21. 最強の平民
勇者の最後の一撃。
それを放つためにユリシラは、エノテーカにこれでもかと魔力を凝縮する。
肌がゾクゾクと逆立つような、美しく荒々しい純白の魔力。
「【
ユリシラが静かにつぶやく。
その瞬間、聖剣が今までとは比較にならないほどの輝きを放った。
白い。白すぎる。
聖剣はおろか、ユリシラの姿さえ塗りつぶすほどの真っ白な輝き。
綺麗な緑に覆われた草地も、奈落へと続く巨大な穴も、全てが光の白に染められる。
「これが世代最強、500年前に全ての魔神を封印した神の力か!!」
アヴェンが興奮して叫ぶ。
大地と空が白光に照らされる。
その場所、その空間全てが光で満たされ、輝きに呑まれる。
その中で、漆黒の魔力が揺らめいた。
「【
アヴェンの叫びとともに黒いもやが左腕に集まり、右腕と同じ漆黒の武装を形成する。
黒く染まった神の両腕。
白光に照らされるなか、その黒だけは呑まれることなく存在感を放ち続けている。
その両腕に魔力を集め、アヴェンは勢いよく駆け出した。
そして、穴の縁から思い切り向こう側へとジャンプする。
その顔に笑みを携えて、穴の上を飛ぶアヴェン。
ユリシラは、そんなアヴェンに向けて聖剣を振り下ろした。
「【
放たれたのは斬撃ではない。
まるで空間ごと押し出すような、白く染まった世界がまるごと近づいてくるような。
そんな、莫大な光のエネルギーの塊がアヴェンの視界を真っ白に染め上げる。
貴族が持つ魔法の素質を鍛え上げ身につけた力。
そこに、受け継がれた勇者の魔力と才覚を乗せた一撃。
Sランククラスの肩書きは伊達じゃない。
世代最強と謳われて申し分ない実力。
この魔法に敵う人間など存在するのか。
別の世界で、一人の少年が貴族に虐げられていなければ。
理不尽な運命に翻弄され、腕をもぎ取られていなければ。
偶然出会った神に食べられ、命を落としていなければ。
勇者が世界の頂点に君臨していたであろう。
しかし少年は転生し、この世界に来てしまった。
強さを求め、神の力を鍛え上げてしまった。
そしてたどり着いた。
この世で唯一、勇者を凌駕する人間へと。
それはただの、何の変哲もない、平和を愛する平民だった。
「お前は確かに最強だ。心技体の全てがそろった超人だよ。それでも、俺が命を燃やして身につけた魔法だけは、この世界で唯一お前の白を黒く染め上げる力を持つ!!」
アヴェンは漆黒の武装を纏った両腕をクロスさせた。
「これだけは、アードロンの許可なく使うなって言われてたけど、もういいよな!!」
丘の麓にいるアードロンが、静かに頷く。
『 はい、存分にお使いください、アヴェン様……! 』
神の両腕の内部に秘めた膨大な魔力。
普段なら外に出すことは許されない莫大な力。
それをアヴェンは、一気に解き放った。
「【
その瞬間、白の世界の半分が黒く染まった。
アヴェンが放った二太刀の斬撃は交差し、その威力を何倍にも高める。
異常な密度で凝縮する漆黒の魔力が、光を呑み込み世界を黒く浸食していく。
快晴の空の下、天をも照らす白光と地をも呑み込む暗黒が会合する。
天国と地獄、その相容れない二つの世界が衝突したような神話のごとき光景を、生徒たちは息を飲んで見守った。
アヴェンをただの平民だと思う者は誰一人として存在しない。
貴族と平民の壁。
そんなものはとっくに、黒いもやによって取り払われてしまった。
国一番の貴族学園に所属する世代最強の勇者と、それを上回る桁違いの魔法で地形すら改変してしまう平民。
今、目の前で行われているのは、間違いなく世代の頂点を決める最高峰の戦いだ。
両者の強大な魔法がぶつかり、世界が白と黒の二つに分かれる。
周囲の空気が、草が、地面が、天変地異のごとく暴れ回る。
しばらくすると、鳴り響いていた轟音が止み、視界を二分していた白と黒が徐々におさまる。
舞い上がった土埃も晴れていき、少しずつ二人の影が見えてくる。
「俺の勝ちだな」
仰向けに倒れ伏す勇者。
その首下に突きつけられたアヴェンの手刀。
ただの平民はついに、勇者を超えた。
貴族に弄ばれ死んだ平民は、強さを求め抗い続け、とうとう最高位の貴族である勇者を凌駕してしまった。
「くっ……!」
その衝撃的な事実にユリシラは目を伏せ、唇をグッと噛み締める。
そして――
「ふええええええええええええん!!!」
涙をボロボロこぼし泣き出した。
「え……おい、泣くなって……なあ……!」
目を潤ませ頬を真っ赤にし涙を流す勇者に、アヴェンは動揺を隠せなかった。
「私は……今までいっぱい頑張って強くなったのに……! 勇者だから、負けないように必死に戦ったのに……! なんであなたはそんなに余裕な顔してるのよお……!!」
息を詰まらせながら、かすれ声で言葉を紡ぐユリシラ。
泣いている女の子相手にどうしたらいいかわからず、アヴェンは手刀を離しユリシラの体を起こした。
「悪かったよ、ちょっとやりすぎた。でも、お前だってめちゃくちゃ強かったぜ。俺を除けば世代最強は間違いなくお前だ。自信持てよ」
アヴェンはユリシラの肩に手を添えて、服の袖で溢れ出る涙をそっと拭う。
「ううう……負けた相手に言われても嬉しくないわよお……!」
「まあ……そうだよな……」
最初は、凜とした立ち姿に大人びた言動、さすがは勇者だと思わせられるような華麗な振る舞いを見せていたユリシラ。
しかし、中身はやはり10歳の少女だ。
初めての敗北に悔しさを抑えきれず、アヴェンの袖をつかんで濡れた目元を拭っている。
潤んだ瞳に紅潮した頬。
肌は白くまつげは長い。
そして、先ほどとは打って変わってシュンとしぼんだ儚げな表情。
貴族だからか、それとも勇者の性質なのか、泣いていてもユリシラの顔は美しい。
その姿に、アヴェンの目が一瞬奪われる。
しかし――
「悔しい悔しい悔しい悔しい!! 絶対にこのままじゃ終わらせない!! アヴェン・ロード、あなたに勝てるまで私は何度だって勝負を挑むわ!! レスタール騎士学園に編入しなさい!! そこで私と毎日戦うのよ!!」
「……は?」
グイッと顔を近づけてまくし立てるユリシラの申し出に、アヴェンの思考は一瞬停止した。
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