第51話 被虐の悦び
「う……」
目を覚ます。そして頭痛。
「痛たたた……」
身をよじる。そのたびにズキズキと痛む。
「ん……」
しかし、少ししか動けない。そうしてようやく私が自分の身体を見ると、ロープで拘束されていた。手は身体の後ろに回され、脇が開かないように固定。手首は縛られ、両足首も離れないように縛られている。まさに、がんじがらめの状態で、私はいつものソファに横たわっていた。
「な、何これ……! 誰か?」
「マリーお嬢様、お目覚めですか。おや、もうまともに戻っているのですね。獣のようなお嬢様を縛り上げて、暴言を吐かれながら観察するのも風流だと思っていたところなのですが」
「メイ……何言ってるんですか? これは何? 何で拘束されているんですか、私は」
「ふむ……薬の効果でしょうか。もしや、効果が切れた時に記憶を失くすものだったんでしょうか。私は詳しくないのでわかりませんが、生憎……アリシアお嬢様は私が叱るまでもなく、自己嫌悪で寝室で大泣きしておいでなのです」
「薬……アリシア……自己嫌悪……」
それらのワードから、記憶が想起される。
私がアリシアの目の前でぐびっと飲んだあれは、強壮剤ではなかった。全く同じ見た目と、その甘い味から考えるに……あれは、媚薬だった。
そうそう、媚薬というものは、対象に作用した後、その振る舞いを思い起こしてショック死してしまうのを防ぐため、自動的に記憶を忘却させる効果が…………
無い。そんなものは無い。
すべてはっきりきっかり明快に、私は覚えているのである。
アリシアを襲い、同意のない口づけを繰り返し、服を脱がし……
いや、しかし、記憶はそこまでだ。やはり、さあどうぞと身体を縛らせた記憶はない。それと、頭が痛い。
「う……痛い……」
「申し訳ございません、お嬢様。泣きながらアリシア様に馬乗りになっていたので、軽くぶん殴らせていただきました」
「そ、そうですか。では、一応……止めてくれたのですね。ありがとうございます」
どうやらメイのおかげで、最後までいくという最悪の事態は避けられたようだ。もしあのまま最後までいってしまっていたら、私はアリシアの前で自刃するしかなかった。まあ、今でも十分万死に値するところまでやってしまったことに違いはないのだが。
「最悪……もう大丈夫です……縄を解いてください」
「嫌です」
「……は? どうしてですか」
「いえ、こうしてお嬢様が縛られている状況なんて、千載一遇のチャンスではないですか。無抵抗のお嬢様が目の前にいる状態で……何もせずにいられるはずがあるだろうか。いや、ない」
「くだらないこと言ってないで、解いてください!」
「それに、是非知ってほしくて……」
「何をです?」
「被虐の悦び」
メイはそう言うと、私の上に馬乗りになり、脇腹におもむろに両手を沿わせて、指を軽く立てた。
「う、嘘ですよね……? 冗談ですよね? 本当に全然動けないんですよ?」
「お嬢様……被虐と嗜虐は表裏一体なのです……つまり私にはそちらの資質もあります。なぜならどうされたら悦ぶかは自分が一番知っているから」
「なるほどね。自分の立場だったらと想像できるからこその、表裏一体……ですか…………って違う、へ、変態だーっ! 誰か、誰かぁ!」
メイは自分がして欲しいことを知っているから、相手が同じ気持ちになるように、それをしてあげられるのだ、と言われ、私は思わず納得しかけた。しかし私は今からされようとしていることが喜ばしいこととは決して思えなかった。
メイは私の抵抗を無視して、いたって真剣な表情で、その指をこしょこしょと、強く食い込ませるようにして脇をくすぐった。微かに痛いくらいの強さでくすぐられ、私は唯一動かせる腰を跳ねさせて必死で身をよじるが、馬乗りになっているメイから逃れられるはずもない。
「こーちょこちょこちょこちょ」
「っく……ははははははは! あははははは! やめっ……ひゃめて……っはははは!」
勝手に横隔膜が上下に暴れ、望んでもない大笑いを引き出されるのは、間違いなく苦痛だった。自然と全身から汗が噴き出す。どんなに身体をよじらせてもほとんど身動きは取れず、メイはその攻め手を全く緩めない。
「ひぃーっ! あははは! もうやめ、ほんとやめて……あひゃははははっ……っ……ふっ……」
メイは本当に、全く、手を緩めなかった。こみ上げる笑いを微かに表情に滲ませながら、ひたすらくすぐり続ける。私はというと汗が噴き出すのはとどまることなく、笑っているというのに目からは涙が垂れ流しになっていた。
「やっぱりお嬢様には才能がありますよ……! これはあるいは、私以上の逸材……」
「ひぃ……はぁ……はぁ……」
私が呼吸を落ち着けていると、メイはようやく飽きたのか、足首を結んでいたロープを解いた。
「ゆ、許しませんから……今のは絶対、許しませんから!」
身動きを封じられて強い力でくすぐられるというのは、かなりの拷問だ。普段滅多なことでは怒りを表さない私だったが、今回ばかりは容認できない。なんとかしてその代償を払わせなければ。
「なるほど……? ふむ……確か昔の戦術書に、こんな名言がありましたね。曰く、敵を叩く時には、反撃できる余力を残さないほど、徹底的にやらなければならない、と」
「へっ……? ち、違います、そういう意味じゃありません。さっきのは取り消します!」
「もう遅いですよ……ほら、見ててください」
メイはそう言うと、両足首を解かれて離すことができるようになった両足、そのふとももを両手で掴んで思いっきり開き、その間に自らの身体を押し込んだ。
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