第52話 征服と報い


「ぎゃーっ! 何してるんですか! 何してるんですか!」


「ほぉら、よく見ててください」


 メイはそう言いながら、太ももの上の方へと少しずつ手を這わせる。するとスカートの裾が徐々に上がっていく。


「ほぉーら、ほらほら、もう少しで達しちゃいますよ? お嬢様の、だ、い、じ、な、部分に……」


「う、うわぁー! ダメダメダメダメ!」


 少しずつ、焦らすように裾を上げていき、ついに地味な白い下着が露になってしまう。


「っ~~~!」


「あっしまった、直前で止めようと思ったのに。これは本当に後で殺されるかもしれません」


「最低だぁー! あっちいけ!」


「少しうるさいですね。そんな子には、こうです!」


 メイはそう言うと、ぐいっと太ももを掴み、布越しに自分の腰をコン、と打ち付けた。


「ひゃぁっ⁉」


「おぉぅ……これは中々……」


 その征服感が気に入ったのか、メイは何度も何度も、私の腰に自分の腰を打ち付けた。


「うわぁーっ⁉ 何これ⁉ 何されてるんですか⁉」


「なに、ごっこ遊びですよ。巷の若い女の子同士では、こうしてふざけあうのがよくあることらしいです」


「何か一回ぶつかるたびに大切な何かが奪われている気がするんですけど⁉」


 あまりに大声で叫びすぎたせいで、ご近所さんが殴り込んでもおかしくないほどだったが、鬱蒼とした黒森の中にまともなご近所さんなどいるはずがない。


 いや、今に限って言えば、別室にアリシアがいたのだった。アリシアは泣いているとメイが言っていたが、さすがにそれどころではなくなったのか、寝室の扉がキィ……とゆっくり開く音が聞こえた。


「あっ……」


 入室してきたアリシアと、私とメイの視線が交わる。もちろん、私とメイは股間をぶつけあった状態で。


 そして、空気が凍る。


「メイ~~~?」


 アリシアの目は赤く、確かに泣いていたらしかったが、不気味なにっこりとした笑顔になって、アリシアはメイの名前を呼んだ。


「ひっ……これ本当にヤバいやつだ……」


 その言葉の意味するところは、これからメイが受ける仕打ちが、被虐に悦びを感じるメイであっても……苦しみを覚えるものだということを仄めかしていた。


「この泥棒猫! 色狂い従者! 無表情人形!」


 アリシアはそう叫びながら、懐から杖を抜き、思いっきりメイの方へ振るった。メイは突風を受けた紙のように吹き飛ばされて、ビターンと壁に叩きつけられた。


「げふゥっ!」


 それにとどまらず、メイは天井に、地面に、再び壁に、ビタン、ビタンと叩きつけられる。


「ぐはっ、げほっ、むぐっ、あぐっ……」


 痛いのだか痛くないのだか分からない、抑揚のない小さい悲鳴を繰り返しながら、至る所に叩きつけられたメイは、最後にはゴミでも放るように床に投げ出された。


 子供がぬいぐるみをぞんざいに扱って叩きつけるように、人間の身体が弄ばれている光景は、おぞましいと同時にどこかコミカルに見えた。王女らしく、女王様の素質があるのかというくらい容赦がない。


 うーん、わが弟子ながら、素晴らしい浮遊魔法。


 杖を用いているとはいえ、こうも思い通りに他人を動かせるとは。修行の成果がでているようで、先生としても感動してしまう……


 ……じゃなくて。


「メ、メイ? さすがに大丈夫ですか?」


 地面に突っ伏して、膝を立ててなぜかお尻だけを天に高く突きあげるような姿勢で倒れているメイは、何も言わずに手を挙げて、無事を示した。いつもの、痛くて気持ちいいです、みたいな反応が返ってこないところを見ると、結構本気で負傷しているようだ。


 アリシアの仕打ちは、私がメイにやり返そうと思っていたレベルをはるかに超えていたので、メイへの罰はこれで済んだと考えることにした。とはいえ、メイも歴戦の暗殺者だ。これくらいどうってことないだろう。


 そんなメイの心配はかけらもせずに、アリシアは私の方へ駆け寄って、縄を解いてくれた。


「ごめんなさい、お姉さま……本当にごめんなさい……」


「い、いえ」


 私がしてしまったことを思い出して、私はアリシアから思わず目を逸らす。


 それで嫌われたと思ったのか、アリシアはぽろぽろと泣きながら縄を解いた。


「う、うえぇぇ~~……」


「ちょ、いや、違うんです今のは、私の方が申し訳なくて……」


 ようやく縄が解かれると、私はすぐに立ち上がって、懐から杖を抜き、自分のこめかみに当てた。


「こうすれば、許してくれますか? アリシアの柔肌に乱暴に触れた罪……怖がらせてしまった罪……泣かせてしまった罪……」


「おっ、お姉さま⁉」


「私の命一つでは足りないでしょうが、せめてっ……せめてものっ……!」


「何してるんですかやめてください!」


「嗚呼、二度目の人生、悪いことばかりではありませんでした。しかしやはり、私は醜悪な人間のまま……」


「お姉さまぁーっ!」


「はい、茶番、そこまで」


 メイは先ほどの負傷が嘘のように起き上がってくると、私の腕から素早く杖を奪った。


「メイ……私に生きろというのですか……この罪を背負って……」


「そういうのいいので、とりあえず一旦、治療していただけますか……」


 メイは無表情だったが、鼻から真っ赤な鼻血を流して、痛そうに腕を押さえていた。見るも無残……確かに何を差し置いても、すぐに治療が必要な容体だった。まあ、自業自得なんだけど。


「あっはい……今治します……」


 そうして私がボロボロのメイを治療し終わるころ、ようやく私とアリシアは落ち着いて話ができるようになっていたのだった。

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