第38話 秘密の計画


「ええ。実は……気になっていることが一つあって……ひぃ……」


「どうぞ、気にせず続けてください」


 手ぬぐいも何も使わず、メイは私の腕に泡だらけの両手を這わせた。泡を伸ばすように、つつーと撫でる指先の感触に思わず奇妙な声が出るが、メイは会話に意識を集中させ、抵抗を許さなかった。


「アリシアの、お付きの魔法使いのことだけど……」


「そのことではないかとは思っておりました。アリシアお嬢様には伏せておくべきかと。知れば当然、王城に戻ろうとするでしょうし、マリー様がせっかく説得してアリシア様を連れ戻したのが無駄になってしまいます」


 私が気になっていたのは、まさにメイが言った通りのことだ。


 アリシアが王城にいた時、他の王族と同じように、お付きの魔女が一人いたらしい。しかし、アリシアを守れなかった魔女は心を病んだ上に、容疑者として牢に入れられている……という話をメイから聞いたのだった。


 そして、そのことはメイがアリシアに話した様子もなく、アリシアはどうやら詳しく知らないでいる。メイはそのことを話せば、アリシアがまた王城に帰ると言い出すので、あえて黙っていたようだ。


「う、うん……んっ……あのっ……!」


「ほら、会話に集中してください。アリシア様がいない今しか、話せないことですから」


 際どいところをメイが洗うが、早く話せと急かしてまた誤魔化す。仕方が無いので私も会話を続ける。


「っ……その、どういう方なんですか? アリシアお付きの、ま、魔女というのは……ふぁっ⁉……」


「おっと失礼。敏感な部分に不用意に触れてしまいました。さて……アリシア様のお付きの魔女ですが、シャルロッテという、まだ若い魔女です。幼いころからいくつもの属性魔法を使いこなし、神童の名をほしいままにしておりました」


「神童、ですか……」


 メイは私の身体を洗いながら、詳しく説明を続ける。いくつもの属性魔法を実用的なレベルで使えるというのは珍しい。私が属性を隔てなく使えるのは転生者であるからして、他にそんな魔法使いは知らないとリサに言われたことを思い出す。


「ええ。それで、アリシア様と同い年ということもあり、丁度いいということでお付きの魔法使いとして、王宮に召されました。年が近いということもあり、ほとんど友達同士のような付き合いでした」


「……その子が今、捕まっているのですよね」


「ええ。アリシア様を逃がすため、追っ手を全て引き受けて傷つきながらも生きながらえたのですが、アリシア様が安否不明となって心を病んでしまったのです。しかし王と王子たちはそれをいいことに、容疑者の一人として王城の独房へと彼女を監禁しています」


「ひどい話ですね……」


 お湯を止めたからか、ぽた、ぽた、と水滴がタイル状の床に落ちる音が妙に響く。


 ひどい話だというが、それをアリシアに伝えないままにしておくこともまた、ひどい話なのではないだろうか。それを後からアリシアが知ったとしたら、ひどく悲しみ、隠していた私達にも失望することだろう。


「……ですが、どうしようもありません。アリシア様が王城に戻って証言したところで、シャルロッテがアリシア様を守ることに失敗したのは事実なのです。囚われてしまった時点で、責を負った彼女の処刑は決まったようなものでしょうね」


「処刑? 殺すってこと?」


「その通りです。リリア王女亡き今、陰謀ひしめく王宮ですからね。隙を見せれば処刑、処刑ですよ。まあいまはアリシア様を捜索中の段階ですから、まだ情報源として殺されることはないでしょうが……何をされているやら」


 メイはそう言って、再びシャワーの栓をひねり、私の身体についた泡を流した。ざーっという心地よい音が再び響き、視界が湯気に覆われていく。


「何とかして……助けましょう。アリシアに言わず、私たちで」


「……何を言い出すかと思えば」


 メイは少し苛ついたように強引に身体を抱き寄せて、行き届かないところを流した。


「あっ……ちょっと!」


 そしてメイは耳元で脅すように囁く。


「この国で最も警備が厳重で、侵入が難しい場所をご存じですか?」


「……王城、でしょ」


「世間知らずのお嬢様でも、それくらいのことはわかるのですね」


「だって、アリシアに知らせたら、アリシアは王城に戻って行ってしまうし、隠しておいてその子が死んだ後にアリシアがそれを知ったら……メイは耐えられるの? あの子の……悲しむ姿に」


「人はいつか死にます。私にとって重要なのは、大切なアリシア様と、マリー様ができるだけ長く生きることです。全てを救うことはできません。それは傲慢というものです」


 それは確かにそうなのだが、あまりに冷酷な考えに思えた。しかし、元暗殺者だというメイがそういうシビアな考え方に行きつくのも、仕方のないことかもしれない。


「……だったらあと一人だけ、増やすというのはどうでしょう? 最後の一人に、シャルロッテを。でないと私、アリシアの目を見て笑えません。考え始めたら昨日もそうでしたし、これからもずっとです……それじゃあ一緒に居たって、一緒にいないのと同じです」


「……お子ちゃまですね、マリー様は。割り切らないと、巻き込まれて痛い目をみるのは、自分ですよ?」


「はい……ごめんなさい」


 しばらく沈黙が続き、メイは私の身体を流し終えた。そしてシャワーの栓を閉めると、呟くように答えを述べた。


「……仕方ありませんね。私ほどの凄腕天才美少女メイド暗殺者であれば、世界一厳重な王城への侵入も容易いでしょう。しかし、計画するのはあくまでマリー様です。私は指示に従うだけ。あくまで武器です。好きなようにお使いください」


「メイ! 本当? 手伝ってくれるんですか?」


「……アリシア様があなたのことを気に入っている理由も、わかるというものです。やはり、私がお仕えするのに相応しい方かと」


「ありがとう! メイ!」


「んっ……裸で密着して抱き着くとは、なかなかに大胆ですね。流石にこれは……そういうことをする流れでは?」


「あっ……つい! ちちちがうんです、もう上がりますね!」


「むぅ……何という生殺し……」


 メイは出ていく私に、恨めしそうにそう言った。ともかく、これで私たち二人の秘密の計画は動き出すことになった。


 シャルロッテという魔女を、王城から助け出す。


 危険極まりない計画だが、私には既に、思い描いている方法がいくつかあった。もちろんそれは魔女にしか出来ない方法だが、いくつもの入念な準備が必要になるだろう。

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