第32話 メイドの要望
「本っ当に……! ありがとうございました! ご迷惑をおかけしました!」
「いえいえ、もともと使っていなかった部屋ですから。それに、ドラゴンの件でお礼もできていませんし」
私は前世の癖で、深々と頭を下げた。町長のアルトンは、私が部屋を貸してもらったお礼を言うと、そう言って謙遜した。
「いえいえいえいえ……あれは勝手にやったことですし、お礼もすごく沢山いただいているみたいで……」
私は久々に人を警戒せずに、ただひたすら心から町長にお礼を言った。
町長が部屋を貸してくれたおかげで、私たちはゆっくり話し合うことができたし、アリシアを説得することもできたのだ。街の人が教えてくれたおかげでアリシアを見つけることもできたし、白森の街の人々には感謝してもしきれない。
それから、私はアリシアの杖を借りて、魔法を使って傷を塞いだ。流れ出て時間のたった血が体内に戻ってくるわけではないので、しばらくは貧血が続くだろうが、それでも見た目上は何事もなかったかのように腕の傷は消えた。
その後ようやく、私たちは久しぶりに箒に二人乗りして、森の小屋へと帰った。
多くは言葉を交わさなかったが、連れ帰ったアリシアの身体を抱くように箒に乗っているだけで、そのぬくもりで心が溶けてしまいそうだった。
すっかり夜も更けていたが、小屋に近づくと明かりがついていた。ゆっくりと降下して、二人で小屋に入ると、なんと綺麗にお辞儀をして、メイド服姿のメイが私たちを出迎えた。
「お帰りなさいませ、お嬢様方。ご帰宅を心待ちにしておりました。夕食の支度は済ませております」
「え、えぇ?」
私はメイのその仕草や言葉にも驚いたが、さらに驚いたことには、メイとの激戦でボロボロになっていたはずの居間が、すっかり綺麗になっていたのだった。むしろ元の状態よりも本や実験器具が丁寧に整頓されている。
「綺麗になってる……」
「メイ、お姉さまから聞きましたよ! 誰にも言わず、私を心配してきてくださったんですってね!」
アリシアはそう言いながらメイに駆け寄って、勢いよく抱き着いた。アリシアが落ち着いてから、私はメイと話した事を伝えていたので、メイがアリシアを王城へ連れ戻しに来たという誤解も既に解けていた。
「ええ。お嬢様の先生に、意地悪をしてしまい申し訳ございません。しかし、間違いなく、お嬢様をお守りできるだけの力と度量を持った方だと確信いたしました」
「当たり前です。マリーお姉さまは、美しくて強くてドジで可愛くて完璧なんですから。試す必要なんてないんですよ」
「ええと、あれ? ……なんか今、一個だけ悪口入っていませんでした?」
私は二人が仲睦まじく話すのを見て満足していた。リリア王女以外にもアリシアのことを心配している人がちゃんといて、そんなメイとアリシアは嬉しそうに話している。アリシアは私が居なくたって、本当のひとりぼっちではなかったのだ。
「……それに、思いがけない収穫もありました。マリー様」
「へ、何? わ、私?」
突然メイはアリシアから離れると、いつもの感情の読めない表情のまま、つかつかとこちらに歩いてきた。
「見つけました。私が生涯仕えるべき、ご主人様……いえ、お嬢様を。どうか、私をここに置いてください。マリーお嬢様」
「っ⁉ どうしてそうなるんですか! メイはアリシアのメイドでしょう?」
しかし、アリシアの方を見ると何故か、うんうん、と腕を組んで満足げに頷いている。
「この最強美少女メイドの私を、あろうことか身動きできないように縛り上げ、心胆から寒からしめるような脅し文句を言ってのけたマリー様に……私は心を奪われてしまいました。普段は気弱そうに見えるのにそのギャップと言ったら……ふふ……いけません、思い出しただけでぞくぞくと……」
メイは軽く目を閉じて、ぶるぶると身体を震わせた。どこか恍惚とした表情を目にして、私は別の意味で震えて、アリシアに助けを求める。
「アリシア⁉ この人、変です!」
「ええ、お姉さま。メイは昔からずっと変なんです。滅多に失敗しないくせに、失敗した時に叱りつけるとすごく嬉しそうにするんですよ。気持ち悪いですよね!」
普段からは想像できない辛辣な言葉を平然と吐きながら、アリシアは爽やかに笑う。
「き、気持ち悪いだなんて、そんな……! アリシア様……そんな畳みかけるようにっ……いけません!」
しかしメイはアリシアの厳しい言葉に一段と身体を揺らしながら、頬を染めた。私が途方に暮れていると、アリシアはメイのことを説明し始めた。よくよく考えれば、私は戦って少し話した程度で、アリシアとメイがどういう関係かも深くは知らないのだった。
「メイは元々、裏社会では伝説的な暗殺者で、お父様が小国が買えるほどの値段を提示して、私の護衛兼、従者を務めるようにと依頼したのです。私が襲われた日には、たまたま、お父様の指示でお兄様の護衛をさせられていたのですが……もし私のそばにいたら、全員を一人で撃退していたでしょうね」
「確かに強かったけど、今の光景を見ているとそんなにすごい人には見えないんですけど……」
「まあ、マリーお嬢様……激怒していなくても、結構言ってくださるではないですか……」
はぁはぁと呼吸を荒くしてメイは口を手で押さえている。相変わらず表情は人形のような無表情であることが、一層不気味さを引き立たせている。
メイは、ここに置いてくださいと言った。つまり、それを了承すればアリシアと三人暮らしになるということだろうか。
「う、うーん……でも、せっかく、その……」
「まぁ、お姉さま!」
私が言いたいことを言い出せずにいると、アリシアはそれだけで察したのか、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。どうやら思っていることは同じらしい。つまり……
「私と二人っきりなのを、邪魔されたくないんですね⁉ そうなんでしょう? お姉さま!」
「そ、その……そうです、けど」
そうそう大声を出して言えないようなことを、アリシアは嬉しそうに全部言ってしまった。顔が熱くなるのを感じ、私は目を逸らした。
「ご安心ください。お二人の淫らでふしだらな私生活のお邪魔はいたしません。むしろ、よりずぶずぶな関係になれるよう、ご協力いたしましょう。私はたまに、マリー様に罵っていただければ、それを栄養にして生きていきます。幸い、お金には困っておりませんので」
メイの全くもってよくわからない計画を聞いて、アリシアはなぜかぱぁっと顔色を明るくした。
「え、えぇ? 私たちのその……関係を後押してくださるんですか? えぇ~、どうします? お姉さま。そうなると話は変わってきますわね?」
アリシアは頬を押さえて身体をくねらせながら、突然メイに篭絡され始める。
「いやいや、変わってくる要素無かったですよ! 何を言っているんですか? 頭大丈夫ですか?」
「あぁっ! その罵倒……! その調子です、マリーお嬢様!」
「あ、私も! 今、私も一緒に怒られましたよね? 私も今、ちょっと新鮮でした!」
メイに続き、アリシアまでもが、挙手をして微細な被虐的快楽を訴えはじめた。ひどいことを言うつもりは無かったのだが、メイのペースに乗せられると、思わずそうすべきと思ってツッコミを入れてしまう私がいたのだった。
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