24. 異変
「勝負勝負勝負勝負勝負勝負!!! いい加減勝負しなさいよ!! この頑固者!!」
「うるせえ!! 毎度毎度でけえ声張り上げやがって、しつけえんだよ!! あのときの決闘で決着は着いてんだろうが!!」
「嘘でしょ!! 今日も勝負してくれないの!?」
「そう言ってんだろ!! さっさと帰れ、野蛮勇者!!」
今日も今日とて、ユリシラが肩を落とし帰っていく。
「マジでしつこいな……。あいつに諦めっつう感情はないのか……?」
いっそのこと勝負を受けた方がいいのかとも考えたが、十中八九勝敗は変わらない。
きっとユリシラの勝負コールがさらに強まる結果になってしまうだろう。
すると、シスターがアヴェンに近づき、ため息をついた。
「もうアヴェンちゃんったらまた素っ気ない態度をとって……。女の子の誘いは何度も断るものではないですよ。あんなに情熱的に誘ってくれているのに……」
「だから違えっつうの……。確かに情熱的ではあるけど、あれはシスターが思ってるような甘ったるいもんじゃねえんだよ……」
ユリシラのそれは甘酸っぱい恋愛感情などではなく、激辛の燃え上がるような戦闘欲だ。
アヴェンも戦闘欲はある方だが、ユリシラの実力はすでに知れているため、あまり興味はそそられない。
確実に勝てる相手と戦っても、自身の成長には繋がらないだろう。
「どうせ戦うなら、アードロンがいいな……」
アードロンの実力は、いまだに底が知れない。
今のアヴェンの力を持ってしても、アードロンの本気を引き出せるかはわからない。
ならば、そんなアードロンを従える神とは、どれほどの強さなのだろうか。
もはやこの世の理を超えた、理解不能な存在なのではないか。
「神ともいつか、戦ってみてえな……」
そんな取り留めのないことを考えていると、シスターが何かを思い出したようにパンッと手を打った。
「そういえば、もうすぐアヴェンちゃんの誕生日ですね! 何かほしいものはありますか?」
「誕生日か……」
アヴェン自身も忘れていたが、あと1週間ほどでアヴェンの11歳の誕生日だ。
「ほしいものは特にねえよ。例年通り、シスターの手作りケーキが食えりゃそれでいい。この教会に金がないのはわかってるからな」
「そうですか……。今年こそは何か買ってあげたかったんですけど……」
こんな田舎町の教会に、潤沢な資金などあるわけがない。
子供を3人養うので精一杯だ。
それに、ここでの平穏な暮らしがあれば、アヴェンはそれで満足だった。
「そうだ! それなら町で開催されているお祭りに行ってきてはどうですか? エイシーちゃんは町のお友達と行くと言っていましたし、私は二日酔いでまともに動けない神父様の様子を見ていなければならないので、ラートンちゃんと2人で!」
「俺とラートンは町に友達なんていねえから、必然的にそうなるよなあ……」
「そんな暗い顔をしないでください。せっかくのお誕生日ですから、お小遣いは弾みますよ!」
「わかった。それじゃあ、お言葉に甘えて行かせてもらうよ」
アヴェンはシスターにお小遣いをもらった後、外に遊びに行ったというラートンを探しに行った。
しかし――
「あいつ、どこ行ったんだ?」
目ぼしいところを探してもなかなか見つからない。
ラートンは普段遠くまで出かけることはないため、アヴェンは言い知れぬ違和感を感じた。
何か事件に巻き込まれでもしたのか。
不安がだんだんと大きくなり、アヴェンの額を汗が伝う。
可能性は低いと思われたが、捜索範囲を広げて、前にアードロンが連れて行ってくれた町が一望できる崖の上にも行った。
するとそこに、町の方をぼうっと見つめながら突っ立っているラートンがいる。
「ラートン……! やっと見つけたぜ。まさかこんなとこまで来てるとは思わなかった」
健在なラートンの姿に、アヴェンはほっと胸をなで下ろした。
その声に反応して、ラートンはパッとアヴェンに顔を向ける。
「あれ……?」
アヴェンはラートンの顔を見て違和感を感じ、眉をひそめた。
妙に青白く、生気がない。
目は小刻みに揺れ、どこに焦点を当てているのかわからない。
口を開き呼吸をしているはずなのに、肺が膨らんでいるように見えない。
今見ているものが本当にラートンなのか。
そんな恐怖にも似た違和感を覚え、アヴェンは一度目をつぶって頭を軽く振った。
森中を探し回った疲れで視界がぼやけているだけだろう。
そう思い直し、ゆっくりと目を開ける。
「よおアヴェンどうしたんだ、そんなに疲れた顔して」
そこにいるのはいつもと同じ元気なラートン。
その姿には何の違和感もない。
やはり疲れが原因だったようだ。
アヴェンは安心してラートンに近づく。
「シスターに小遣いもらったから、一緒に町の祭りに行こうと思って探してたんだよ」
アヴェンの言葉に、ラートンは笑みを浮かべて頷いた。
「祭りか……。なるほど、ちょうどいいな……」
「ちょうどいいって何がだよ?」
「いや別に、そろそろかなと思ってただけだよ」
「俺から祭りの誘いがそろそろ来ると思ってたのか?」
「そうそう、そういうこと」
何だか噛み合わないラートンの言葉に疑問を感じつつも、それをかき消すようにアヴェンのお腹がグーッと鳴った。
「俺、腹減っちまったよ。早く祭りに行って、屋台で食いもん買おうぜ」
「ああ、そうだな。俺ももう限界だ」
アヴェンはお小遣いの半分をラートンに渡し、二人で町の方に降りていった。
大通りにはレンガ造りの家々が立ち並び、その前には大量の屋台が連なっている。
この町は比較的小さい町だが、祭りの日だけは都にも負けない活気を放つことで有名だ。
多くの人々が往来し、その顔は全て笑顔で満たされている。
「相変わらず、祭りの日だけは気合入ってるよな……!」
凄まじい活気に圧倒されるアヴェン。
「年に一度の祭りだからな!」
ラートンも興奮を顕にする。
二人は屋台を巡り、お小遣いを全て使って食べ物にくじ引き、射的に金魚すくいと、祭りをありったけ楽しんだ。
まるで異世界に迷い込んだような不思議な感覚。
普段とは違う非現実的な空間に心をつかまれ、祭りを目一杯満喫する。
「久し振りに町で遊べて楽しかった。大満足だ!」
アヴェンは満面の笑みを浮かべ、ラートンの方を見た。
「ああ、もう十分満喫したよ……」
ラートンの目には喜びと、わずかな寂しさが見て取れる。
「15年間、本当に楽しかった」
遠くを見つめ、ラートンは静かにつぶやいた。
「それは……どういう意味だ?」
言葉の意味がわからず聞き返すアヴェン。
しかし、ラートンはアヴェンの問いを無視して数歩前に出る。
アヴェンからは、ラートンの顔が見えない。
「教会での暮らしは本当に楽しかった。シスターも神父も優しく厳しく俺を育ててくれて、エイシーとはよく喧嘩したけど、喧嘩するほど仲が良いって言うだろ? それで、最後にはアヴェンともこうして祭りに来れて、文句のつけようがないくらい楽しい日々だった。でも……」
ラートンがバッと振り向く。
まるで夜の闇のように、その目は真っ黒に染まっていた。
「家族ごっこはもう、飽きちゃった」
パキッ
枝が折れるような軽快な音とともに、ラートンの額に黒いひびが入った。
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