23. 勇者の撃退法

「アヴェン・ロード、今日こそはあなたに勝ってみせるわ!! 私と勝負しなさい!!」


 ユリシラとアヴェンの決闘が行われた日の翌日、教会の入り口から元気のいい勇者の声が響いた。


「あいつ、マジで来やがった……!」


 朝一番とは思えないほど威勢の良い声を張り上げ仁王立ちするユリシラ。


 その姿を見て、口に運ぼうとしていた朝食の目玉焼きを皿に戻し、アヴェンは頭を抱えた。


「あら、誰かしら? かわいらしい子ね」


 シスターが首をかしげながらもユリシラの愛らしさに思わず微笑む。


「なんか、アヴェンを呼んでるみたいだな」


「アヴェン、誰ですかあの人は?」


 ラートンとエイシーも食べる手を止めて入り口の方を見る。


 すると、神父が酒の入った湯飲みを机に叩き付けるように置き、口を開いた。


「ついに彼女ができたかアヴェン!! わしは嬉しいぞ、まさか、ぶっきらぼうなお前を好いてくれる心優しい女性が現れるなんて!! 絶対に手放してはいかん!!」


「違えよ、あんな戦闘狂を彼女にするなんて意地でもごめんだね。多少顔が良くても、朝っぱらから人の食卓を邪魔するような世間知らずじゃついていけねえよ」


 すると、ラートンが横からアヴェンの肩を小突いた。


「とか言って、満更でもないんじゃねえの? 無愛想なお前にこんなにアピールしてくれるやつなんてそうそういねえぞ。正直になれよ」


 そこにエイシーも加勢するように口を挟む。


「そうですよ、アヴェンはただでさえ目が尖ってて怖いんですから、女の子には優しくしないと一生独り身ですよ」


「お前ら、俺をなんだと思ってんの?」


 実際、ラートンとエイシーが言っていることは正論だ。

 アヴェンの性格上、恋愛はあまりにも向いていない。


「アヴェンちゃんは素っ気ない態度を取ることが多いですからねえ。その不器用さが裏目に出ないうちに彼女をつくっておいた方がいいんじゃないですか?」


「シスターまでそんなこと言うの!!?」


 アヴェンはグッと眉間にしわを寄せて立ち上がった。


「そもそも俺とあいつの間には何もねえんだよ! あいつに関わったのもほとんど事故みたいなもんだしな! これからそれを証明してきてやる!!」


 そう言ってアヴェンは、食卓に並んでいるトルーラの実をつかんだ。


「エイシー、これ1個もらうぞ」


「はい、どうぞ……?」


 トルーラの実は、おそらくこの世でエイシーしか食べることのできない、とんでもなく臭い果実だ。

 その激臭は下手をしたら気を失うレベル。


 それを持ってアヴェンは、ユリシラの方に歩いて行った。


「やっと私と戦う気になったのかしら! さあ表に出なさい、そこで今度こそあなたに完膚なきまでの敗北を味わわせてあげるわ!!」


「その前にちょっといいか。ユリシラ、こっちに顔を向けてくれ」


「え……なによ……?」


 怪しみながらもユリシラはアヴェンの顔を見る。


「よし、じっとしてろよ」


 アヴェンはそっと片手をユリシラの頬に添えた。

 白く透き通るようなユリシラの肌に、アヴェンは優しく触れる。


「な、何するのよ……! え、本当に、なに……!?」


「そのまま目をつぶって、口を少しだけ開けてくれ」


 ユリシラは指示通りに目をつぶる。


「ちょっと待ってよ、私とあなたの間には何もないって、さっき言ってたわよね!? なのに、なんでこんなこと……!?」


「いいから、顎を上げて口を少し前に出せ」


「え……待って……まだ覚悟が……!?」


 ユリシラは唇を震わせながら、頬を真っ赤に染める。

 アヴェンの手から伝わる温もりがくすぐったくて、頭がピリピリとしびれる。


 何も見えないなか、唇に意識を集中させユリシラは覚悟を決めた。


 ユリシラにとって、人生で初めてのキ――


「おらっ!!」


「!!!?」


 その瞬間、アヴェンはユリシラの口にトルーラの実をねじ込んだ。


「んんんんんんんんんんんんんん!!!!!?」


 ユリシラにとって、人生で初めてのキスは、この世のものとは思えないほどの狂気的な刺激臭を伴う地獄の口づけだった。


「ん!? んん!? んんんんんん!!? んーーーーーーーー!!!?」


 悶絶しながら転げ回るユリシラ。

 その顔はさっきとは打って変わって真っ青だ。


「んんんん……んんんんんんん……!?」


 ユリシラはもがき苦しみながら、ふらふらと倒れそうなる体をおさえて立ち上がった。


 そして、口を手で押さえアヴェンに指をビシッと突きつける。


「んんんん、んんんんんんんんんん!!!(明日こそは、絶対に勝負してもらうんだからね!!!)」


 声にもならない声で叫び、ユリシラは泣きながら全速力で帰っていった。


「これに懲りたら、もう二度と人様の食事の時間を邪魔するんじゃねえぞーーーー!!」


 帰って行くユリシラの背中に向けて叫び、アヴェンはふうっと息をつく。


 何とかしつこい勇者を撤退させることに成功した。


 アヴェンがその達成感に浸っていると、突然背後から凄まじい威圧感を感じて、バッと振り返った。


 そこには、指をボキボキと鳴らし怒りを顕にするシスター。


「女の子を泣かせちゃダメでしょ、アヴェンちゃん!!!!」


「これはやべえな……」


 アヴェンの額に冷や汗がにじむ。


 鬼の形相でアヴェンを睨み付けるシスターは、魔族よりも恐ろしい。


 その後、アヴェンはシスターにたっぷりと説教を食らうのだった。




 翌日――


「アヴェン・ロード、今日は絶対に勝負してもらうわよ!! もうあんな不意打ちは二度と食らわないんだから!!」


 律儀に食事の時間を避けて、再びユリシラがその声を教会に響かせる。


「はあ、まったく面倒臭えな……」


 アヴェンの日常がまた一つ、賑やかになった。

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