第56話 影に溶け込む者


「アンタの考えはよくわかったわ、メイ。私たちは……つまり表裏一体ってわけね」


「きっと分かり合えると信じておりました、リサ様……またいずれお時間のある時に……深く語らいあうとしましょう……」


 メイとリサはよくわからないやり取りを続けていたが、最後には何故か熱い握手を交わしていた。

 いじめっ子のリサといじめられるの好きのメイは正反対なのに、意見が合ったらしい。真逆な二人が分かり合うのはよくわからなかったけど、まあ変態同士って雑にくくってしまえば一緒なのかもしれない。


「それでは、無事を祈っていてください」


「ええ、本当に気を付けてくださいね、メイ」


 そうしてメイは、リサに一通り挨拶を終えた後、王城へと向かった。私はひとまず、リサのところでメイが帰ってくるのを待たせてもらうことにした。


 私たちは店の奥でお茶をしつつ、時折お客が来た時にはリサはお店の方へ戻った。


「ねえ、いつも思ってたんですけど、リサのお店は、結構暇なんですか?」


「藪から棒に失礼な奴ね。魔法使い、ってのは数は少ないけど、金持ちが多いのよ、アンタと違ってね」


「へぇー。ここにあるもの、頑張れば自分で作れるものばかりなのに。みんなお金を使って時短しているんですね」


「んなわけないでしょ。転生者のアンタ基準で全部考えないでよね」


「わっ、こら、しーっ……誰かに聞かれていたらどうするんですか!」


「あーはいはい、そうだったね。でもお客もいないし、誰も聞いちゃいないでしょ」


「何言っているんですか。ここは世界で一番プライバシーが無い場所ですよ……」


 リサの家は至る所に、ラピスの転移魔法陣が仕掛けられている。つまり、ラピスだけはいついかなる時でも転移して来られるのだ。どこで会話をしていたって、聞かれていてもおかしくはない。


「んで、ラピスの空間魔法の方はどうなの? 座標だけ手に入ったって仕方ないでしょう」


「もう準備できていますよ! あとは座標を組み込んで少しアレンジして、小屋の書斎と、魔法の絨毯に描くだけです!」


「うっわ、ほんと気持ち悪いね、アンタ。普通は空間魔法を学びたかったら、そっちに人生の舵を切らなきゃ身につかないってものでしょ……」


「き、気持ち悪いってなんですか……空間魔法も面白いですよ。リサもやってみたらいいじゃないですか。魔法陣は複雑すぎるし、魔力の強弱をつけながら描くのは大変ですけど、実際動いたらとても便利ですから!」


「だーから、世界で二番目に難しい魔法陣を、魔力の強弱つけながら正確に描くのに、普通は数十年単位で時間がかかるんだっての」


「そうかなぁ。きゅきゅっとやって、しゅっ、しゅばー! って感じで、あとはぐいぐいっとやっとけば、うまい具合に強弱がつくんだけど」


「感覚派すぎるでしょ。何も伝わらないっての。あんたに教わらなきゃいけないアリシアが、気の毒に思えてきたわ」


「うぐ……アリシアに見捨てられないといいけど……その点ラピスはすごく丁寧に教えてくれましたよ! きっとこんなに早く身についたのは、ラピスがいい先生だったおかげです……本当、感謝しないと」


 ガタッ、と、キッチンの裏の路地から物音が聞こえた気がしたが、まあ多分気のせいだろう。誰もあんな道通らないだろうし、小動物か何かかな。


「それは伝えなくてもいいよ。きっと伝わってるから」


「そうでしょうか? で、でも、ちゃんと言葉にしないと……そういうことは」


「できてる、できてる。だから、伝わってるって」


「はぁ……? またリサが訳の分からないことを言ってる……」


 相変わらずリサは頭がよくて、たまに会話についていけなくなる。


「それにアイツ、あれで結構単純だから、下手に褒めると後々面倒なことになるよ。特にアンタは」


「そうでしょうか? リサはあんなに熱烈に愛されているのに。褒めてももらえないなんて、ラピスが少し可哀想に思えてきますね……かわいい子じゃないですか、今風だし、どこか放っておけなくて」


「あーあーあ……知らないわよアンタ、ほんと……」


 まあ、私も当初はストーカーされているリサに同情していたし、ラピスがヤバい子だとは思っていたけど。何度もラピスに空間魔法を丁寧に教わっているうちに、やっぱり思い入れというか、仲良くなってくるので贔屓ひいきしてしまうところはある。


 でもリサとラピスのことは、ラピスについていって一緒に謝ると決めているんだった。私がここで勝手に話しすぎるのはよくないだろう。そう思って私は話題を変えることにした。


「そういえば、性格反転薬って……リサは使ったことあります?」


「あー……あれねえ。そういう趣味は無いわね。私はいつだって攻める側でいたいの。そのうえで上を取りたいってのなら、受けて立つけど」


「で、ですよね……生粋のいじめっ子のリサに聞いたのが間違いでした」


「人聞きが悪いわね。で……飲むの?」


「ふぇっ⁉ そ、そんなこと……ひ、一言も言ってないじゃないですかぁ……」


「……飲むのね。さっき話し合った感じだと、メイへのご褒美ってところかしら」


「ね、ねえ。リサって心を読む能力があるんですか? だとしたら私、少し付き合い方を考える必要があるんですけど……」


「アンタの考えなんてだいたい誰にでも駄々漏れよ? ドMのメイが大仕事、性格反転薬のことを突然アンタが聞いてくる、とくれば、だいたい想像つくでしょ」


「っぐ……ううぅ……」


「本当、アンタにはアリシアちゃんくらいが丁度いいわ。お互い相手の気持ちを読むのがド下手そうだし」


「そんなことありません! アリシアは人の気持ちがわかる子です!」


「はいはい、お熱いことでして。まあ、性格反転薬ね……今や戦場で気弱な兵士が使うか、夜の攻守逆転用に使われるか、どっちかってくらいの代物よね」


「ろくな用途じゃありませんね……」


「一回ラピスに悪戯で飲ませた時には、滅茶苦茶素直で可愛くなっちゃったんだけど、アンタが飲んだら……とんでもない暴君になるかもね」


「そうですよね……何しでかすか怖いんですけど……というか後輩を実験台にするのやめなさいよ」


「命張ってくれてるんだから、それくらい安いものでしょ。私は嫌いじゃないわよ、あのメイド」


「諦めるしかなさそうですね……」


「私とするときも、使ってくれてもいいわよ。その上でねじ伏せるのも、興奮しそう」


「え、私とリサが何をするっていうんですか……? 何するにしても、ねじ伏せるとか怖いんですけど……」


 私とリサが話をして時間を潰していると、まだ夕方にもならないというのに、メイがお店に戻ってきた。もしかして、測定器に不調でもあって、引き返してきたのだろうか。


 成果の程は別として、私は再び無事メイの顔を見られたことに、少しほっとしていた。


「終わりました。つつがなく」


「へ? どういうことですか? もしかして、厳重すぎて、諦めざるを得ない状況だったんでしょうか……」


「ですから、終わりました。王城内へは堂々と入り、地下牢までのルート上では誰にも見られておりません。釦を押して、座標は固定済み……檻の外からですので、座標から三歩南へ進んだところが、シャルロッテ様の檻の中心ということになります。シャルロッテ様にも気づかれてはおりませんので、何も計画の説明などはしておりません」


「え……嘘でしょ早すぎる……」


 メイはてきぱきと、自分の仕事を報告した。無駄のない仕事に、無駄のない報告。お願いした側なのに、そこまでしっかりしなくてもいいのに、とさえ思ってしまう。


「ぷっ……あはははは! 無茶苦茶じゃない! こいつはマリー以来の規格外ね! もしかして、アンタ転生者だったりする?」


 メイのあり得ない報告を聞いて、リサはお腹を抱えて大笑いしていた。


「ご褒美欲しさに頑張ってしまいました、マリー様。に」


「うぐ……あ、ありがとうございます」


「ゆめゆめお忘れなきよう」


 メイはぐいっと顔を近づけて念押ししてくる。冷たい瞳が恐ろしい。この人、一体今、どんな感情なんだろう。表情に変化がないのでわからない。


「はい……わ、わかっていますよ」


「あ、ねえ、私も見に行っていい? 興味あるんだけど」


「あら……リサさん。お嬢様から何か聞いたのですか? 確かに見られながら、というのもまた一興……」


「だ、駄目に決まってるじゃないですか!」


 この二人と同時に話していると頭がおかしくなる。とにかく、手際のいいメイのおかげで、あまりにもすんなりと座標は入手することができた。


 これでいよいよ、本当にシャルロッテ救出計画を実行に移す時が、近づいてきたようだ。

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