第33話 三人の答え


「もう手に負えない……」


 私は嘆いた。元からおかしいメイだけではなく、アリシアまでもよくないことを学び始めたのではどうしようもない。


「まあまあ、落ち着いてください。とりあえずお夕食でもしながら、ゆっくりとお話しようじゃありませんか」


 そういえばメイは部屋の片づけだけではなく、夕食の支度までしてくれたと言っていた。私たちはメイに促されるまま、テーブルにつく。メイは再び調理場に戻って少し手を加えると、食卓に料理を用意した。


 赤身肉のステーキからはじゅうじゅうという余熱で自身を焼く音が未だに響いており、香ばしい匂いが湯気と共に立ち昇る。ポタージュスープは淡く暖色の光を反射しており、弱火で相当な時間煮込まれたことが伺える。生野菜のサラダにはある種の効果のあるハーブが含まれており……もしかして、と思い私はメイの方を見た。


「ええ。ご察しの通り。魔法での治癒では失われた鉄分までは戻らないでしょうから、赤身の肉、鉄分豊富な野菜を勝手に使わせていただきました。さあ、どうぞ召し上がれ」


「わ、わざわざありがとうございます……いただきます」


 まさか、自分が負わせた怪我による貧血まで気にして料理のメニューを決めているとは。それはメイなりの謝罪の気持ちなのかもしれない。ただでさえ鉄分の不足しがちな女性の身体に、けがを負って大量出血とくると、万能にみえる魔法も役には立たず日頃の健康的な食生活が物を言う。


「さすがメイですね。お姉さまへの気遣い、感謝いたします」


 アリシアもそう言ってメイを褒めた。三人で食卓につき、それぞれ料理を口に運ぶ。ステーキをナイフで程よい大きさに切って口に運ぶと、焼けすぎず生過ぎずで程よく火が通っており、絶妙な柔らかさに頬が落ちそうになる。


「うぁ、おいひ……」


 思わず口にものが入ったまま喋ってしまうほど、メイの料理の腕は想像以上のものだった。ステーキにかかったスパイスもいくつかが絶妙な配分で振られており、ただ肉を焼いただけなのに、こうまで違うものかと驚く。


 それを聞いて、ぴく、とメイは反応すると、チャンスだと思ったのか先ほどの説得を改めて再開した。


「家事、洗濯、庭の水やりからマッサージまで、アリシア様の何倍も早く正確に。どうか、メイに全てをお任せください」


「むーっ……言い返せないけど、お姉さまと私の愛の間には、そんな効率なんて無意味なんですー。ね、お姉さま?」


 アリシアは拗ねたように、メイに抗議した。確かに、私は家事に効率を求めるよりも、アリシアが鼻歌を歌いながら洗濯をしてくれたり、食器を洗ってくれる方が、見ていて幸せになる。


「そ、そうですね。確かに料理はおいしいですが……アリシアの料理も大好きですし……」


「き、聞いた⁉ 聞きましたかメイ⁉ お姉さま大好き! 大好き大好き大好き!」


 アリシアが勝ち誇り、食事中だと言うのにソファに飛び込んで、大はしゃぎで私に抱き着いてくる。しかし、私は迷っていた。家事なんかよりもっと別の理由で、私はメイにいてもらった方がいいのではないかと考えていたのだった。


「もしもの時の、備え、ですね。そちらで悩んでいらっしゃるのでしょう? もちろん、お役に立ちますよ。私、結構強いですから」


「……あの、心を読まないでください」


「私はマリーお嬢様の考えていることくらい、お見通しでございます」


 メイは私の悩むような表情で、何を考えているか言い当ててみせた。さすがは元、凄腕暗殺者といったところだろうか。先ほどアリシアが、襲われたときメイがいれば助かっただろうと言ったのは、大げさでもなくおそらく事実だろう。手合わせしてわかったが、油断すれば命はないほどに、メイは転生者の私に負けず劣らずの実力を持っている。


 もし、私に何かがあって、アリシアを守れない時……メイがいるだけで、アリシアが安全でいられる可能性は格段に上がるだろう。メイは元々、私がアリシアを任せるに足る存在でなければ、一人でアリシアを守りながら旅をするつもりだったのだ。そしてそれができるだけの確かな実力がある。


「……私にもし何かあった時に、アリシアを守れる、そういうことですね」


「もちろん。私はそのために来たのですから」


「そうですか……」


 こうなってくると、私に仕えたいなどというのもあくまでサービスで、当初の予定通り、アリシアがどこにいようが、メイはアリシアに付いて護衛したいということなのかもしれない。もしそうだとしたら、私がそれを断ってアリシアに何かあれば、本物の大馬鹿者になってしまうだろう。


 大事なのは、アリシアの安全だ。メイにここが見つかってしまったように、同じことが起きないとは限らない。


「……それじゃあ、これから私と一緒に、アリシアを守ってくれますか?」


 私は、メイに真剣な表情で、手を差し出してそう尋ねた。するとメイも嘘偽りのない瞳をして手を取って、答えた。


「ご用命、確かに……承りました。この命に代えても」


「……はい。よろしくお願いしますね、メイ」


 私がそう言うと、メイは珍しくその人形のような表情を崩し、口元を綻ばせて笑ったので、私は少しどきっとした。


「先ほどの話、忘れたわけではありませんね、メイ」


 黙って見守っていたアリシアが、つんと目を閉じながら、不服を申し立てる。私とメイが手を取り合いながら同時にそちらを向くと、アリシアは言葉を続けた。


「メイは私とお姉さまの仲を邪魔しない、どころか、ずぶずぶにすると誓いましたね?」


「はい、誓ってずぶずぶにいたします」


「ね、ねぇ……ずぶずぶって何? あんまりいい意味ではなくないですか⁉」


 私の抗議を完全に無視して、二人は続ける。


「いいでしょう。メイはずっとソファで寝るのですよ。そして私とお姉さまは毎晩ベッドでずぶずぶです。ふふ……これでお姉さまはソファを塞がれ、逃げ場がなくなります……意外といいじゃないですか、三人暮らし」


「流石、アリシアお嬢様。聡明なこと世に並ぶ者はございません。でもどうでしょう、私もベッドに入って三人で、というのは」


「それは許しませんよ! 使用人風情が、恥を知りなさい!」


「あぁっ……申し訳ございません! 使用人風情のわたくしめがっ……恐れ多きことを……はぁはぁ……」


「何……この状況? 頭痛くなってきました」


 王女様モードに入ったアリシアと、変態従者モードに入ったメイの間で、私はこれからの生活に頭を悩ませた。


「しかし、手狭は手狭、ですよね、お姉さま」


「それなんですけど、実は考えがあります。すぐには難しいですが、三人でもゆったり暮らせるように考えてみますよ」


 アリシアとメイは首を傾げたが、私はその企みを隠しまま、得意げに微笑んだ。ちょうど今やっている研究を応用して、どうにかできないかと考えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る