25. 未確認狂乱生物
ラートン・クーア、15歳。
教会で暮らす元気で活発な男の子。
背が高く、その明るい茶髪はいつもきれいに整えられている。
シスターの深い愛情に包まれて育てられ、酒好きな神父の豪快な生き方を尊敬し、アヴェンやエイシーと仲良く笑いながら野原を駆け回り遊ぶ。
何の変哲もない普通の少年。
「血縁者なんて一人もいなかったから、家族っていうのがどんなものか気になってね」
その少年の額に突如現れた漆黒のひび。
「体験してみたくなったんだよね。なにしろ退屈してたもんだからさあ」
そのひびは少しずつ下へ下へと伸びていく。
「1000年前に生まれて、500年前にあのクソ女に封印されて、最近やっと出られたんだよ」
額から鼻筋、唇、顎――
「でも他のやつらはまだ眠りについたままだし、退屈で退屈で……」
喉仏、鎖骨、胸骨――
「そんなときふと目にしたんだよ、丘の上でピクニックしてる家族をね。そしたらそれが気になって……」
鳩尾、へそ、下腹――
「気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって……」
パキパキパキパキパキパキと――
「たまらなかったんですよねええええええええええええ!!!!!」
ラートンではない何か。
真っ黒な目を引きちぎれんばかりに開き、口が裂けるほど口角をつり上げ、体をガクガクブルブルと震わせ、急変した口調で甲高く叫び、そして――
バキャッ
体が真っ二つに裂けた。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
楽しそうに響く笑い声。
まるで虫が脱皮するかのようにラートンの表皮を脱ぎ捨てて、中から2つの物体が飛び出してきた。
「いひひひひひひひひひひひひ!!! おひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょ!!!」
一つはスライムのようにうねうねと形を変える黒い流動体。
笑い声に呼応するように、激しくその形態を変化させる。
球体、円柱、立方体、楕円形。
目まぐるしく形を変えながら、ときに棘が生えたり陥没したり、膨らんだり縮んだりと、常に不気味にうごめいている。
「うふふふふふふふふふふふふふふ!!! えへへへへへへへへへへへへへへへへ!!!」
もう一つは白い仮面。
目のような二つの黒い丸と、口角のつり上がった口のような三日月型の模様が施されている。
仮面の縁からは、上下左右、右上、右下、左上、左下の方向に、棘のような突起が伸びている。
「なはははははははははは!!! けひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
パサッと乾いた音を立てて倒れるラートンの抜け殻。
その上で、黒い流動体と白い仮面がクルクルと回っている。
その異様な光景に、周りにいた人々が催し物と勘違いして集まってくる。
「なんだ……これ……ラートン……ラートンは……!?」
引き裂かれたラートンの体。
宙を舞う謎の物体。
響き渡る笑い声。
理解しきれない出来事の連続に、アヴェンはその場に座り込んで頭を抱えた。
「なんなんだよ……!? 何が起こってんだよ……!? ラートンは、今までずっと一緒に暮らしてきた、俺の家族で……」
「ラートン!!! 良い名前ですねえ、ラートン!!! しかし残念なことに!!! ラートンという人物はこの世のどこにも存在しません!!! なにせ、私が生み出した虚構の概念ですからねええええええええ!!!!」
頭がおかしくなりそうな甲高い声。
ラートンから出てきた何かは、すでに容姿も声も性格も、ラートンのものではない。
すると、急に黒い流動体は動きを止め、高さが3メートル程の円錐形になった。
その先端は尖っておらず、ヤスリで削ったかのように丸みを帯びている。
その丸く滑らかな先端に、白い仮面がくっついた。
その様はまるで、仮面をつけ黒いローブを羽織った背の高い大男。
「15年前、私は生まれたての赤子の振りをして小さなカゴに入り、教会の入り口の前ですやすやと可愛らしく寝ていました。それを見たシスターが私を拾い、絶望よりも深く希望よりも尊い愛情で私を育ててくれたのです」
急に落ち着いた声音で淡々と語り始める謎の生命体。
すると唐突に、体だと思われる黒い円錐形から、黒い流動体の一部が分離し左右に分かれた。
右側に移動したものは右腕、左側に移動した物は左腕の形に変化する。
「10年前、あなたとエイシーが孤児院に加わり、教会は一層賑やかになりました。私は嬉しかったですよお、二人も家族が増えたのですから。おままごとと呼ぶにはあまりにもリアル、しかしファミリーと呼ぶにはあまりにも異質。それでも私は本物の家族だと思って大切に大切に、それはもおおおおおお大切に日々を生きていたわけなんですよ」
その生命体は音もなくゆっくりと、放心しているアヴェンに近づいた。
「ですが、もうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもう」
その不気味な仮面をグググッとアヴェンの顔に近づけ、じっと見つめるように二つの黒い丸をアヴェンの目と合わせる。
「飽きました」
左右の黒い腕が、指をぐちゃぐちゃとひっちゃかめっちゃかに動かしながらアヴェンに迫る。
右腕はアヴェンの顎へ、左腕はアヴェンの頭へ。
「飽きたんです! 飽きてしまったのです!! 飽きが来てしまったのです!!! この平穏な生活に、この刺激のない日常に、飽きて飽きて飽きて飽きて、体が真っ黒なお花になってしまうのではないかと本気で危惧しました!!!!」
スライムのような両腕がアヴェンの顎と頭をガシッとつかみ、ガクガクと激しく揺さぶった。
「そのとき思いついたのです!! 今まで共に暮らしてきた家族の前でラートンが震えながら脱皮したら、さぞかし愉快な反応を示してくれるのではないかと!!! そうすれば私は、真っ白なお花に戻ることができると!!!!」
アヴェンを揺さぶっていた手を止め、その生命体はアヴェンの顔をじっと見た。
「だというのに何ですかこの反応は!!! 現実を理解できず、事実に目を向けず、今日結実するはずだった私の堅実なサプライズを、こうも不実に踏みにじってくれようとはああああああああああああ!!!!」
アヴェンのあっけにとられた顔を見て、怒りと悲しみの叫びを上げる。
「私は悲しい!! 私は怒っている!! 私にこんな悲痛な感情を味わわせたあなたを、心底見損なっていることにまだ気付きませんかこの薄情者めがああああああああ!!! あなたに少しでも同情の心があるのなら、ほんの少しでもその骨と皮の中に脳みそが詰まっているのなら、私に喜びを与える反応を示しなさい!!! 今すぐに、今すぐにいいいいいいいいいいいい!!!!」
発狂する生命体。
アヴェンは悪夢のような現実を受け入れられず頭が混乱するなか、何とか声を絞り出して言葉を紡いだ。
「……お前は…………誰だ……………」
小さくかすれた声で放たれたアヴェンの問い。
「ああ、忘れていました」
それを受け、生命体はパッとアヴェンの顔から手を離す。
その声からは、先ほどまで爆発していた怒りや悲しみが一切感じられない。
「名乗らせていただきます。ええ、それはもう丁寧に名乗らせていただきますよおおおお。私は魔神ギルド《
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