って、それ以上喋れないように素早くシャルロッテの口に手を当てた。
「しーっ……! 静かに! ひどいことしませんから……!」
私が耳元でそう言うと、シャルロッテはいきなり牢に現れた私がとんでもなく恐ろしく映ったようで、私の手から逃れようと必死でもがいて暴れた。
乱暴はしたくなかったが、今絶対に避けるべきは、見回りに見つかることだ。それさえなければ……この計画なら足がつかない。突然シャルロッテが独房から失踪し、手がかりもほとんど残さずに済むのだ。
だから私は嫌がるシャルロッテを無理やり抱きしめて、腕や胸を叩かれても、じたばたと暴れられても、その手を離さなかった。
「んぐっ………! ……っ!」
抱きしめた身体はあまりにも華奢で、壊れてしまいそうで、胸が締め付けられる。 そうしているとシャルロッテは、涙を流して、私から目を逸らして無気力に脱力した。
私も……力がある方ではない。でもそれにしてもシャルロッテは、もっと虚弱になってしまっていたようだった。最後には無理だと諦め、何をされようがどうでもいいというように泣くシャルロッテに、私は深く罪悪感を覚えた。
「お願いです。手を離しますから、静かにしてください。私はアリシアの知り合いです……」
アリシア、という言葉を聞いて、シャルロッテの目に、微かに光が戻った。手で口を塞ぐ私の方に、何かを訴えるような瞳を向けた。
「絶対喋っちゃだめですよ……」
しかし、私が手を離すと、すぐにシャルロッテは口を開いた。
「アリシアのこと、あなたが殺したの?」
「違います。アリシアは生きています」
私はもはやシャルロッテを喋らないようにさせることを諦めて、小さな声で返答しながら、一度は取り落した魔法の絨毯……帰還用の魔法陣を拾った。
そしてそれを部屋の中央に広げると、人二人ほどは立てるほどの大きさの布の上に、問題なく魔法陣が描かれていた。
「それは何? 何をする魔法陣?」
「ごめんなさい、シャルロッテ。時間がないんです」
私はそう言いながら、魔法陣の上へと立つ。魔法陣を描いた絨毯から、紐が飛び出しているのもちゃんと確認できた。
「黙ってろって言ってんだろ、分かんねぇのか⁉ ったく……」
再び男の声が聞こえて、二人は一瞬びくっと身体を震わせる。
今度ばかりは、様子を見に来ているかもしれない。微かに足音が、遠くから近づいてくるようにも聞こえる。
やばい。やばいやばいやばい。
私は動転しながらも、すぐにシャルロッテの手を取り強引に引っ張って、魔法陣の上でシャルロッテを抱き寄せた。そして魔法陣に杖を向けて、すぐに起動する。
チカチカと魔法陣が光り始めるのを確認すると、杖を魔法陣から伸びた紐の先へと向ける。
これは……導火線だ。
この導火線に火をつけて、魔法陣を焼いておかなければ、魔法陣を使って誰かがシャルロッテを逃がしたとすぐにバレてしまう。当然、布も火が付きやすく、燃えかすがほとんど残らないものを、リサに取り寄せてもらった。
だからこそ、タイミングが重要だ。
あまりにはやく火をつけすぎると、転移する前に魔法陣が燃えてしまうし、遅すぎると、先に転移してしまって火がつけられず、絨毯が残ってしまう。
魔法陣が明滅する感覚からして、まだ間に合う。しかし、ぎりぎりだ。
私は杖先から小さな火の玉を放つ。
それは正確に、導火線の先へと当たる。
しかし……火がついていない?
いや……一瞬焦ったが、一拍置いてからじりじりと火が広がり、先端から布の方へとじわじわと導火線を焦がしながら小さな火が近づいてくる。
それと同時に魔法陣の明滅はほとんど光りっぱなしになっていき、導火線の様子も見えないほどに、辺りが眩しく光り輝く……
私とシャルロッテは……眩しさに目をつぶった。
目を閉じたその瞳の裏側が、その光の強さに血管を透かして、黒ではなく淡い赤色に見えた……
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