22. 友達がいる場所
真っ赤に目を腫らしたユリシラは、アヴェンの腕をがっしりつかんで、じっと目を合わせた。
「こんな屈辱を味わわされたのは初めてよ! このまま勝ち逃げなんて許さないんだから! レスタール騎士学園に来なさいよ! 来ないと許さないわ!!」
「おい待て! 俺は牢獄に行きたくねえから戦ったんだ! 貴族ばっかの学園になんて誰が好き好んで行くかよ!!」
ユリシラは頬をプクッと膨らませて眉をひそめる。
「ダメ!! 来てくれないとまた泣いちゃうわよ!! 私の体とプライドを傷つけておいてそのまま帰るなんて絶対ダメ!! 一緒に来なさい!!」
再び涙目になるユリシラの手をそっと握って、アヴェンは真剣な顔でユリシラを見つめた。
「ちょっと落ち着け。悪いが、俺はお前の思いに答えることはできない。一時の感情で抑えが効かなくなって、傷つけちまったのは悪かったと思ってる。でも、お前にはもっと良い鍛錬の相手がいるはずだ。他のSランククラスのやつらとかな。だから、気持ちは嬉しいけどお前と一緒には行けねえよ。ごめん……」
ユリシラの手をギュッと握り締めて、アヴェンは視線を落とした。
「なんで私が振られたみたいになってるのよ!!?」
「ごめんな、でも心配するな、お前はまだ若い。これからきっと幸せになれる」
「ちょっと待って、違うからね!? これ愛の告白じゃないわよ!! 何で私が失恋したみたいになってるの!!?」
アヴェンはユリシラから手を離し、悲壮感を漂わせその場を去ろうと――
「待つのじゃ。お主らは何をイチャついておる。儚く散った淡い恋情には同情するが、今はそれどころではないぞよ」
流れに任せてアヴェンが帰ろうとしたそのとき、学長が立ち塞がるようにしてアヴェンの前に現れた。
「ち、違います!! 恋情とか抱いてませんから!!」
ユリシラは顔を真っ赤にして焦り散らかしているが、学長はそれを無視してアヴェンに向き直った。
「アヴェン・ロード、お主の戦いぶり実に見事であった。約束通り、お主は無罪放免とするぞよ。それにしても、まさか我が学園の最高戦力である勇者を打ち負かしてしまうとは、さすがの妾も驚きを禁じ得ぬわ。あまりの驚愕に腰を抜かしてしまいそうじゃ」
「そんなふうには見えねえけどな……」
学長はフフッと笑って続ける。
「他の生徒たちも心底驚いておる。お主の力はやはり異常じゃ。ゆえに、ユリシラの提案を妾も後押ししたく思う。ぜひ、レスタール騎士学園に入り、その力を伸ばしてほしい。お主の強さは世界にとってあまりにも有意義すぎる。このまま腐らせるのは惜しい」
学長は両手を広げ、ニヤリと笑った。
「改めて、妾はレスタール騎士学園の学長、カヤノ・ホウジュ。将来有望な人材を迎え入れ、先の未来を支える有能な騎士を育て上げることに全てを捧げる教育者。妾の下でお主の有り余る力を磨き上げ、その名を世界にとどろかせる最強の騎士になりたいとは思わぬか?」
前世の二の舞にならないよう鍛え上げてきた強さ。
それを世界に見せつけるための完璧に整えられた環境。
輝かしい未来に続く道を先導する最高の指導者。
「妾なら、お主をさらなる高みへ連れて行くことができる。どうじゃ?」
その言葉に嘘はないだろう。
アヴェンが求めた強さがすぐそこにある。
手を伸ばせばつかめる場所に、確かにある。
しかし――
「その申し出はありがてえけど、断らせてもらうわ」
予想外の返答に、学長は扇子で口元を覆って目を細めた。
「ほう、それはなぜじゃ?」
アヴェンは少し寂しそうに笑みを浮かべる。
「俺には、俺の居場所があるからだ」
アヴェンがようやく手に入れた大切な場所。
大事な家族。
住み慣れた家。
そして、天上世界からやってきた、かけがえのない――
「その場所から離れるなんて、俺には考えられない」
そう言って、ユリシラと学長に背を向け立ち去るアヴェン。
「待ちなさいよ!! 私は絶対諦めないからね!! あなたが振り向いてくれるまで、何度だって挑戦し続けるわよ!!」
背後から聞こえるユリシラの声に、うつむきながら小さく笑うアヴェン。
そのまま足元を見つめながら歩いていると、見覚えのある黒いローブが視界の端に映った。
『 行ってもいいのですよ 』
アヴェンと向かい合い、アードロンは優しくささやく。
しかし、アヴェンは拳を握り締めブンブンと首を横に振った。
「確かに、あの学長の誘いに乗って学園に入れば輝かしい未来が待ってるだろうよ。前世の俺だったら、喜んで飛びついてたぜ……」
大切なものなど何もなかったあのときのアヴェンなら、二つ返事で学長について行ったことだろう。
「でも今の俺には、大切なものがたくさんある。やっと手に入れた大事な家族がいて、焦がれていた平穏な暮らしがあって、望んでも決して得られることのなかった幸せが、今の俺にはあるんだ……!」
いくら望んでも焦がれても、無慈悲に奪われてきた幸福。
やっとその手につかんだ、自分の居場所。
「それに、アードロン、俺はお前にまだまだ教えてほしいことがたくさんある。習うなら、お前からがいい……!」
『 なぜそこまで、私を……。 教育者としてはあちらの学長様の方がはるかに優れています 』
「違うんだ、アードロン。俺はお前のことを教育者とも神々の使者とも思ってない。俺にとってお前は、かけがえのない、たった一人の、友達なんだよ……!!」
アヴェンの目に、わずかに涙がにじむ。
『 とも……だち…… 』
「初めてできた友達なんだ! 前世ではそんなやつ一人もいなかった! 周りの人間は全員、自分が生きるために他人を蹴落としてほくそ笑むようなクズばかりだった! 俺もそうだ、俺も生きるために他人の物を盗んで、人をダマして生きてきた!」
そうしなければ生きられなかった。
そんな自分に嫌気が差していた。
「でもこの世界に来て、アードロンに出会って、俺はまっとうに生きられるようになったよ! それは全部、おまえのおかげだ! 俺に魔法を教えてくれて、生き方を示してくれて、貴族への怒りや恨みに染まっていた俺に、そんな感情はもういらないんだって、自由に空を飛べるんだって教えてくれたのはお前だ!!」
『 アヴェン様…… 』
「お前がいなきゃ俺は何もできなかった! 貴族への憎しみに染まってがむしゃらに強さを求めて、意味もなく魔族に戦いを挑んで、無様に死ぬのが落ちだったろうよ! そうならなかったのはお前のおかげだ! お前は俺に大事なことをたくさん教えてくれた、かけがえのない友達なんだよ! だから俺は、お前と一緒に生きていきたい!! お前が俺にくれたものの分だけ、お前の夢を叶えてやりたい!! 神に苦しめられてきた分、これからの人生を幸せに過ごさせてやりたい!! それが俺の望みだ!!」
それこそが、アヴェンが望む幸福な未来。
『 友達……まさかアヴェン様がそんなふうに思ってくださっていたなんて、私は知りませんでした…… 』
アヴェンはアードロンを見つめて、目を涙で濡らしながら微笑んだ。
「だから俺は学園には行かない。お前と鍛錬する方が、俺は楽しいんだ」
そう言ってアヴェンは、教会の方へと歩いて行く。
「さあ帰ろうぜ。シスターが飯つくって待ってる」
アヴェンの少し寂しそうな背中を見つめるアードロン。
『 私が、アヴェン様を巣に縛り付ける鎖になっていなければいいのですが…… 』
小さくつぶやき、アードロンは胸の辺りに手を当てた。
『 何か、胸騒ぎがします…… 』
言い知れぬ不安がアードロンを襲う。
日が落ち、暗くなっていく空。
それはまるで、この平穏がいつまでも続くわけではないのだと、告げているようだった。
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