第54話 メイの要求


「これが測定器、ですか。想像していたよりはコンパクトで助かりました」


「ええ、そうです。やれそうでしょうか……?」


 私はリサに用意してもらった測定器を買って帰ると、それを早速メイに渡した。


 測定器は、手のひらに収まるほどの大きさの板状の機械だ。三つの丸く研がれたビー玉のような地の魔石が綺麗にはめ込まれている。


 目を凝らしてみれば、その魔石にはそれぞれ、正と負の記号に三桁の数字(数字はこの世界のものだけど)が刻まれており、それはリサの店から私の家に移動した時の三次元的な座標を示していた。


 ボタンを押せば測定が始まり、もう一度釦を押せば座標が固定される。シンプルな造りだ。


「余裕ですね、ちゃちゃっと行って、帰って来ますよ」


「す、すごいですね。そんなお買い物行くみたいな勢いで……」


「けれどもどうでしょう……もしそれで私が帰らぬ者となったその時には……お嬢様は涙を流してくださいますでしょうか?」


「え、え? っていうか、なんとかして助けます! そんなこと言わないでくださいよ」


「いえ、そのお気持ちだけで十分……と言いたいところなのですが……卑しい私めはそんなお嬢様の美しい心に付け入ってボーナスを要求したいのです」


「ボーナス、ですか」


「ええ。多少なりとも危険を冒すわけですから、それに見合ったご褒美を頂きたく……」


 メイがそう言うのは、別に厚かましい話ではなかった。


 シャルロッテを助けたいという私の意見に、メイは当初、反対だったのだ。見返りもないのに協力するとは言ってくれていたものの、何もお返しができないのは私としても申し訳ない。


「え、ええ。もちろんです。できることならなんでも、ご用意します!」


「では……私が無事に戻った暁には……是非私を……」


「はい……!」


「あの時のような激しさで、罵って頂きたいのです……」


「はい……?」


 呆気にとられた私に、それ以上何も説明せず、いつもの人形のような表情でメイは私を見ていた。


「いや、あの、そこで黙らないでください。どういう意味ですか?」


「ですから、私と戦ったあの時……縛り上げた私を脅した時のように、ゾクゾクさせてほしいのです。先日、アリシア様を強気に襲った一件を見て……マリー様に蔑まれながら踏まれたい……私はその気持ちがさらに強くなるのを感じました……」


「何、言ってるのか全然わかんないんですけど……」


「そう、ヒントはまさに、あの媚薬。しかし私はマリー様に惚れてもらわなくても構いません。まあ本当は惚れていただきたいですが、アリシアお嬢様に殺されてしまいますからね」


 実際にアリシアに杖でぶん回されて、床や天井、地面に叩きつけられていたメイを思い出す。その言葉は冗談というわけでもないだろう。


「つまり、何らかの……薬があるのでは? 魔女ともなれば。マリー様の激情を呼び起こすような、そんなお薬が、あの分厚い魔法薬学の本の中に……」


「う……なるほど。そういうことですか」


 あるには、ある。それもメイの話を聞く限り、うってつけのものがある。


 しかし、それは私の性格を一時的に、全く違うものに変えるというものだ。それを使った後に自分が引き起こす行動が予想できない以上、私はそんなものを服用したくなどなかった。


 媚薬のトラウマができたばかりなわけだし。


 私が躊躇っていると、メイは身体の前で指を組んだ手を合わせて、祈るような仕草で私を上目遣いで見た。


「うるうる、私はこんなに頑張ろうと、命をかける所存なのに、お嬢様はそれに報いては下さらないのですね……うるうる」


「うるうるって自分の口で言わないでくださいよ……うー、あるにはありますが……」


「では決まりですね。ご用意にお時間はかかりそうですか?」


「あのねぇ……」


 うるうる、とか言って上目遣いをしていたというのに、あると分かれば一瞬でいつもの洗練された従者モードに切り替えるメイ。メイは人のペースを会話で乱す天才かもしれない。


「正直言えば、既にストックがあります……」


「素晴らしい。では早速座標の取得に行ってまいりますね」


「は? え、今からですか?」


「ええ。シャルロッテ様の安否も気になりますし、早い方がよろしいでしょう?」


「もちろんそうですが……準備とか何か……」


「いつでもどこへでも行ける準備は整っております。メイドですので。では、お薬の件、お忘れなきよう」


「あの、待ってください。さすがに王都までは送りますので」


「あら、それは有難いですね」


 私はメイを連れてまず隣の書斎に行き、部屋の中心に白く柔らかい石をチョークのように使って、バツ印を付けた。そしてその中心にメイを立たせる。


 始点もしっかり記録しておく必要がある。ここには、私がラピスから教わった魔法陣に、メイが取得してくれる座標を盛り込んだものが描かれる予定だ。


「では釦を押しますね」


「はい、お願いいたします」


 メイが測定器の釦を押すと、地の魔石が軽く光り、測定が開始された。


 そこから移動すれば、その離れた距離を正確に地の魔石が記録してくれる。その道中が箒による移動であっても、地上を進んだとしても最終的に計測される数値は同じなので、終点にたどり着く方法はどうであっても構わない。


 私達は玄関から外へ出て箒を用意すると、メイを抱くように箒にまたがって宙に浮いた。

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