第53話 国立? 臨時裁判所
「それでは裁判を始めます。あなたたちには黙秘権がありますが、あまりに黙っていた場合、夕食の味付けが激辛になるおそれがあるのでおすすめしません」
私とアリシアはソファに並んで座らされ、机を挟んでその正面に、裁判官のメイが偉そうに足を組んで座っていた。
どこが従者だ、と言いたくなるが、メイはアリシアに叩きつけられて散々酷い目にあったあとだ。ついこのくらい許してあげようという気になってしまう。
「では被告人のお二人は手を繋いで机の上に乗せてください……ほら早く」
メイは私の右手とアリシア左手を取り、指を編むように手をつながせ、机の上に置かせた。アリシアの華奢な指が私の指と指の間に差し挟まれると、ただ手をつないだだけなのに、密着する面積の多さにどきどきとしてしまう。
「あっ……駄目、今汗が……」
「わ、私も、私もです……」
「裁判中は潔白を証明するためにも、手を離すことはなりませんよ」
「何なんですか、このシステム……」
よくよく考えたら、アリシアと手をつなぐことは今まであまりなかった。そんなことをすっ飛ばしてキスしたり添い寝したりしていたから、不思議な感覚だ。なんでこんなことさせられてるのかさっぱりだけど。
「ではアリシア様。私は大方聞きましたが、どうしてこのようなことが起きたのか、マリー様に説明していただけますか?」
「それは……ええと……」
アリシアがもじもじしているのが、繋いだ手から伝わってくる。手をつないでいるだけなのに、それを通じて心が読めるようで、なんだかすごく深くつながっているように錯覚する。
「お姉さまが……いつも出掛けてしまって、寂しくて……」
私がアリシアの方を見ても、アリシアとは目が合わない。顔を真っ赤にして、俯いている。
「どんどん遠くに行ってしまう気がして……繋ぎ止めたかったんです」
「それで、媚薬を作ったということですね」
「そうです……でも! やめようと思ったんです、信じてください! 私……本当にやめようとしたんです」
「ほう、とのことですが、いかがでしょうかマリー様」
「ん……それは、本当だと思うけど、私が勝手に飲んだし……」
「なるほど。では媚薬に負けて、いたいけなアリシア様を襲ったマリー様は何か申し開きはありますでしょうか?」
「ありません。マリー・マナフィリアは死刑を望みます」
私は即答した。アリシアを無理やりに襲う人間がいたら、私は怒りを抑えられずにあの世へ送ることだろう。それは自分とて同じことである。
「お姉さま⁉」
「というわけでお嬢様は私、メイによる被虐の刑、二百年に処す、ということで、よろしいですかな?」
「よろしいわけないでしょう、メイ! あなたちょっと、お黙りなさい!」
久しぶりに王女らしく、アリシアはメイを叱りつけた。
「あっ……アリシア様、素晴らしいです。も、もっと……」
「お姉さま……私、お部屋でずっと反省して考えていたんです。お姉さまを傷つけてしまったこと、どうやって謝ろうか……ずっと、ずっと。聞いてくださいますか?」
メイを無視してアリシアは、今度はしっかりとこっちを見て言った。私は、思わず少し緊張しながら、頷いた。
「う、うん……それなら……アリシアは悪くないけど、考えてくれたなら、聞きます!」
「私は……本当は……繋いだ手をずっと離したくないんです……」
アリシアは、私と繋いだ手を、どこか辛そうな表情でじっと見た。
「ずっと……身体のどこかに触れていたい。片時も離れずにいたい、抱きしめ合って一つになっていたいんです。でも……お姉さまが離したいのに、私が強く手を掴み続けるのは、お姉さまを傷つけてしまうんだって、今回学びました……」
「それは……」
私もずっと一緒に居られるのは嫌ではないけど。でも今回のことで、お互い傷ついたのは事実だ。
「私……気づいたんです。お姉さまはそうやってずっと、距離を測ってくれていたんですね。傷つけないように、傷つかないように、少しずつ近づいたり、遠ざかったりして。私は大好きなお姉さまとずっと近くにいられれば、それでいいんだと思ってました。でも……それは違うって気づきました。近づきすぎたら……少し怖かったんです」
「ごめんなさい……私……本当に怖がらせたくなくて……」
乱暴してしまった記憶は、今すぐ頭から消したいほどだ。他でもない私に怯える、アリシアのあんな顔は……死ぬまで二度と見たくない。
「違うんです。こんな形で……一番近いところに初めて、踏み込みたくはないって、そう思ったんです。望んでたことなのに、やり方が違うだけで、意味が変わってきちゃうんですね。私……ほんと、馬鹿でした」
「そんなことないです。アリシアは悪くなくて……」
「お姉さま、私、ダンスが苦手なんです」
「へ?」
あまりに唐突な話題に、私は思わず間抜けな声で聞き返した。
「リリアお姉さまは上手でした。でも、私はへたくそで、大嫌いでした」
「……そう、ですか」
「相手と音楽と、リズムを合わせて、進んで、下がって、近づいて、遠ざかる。考えれば考えるほど自然と動けなくなって……王女なのに、お淑やかになれなくて。護身のための剣の稽古に逃げていました」
なんでもそつなくこなすアリシアに、苦手なものがあったとは意外だった。優雅なアリシアであれば、宮廷で踊るようなことも得意だと勝手に思っていた。
「なんだかそれって、似ていますよね。誰かと愛し合うってことと。人と……関わるってことと」
メイも、もはや何も口を挟まずに、じっとアリシアの言葉に聞き入っていた。
「だから私……諦めました。お姉さまの全てを知ろうって思うことを。私たちは、いくらくっついたって、一つの身体になることはできないんですね……当たり前だけど。二人は近づけば近づくほど、上手に踊れなくなっちゃうんです、きっと。でも、私が私だからこそ、お姉さまを好きでいられるんです。もしお姉さまが……お姉さま自身のことを嫌いで、自己嫌悪していても」
「アリシア……」
私は確かに……自分自身がそんなに好きではないかもしれない。嫌いなところも自信が無いところも多くあるし、そのせいでアリシアに引け目を感じることもある。けれどアリシアはそんなこともお見通しのようだった。
「だから、信じます。全部教えてくれなくたって、私はこの手を離したりはしません。お姉さまのことを全部知らなくたって、です。その方が……素敵に見えるなら、それでいいです」
「でも私は、言えないこともあって……」
「私の前で、見せたくない部分を隠して、見栄を張ってくれるなら……それも嬉しいです。だってそれは、私のためにしてくれていることなんですよね?」
「っ……」
「お互いの全部、知る必要なんてないんです。だってお姉さまだって、知らなかったでしょう? 私がダンスを嫌いだってこと」
「……知りません、でした」
「だから……今回のことは本当にごめんなさい。まさかお姉さまをこんなにも傷つけてしまうなんて。学びはあったけれど、本当に悪いことをしてしまいました。でも今話したことが……私がさっきまでずっと泣きながら、お部屋で考えて出した……私の答えです」
アリシアは……私が倒れて気を失っている間、ずっと泣きながら、自分がしたことを後悔して、私との間のことを考え続けてくれていた。だからこんなにもはっきりと、自分の気持ちを整理して、堂々と私に伝えてくれたのだった。
アリシアはやっぱり真面目で、素直で、反省できるいい子なんだ。そんなアリシアのことを、私は責められるはずもなかった。それどころか、こんな子を不安にさせてしまったことを、私の方が謝るべきだと思った。
「いいんです。やっぱり私が勝手に、飲んだだけですから……それに……」
「それに?」
「全部は話せませんけど……話せることは少しずつ、話しますから。アリシアが一番気になっていることは、近いうちに。信じてくれるなら、待っていて欲しいです。きっと私、絶対、上手にやりますから、だからその時まで……お願いです、信じて待っていてください」
私が急に沢山出かけたりして、アリシアが不満や不安を募らせていたことは今回よくわかった。でもそれも、シャルロッテの救出が片付くまでの辛抱だ。それさえ終われば、私はようやくアリシアに全部話してあげることができる。
でも今は、話せない。アリシアがそれを知れば、きっと事が終わるまで毎日、不安に苛まれるだろうから。
「……もちろんです! お姉さま。でも……たまには構ってくださいね。でないと、また、媚薬を作ってしまうかも」
「そ、それはもう二度とやめてくださいね……」
「……はい、では閉廷~。私は完全に邪魔者でしたとさ。はぁ、おゆはん作ろ……」
途中から完全に蚊帳の外に置かれる形になったメイが、拗ねたようにそう言って、席を立つ。誰を裁くのだかわからない裁判は、終わったようだった。
私は結局、アリシアに全部を話すことなく、今回の媚薬事件は終わりを告げた。
それどころかアリシアの言葉は……もやもやを抱えていた私の心を救ってくれた。だからせめて、私は出来るだけ早くシャルロッテのことを話してあげられるように、必死で研究を進めることにしたのだった。
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