第30話 街の人々
ソファに座り、ぐらぐらと揺れて働かない頭をなんとか動かし、私はメイと話をした。
「まず、王国の命を受けてここに来た、と言いましたが、あれは嘘です。アリシア様がここにいることも、私がここに来たことも、王国の誰も知りません」
「は、はぁ?」
私は耳を疑った。メイは私に最初に言ったことから、嘘だったという。
「アリシア様の安否を気遣い、個人的に、私が探していただけです。すると何やら、辺境の白森の街で白魔女マリーとアリシアという弟子が、ドラゴンを撃退したなどという噂が耳に入りました……全く、本名を名乗るなんて。あり得なさ過ぎて、かえって無関係な人かと思いましたよ」
「う……あれのせいで。やっぱり余計な仕事をするものではありませんね……」
目立つ行動をしたら当然、すぐ噂が広まる。転生者とバレないよう誰とも関わらず森でひっそり暮らしてきたのは、やはりそれほど間違ってはいなかったのだろう。
「まぁ、アリシア様は困っている人を放っておけませんから。しかし、その後あなたに話したことは事実です。もし今後アリシア様が見つかって、マリー様が匿っていたとわかれば、マリー様が陥れられることは必至。実際、アリシア様お付きの魔女は心を病んだ上に、アリシア様を守れなかったかどで牢に入れられています。魔女の扱いなどそんなものです」
「ひどいものですね……」
「まあ、そんな背景もあり、少し試させてもらいました。そんな危険を犯してまで、アリシア様を匿う覚悟がおありなのか? またアリシア様を守るだけの実力を持っているのか? その二つを」
「私を試したっていうんですか? それにしてはすっごく……痛いんですけど」
私は布で止血されている腕を押さえながら、その仕打ちを訴えた。誰かを試すにあたって、実害を与えていたらそれはもう試練ではない気がする。
「それはちょっと白熱しすぎてしまいました……ごめんなさい。魔法で治せますか?」
「杖が折れたので……繊細な魔力操作には、杖が無いと……」
「……ごめんなさい」
「いえ……話を続けてください」
横になっていると、すこしずつ気分がマシになってきた。とにかく早く回復して、アリシアを迎えに行かなくては。
「転生者……ということであれば、私なんかよりよっぽど力がありましょう。アリシア様を守る能力にも疑念はございません。もしそれに値しないのであれば、私がアリシア様をお守りするつもりでした。例え、アリシア様が放浪の旅を選択されるとしても、です」
メイは、個人的にアリシアの安否を気遣い、守るためにわざわざ駆け付けたということらしい。始めの印象からは違いすぎて、私は理解が追い付かなかった。
「ほとんどの転生者は、西方諸国との戦争に駆り出されています。転生者たちは一騎当千の活躍と聞いておりますので、『軍団一つ引き換えに』というのも、あながちこけおどしではないでしょうね」
「それははったりですよ、さすがに」
「いえ、本気でしたよ。でなければ……ふふふ……あんなにゾクゾクしませんので……」
メイはそう言いながら、口の端を腕で拭った。何故嬉しそうなのかはさっぱりわからず、ぞわぞわするのはこっちの方だと思った。
「とにかく、私はマリー様。あなたを信頼することにしました。ですから、アリシア様の間のことを、もう邪魔はしません。一つだけ条件がありますが……まあそれは後ほどでいいでしょう」
「何それ……今言ってよ」
「いえいえ、もう迎えにいかねば、時間が無いのでは? そろそろ動けますか?」
「そうですね……とにかく、急がないと」
私はメイに助け起こされて、ソファから立ち上がった。何とか歩ける。移動は箒だから問題ない。
メイと一緒に、玄関まで歩く。メイは扉を開けて私を外に通すと、それを探す私に応えるように、いつの間にか手にしていた箒を差し出した。
「あ、ありがとう……」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
メイはうやうやしく礼をした。それは相変わらず、人形のような完璧な所作だった。
私は箒に乗り、空に飛び立った。
林道に沿う様に箒を飛ばしたが、なかなかアリシアは見つからない。焦る気持ちで急ぎ箒を飛ばし、見落とさないように白森の街への道を飛んだが、アリシアは見つからなかった。
時間的に、まだ白森の街へはたどり着いていないはずだ。だとしたら、林道を見落としたのかもしれない。道の中央を歩いていればはっきりと姿が見えるが、脇を歩いたり木陰で休憩していたら、上空からでは見つけられない。
それならば、ここから再び林道を引き返して探すよりも、白森の街で待ち構えていたほうがすれ違う可能性が減る。そう考え、私は箒の高度を下げて、白森の街の南門のあたりに着地した。
久しぶりに街に来たことで、街の人々は物珍しそうに私の方を見ている。その様子を見て、もしかしたらアリシアが既にここへ来て、去ったのではないかと私は不安になった。
「あ、あの……」
普段だったら躊躇うが、迷わず私は露天商に声をかけた。
「おぉ! 白魔女様じゃないか。街に顔を出すのは久しぶりだなぁ」
頭にオレンジの布を巻いた、少し小太りでいつも笑顔のおじさんは、丸いパンに何かのお肉と野菜をはさんだ、サンドイッチかホットドッグのような食べ物を売っている。よく街の南側で店を出しており、正直、一度食べて見たかったのだが、どうにも気恥ずかしくて今まで寄ることができなかった。
でも、今はそんなことを言っている場合ではない。アリシアのために、手段は選んでいられないのだ。たとえそれが、自分が最も苦手とすることであっても。
「い、いえ、その、すみません。アリシアを見ませんでしたか? 金髪の可愛い女の子なんです。いつも目がキラキラしてて……きっと剣を腰に差しているはずです」
「そーんな説明しなくったって、アリシアちゃんのことはみんな知ってるよ? アリシアちゃんなら、しばらく前に南門から出てったよ。白魔女様の小屋に帰ったのかと思ったが、違うのかい?」
「そ、その後! その後です。戻ってきていませんか?」
アリシアはここ、白森の街で品物を受け取り、一度小屋に帰ってきて、私とメイを見てから再び小屋を飛び出して、再び白森の街へと向かったはずだ。そう考えると、かなりの移動距離だ。きっと疲れているだろうと、とぼとぼ歩くアリシアを想像して、鼻の奥がつんとした。
「いやぁ? 見てないね。見たらきっと気づくはずだよ。今日は客も少なくて、暇だしね」
「そ、そうですか。じゃあ、きっとまだ…………っ?」
景色が揺れる。身体から力が抜ける。血が足りないって、こういう感覚だ。ただ立って話をするという普通のことがまともにできず、鬱陶しい。
「お、おい! 大丈夫かい? 顔色が悪いぞ、白魔女さん!」
「う……だ、大丈夫。大丈夫です。アリシアを見かけたら、引き留めておいてください。私が迎えに来ると、絶対行かせないで」
「あ、あぁ。それは構わないが、何かあったのか? 腕も怪我しているみたいだし……」
「いいから、お願いしますね……」
「……なあ、みんな、あんたを信頼してる。助けてあげたいとも思ってるさ。たまには人を頼ったらどうだ?」
急に、いつもの営業スマイルではなく真剣な表情で、おじさんはそんなことを言う。
弱った心には突き刺さる。街の人たちは、びっくりするくらいいい人ばかりで、本来、私が避けるべき人たちではないのだ。それはわかっている。避けるのは私の……心の問題だ。
「……嬉しいです。そう言ってもらえて。ではやはり、アリシアが来たら、私を信じて留め置いてください。私は、決してアリシアを傷つけたりしませんから」
「……そうかい。それなら、アンタを信じよう。約束するよ」
「ありがとう……ございます」
弟子が逃げ出したので、先生が先回りして、弟子を逃がさないように! と人に言ってまわったとしたら……一部の人はこう思うだろう。虐待か、あるいは監禁か。人里離れて住んでいる魔女なんて、そんなことをする筆頭だ。
しかし、露天商のおじさんは信じると言ってくれた。アリシアを気遣って逃げる手助けなんて、しないでいてくれるだろう。私は少しほっと落ち着いて、街の中心へと進んだ。そして通りに面している店に入っては、アリシアが通らなかったかと聞いてまわった。
私がずっとこの街の人々を避けていたというのに、予想外にも、みんな親切にアリシアのことを教えてくれた。アリシアはみんなから愛されており、私のいい話を街の人にしてくれていたようだった。あの子がこんなところまで来てまで、私の話をしていたなんて。私はさっぱり知らなかったのだった。
しかし、何軒かで話を聞いたところ、アリシアが戻ってきたようなところは見ていないという。
「やっぱり、戻って来てはいない……それなら、南門で待とう……」
歩けば歩くほど、呼吸が荒く、視界が一瞬暗くなるような気持ち悪さを感じる。おそらくもうあまり、動けない。ここで倒れたら、本末転倒だ。アリシアを行かせてしまうことになる。私は南門の前に戻り、先ほどの露天商のところへ歩いた。
「まだ来ていないよ、アリシアちゃんは。それより休んだ方がいい。足取りが危ないよ」
「ごめ、なさい……ちょっと、疲れました……」
私は露店の台に寄りかかって、息を整えた。自然と瞼が下りてくるのがひどく邪魔くさくて、一度目をぎゅっと閉じてから開くと、今度は視界が霞んだ。
「ミートサンドでも食べるかい? 元気が出るよ」
「今は、無理……今度、買いに来ます……」
「そりゃあ嬉しいね! いつもチラチラ見るのに、寄ってくれないんだから!」
「き、気づいてたんですか?」
「みんな案外、人のこと見てるもんだよ。アンタに限らずだ。だから特別ってわけじゃない。アンタはいたって普通の、お客さん候補の一人だ」
「ふ……そうでしたか……いつも自意識過剰、ですよね、私」
「まあ……気にしてるときほど見られてなくて、気にも留めてないときに見られてるもんさ、人ってのは」
「はは……それは……意識するだけ無駄な努力っていうものですね……」
「そういうもんだ。おっ……来たぞ! アリシアちゃんだ!」
そういう露天商は、言葉に反して誰も彼も行く人全員を気にして見ているようにしか思えなかった。南門からまだしばらく距離のある所を歩いていたアリシアを、すぐに見つけてみせたのだ。
「アリシア!」
私は遠くにその金髪の少女のシルエットが微かに見えると、自分でも驚くほどの声で叫んだ。
「お、おい! あんまり無茶するなよ!」
私はそんな心配の声も耳に入らないまま、アリシアの方へ必死で走った。
街の人の目も気にせず、大して速くもない足で、南門を抜ける。
やたらと、息が、し辛い。
バランスを崩したのを感じる。視界が土だけになった。
駄目だ、意識を失うな。
今倒れたらアリシアが行ってしまう。
あと一歩……あと一歩で話せるのに。
「あ゛……」
その時、明滅するように視界を塞いでいた黒い影が一気に広がり、景色が暗転した。
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