19. 勇者を凌駕する力

「私は10代目勇者として、負けるわけにはいかないの」


 ユリシラは腰に下げた大剣を引き抜き、その切っ先をアヴェンに向けた。


「これは初代勇者が持っていたとされる魔を払う聖剣、エノテーカ。数分後あなたは、この剣の下で動かなくなっているでしょうね」


「御託はいらねえ、勇者の力見せてみろよ!」


「せっかちな男は嫌いよ!」


 ユリシラが剣を構えると、刀身が白く光り輝き神々しい魔力が溢れ出す。


「【しろ縦一じゅういつ】!!」


 縦一閃。

 振り下ろされた大剣から、特大の光の斬撃が放たれる。


 さすがはSランククラス。

 学生が出せる威力の技ではない。


 空気を切り裂き、瞬き一つの間にアヴェンの目の前まで斬撃が迫る。


「すげえな!!」


 アヴェンは勇者の魔法の強さに感動を覚えながら横に飛んで回避した。


「この程度で驚いてるようなら、あなたもたいしたことないわね!」


 再び、エノテーカが白く輝く。


「【しろ横一おういつ】!!」


 今度は横一閃。

 光の斬撃がアヴェンを狙う。


「よっと!!」


 アヴェンは上にジャンプして回避。

 足元を斬撃がすり抜けていく。


「甘いわね!!」


 その瞬間、アヴェンの背後から光が降り注ぐ。

 驚いて振り返ると、先ほど避けたはずの縦向きの斬撃がすぐそこまで迫っていた。


 どうやら、放った後も斬撃の軌道を変えることができるらしい。


「いい技だな!! 【護黒ごこくたて】!!」


 アヴェンはとっさに黒いもやを固め盾をつくる。

 その盾に斬撃が衝突し、空気を震わせるほどの轟音が鳴り響く。


 ビリビリと肌に伝わる勇者の魔力。

 アヴェンにとってこんなに楽しい戦いは、生まれて初めてだった。


「やっと、全力で戦える!!」


 漆黒の盾が純白の斬撃を弾き飛ばす。


 その直後、今度はアヴェンの頭上から光が差す。

 横向きの光の斬撃が軌道を変え、空から降ってきたのだ。


 完全なる不意打ち。

 それでも、アヴェンは動じない。


「【黒神こくしん御腕みうで】!!」


 アヴェンの右腕に黒いもやが集まり、漆黒の外骨格をつくり出す。

 硬く禍々しい魔力の武装を纏う神の腕。


 その腕で迫り来る斬撃をがっしりとつかんだ。


 全身に響く衝撃。

 アヴェンを押しつぶそうと溢れる白の魔力。


「おらああああ!!!」


 アヴェンが漆黒の腕に力を込める。

 すると、つかんでいる部分から徐々に斬撃がひび割れ、その亀裂が全体に広がっていく。


 パリンッ


 ガラスが割れるような音ともに、斬撃が砕け散った。


「私の魔法を片腕で壊すなんて……!!」


 ユリシラは驚いて声を上げる。


「でも、それで終わりじゃないわよ!!」


 片手をアヴェンの方に突き出し、ユリシラは広げていた手のひらをギュッと握った。


「【光屑の集いカネス・キュロリア】!!」


 そのかけ声とともに、アヴェンの周りで漂っていた斬撃の欠片が一斉に光り出す。


「なんだ……!」


 次の瞬間、無数に散らばっていた欠片が一直線にアヴェンに向かって飛んできた。


 数え切れないほどの光の弾丸。

 全身を蜂の巣にされ、即死するのが落ちだろう。


「狭間を通らねえ早い死はさすがにごめんだぜ! 【護黒ごこくまゆ】!!」


 一瞬にして、黒いもやがアヴェンを包み込む。

 つくり出されたのは漆黒の球体。全方位をガードする死角のない完全防御。


 その繭に防がれ、光の弾丸が弾かれる。


「硬い繭ね……!」


「そっちこそ、流れるようないい攻撃じゃねえか!」


 アヴェンはその口元に笑みを浮かべる。


「余裕そうに言ってくれるじゃない! その笑み、きれいさっぱり消し去ってあげるわ!」


 ユリシラが掲げるエノテーカに、大きな魔力が凝縮される。


「【しろ十咲じゅうさく】!!」


 縦の斬撃と横の斬撃を合わせた、十字の光の斬撃。


 先ほどとは比べものにならないほどの魔力に、アヴェンはブルリと体を震わせた。

 生まれて初めての武者震いだ。


「まだ上がるのか!! 【裁黒ざいごく】!!」


 アヴェンは、漆黒の武装を纏っていない方の腕で黒の斬撃を放った。


 黒神の斬撃と勇者の十字が邂逅する。

 空気が震え、足元の草が激しく揺れる。


 莫大な魔力の衝突。

 そのつばぜり合いのような状態が続くこと数秒、白の十字が少しずつパキパキと音を立てて崩れ始めた。


「うそ……押し負けた……!!」


 驚愕するユリシラ。

 そしてついに、光の斬撃は完全に砕かれ、漆黒の一閃が勇者へと迫る。


「くっ……!!」


 すんでのところでユリシラは横に飛び回避する。

 そして、草の上を転がりながら何とか体勢を立て直した。


「はあ……はあ……あなた、本当に何者!?」


「何度も言ってんだろ、ただの平民だって」


 ユリシラは歯をグッと噛み締め、ポニーテールを振り乱しながら首を横に振った。


「やっぱりありえない! 私は貴族であり勇者、幸運にも人より多くの魔力を持って生まれてきた。でも、それにあぐらをかかず、ずっと自身を鍛え続けてきたのよ。その努力と強さを認められ、レスタール騎士学園のSランククラスに入って、世代最強とまで言われるようになった。なのに……!!」


 貴族、勇者、Sランククラス、世代最強。


 誰も太刀打ちできない強者の肩書き。

 いずれ世界一の騎士として名をはせるであろう黄金の卵。


 そんなユリシラの突出した強さを、なぜただの平民がこうも軽々と超えてくるのか。


「なんであなたは、そんなに強いのよ!!!」


 ユリシラの問いを受け、アヴェンの顔に影が差す。


「お前は、死んだことあるか?」


「え……あるわけないじゃない……!?」


 ユリシラが困惑しながら答える。


「もう少しで死ぬかもしれねえってほどの空腹を味わったり、うじが湧いた死体から剥ぎ取った服の温もりを頼りに冬を越したり、もぎ取られた腕の痛みに耐えながら人殺しに捕まらないように逃げたり……そんなこと、お前ら貴族には縁のない世界だろうな……」


 アヴェンは前世の記憶を思い出す。

 貴族に弄ばれた地獄の日々。


「俺の強さはな、ただただ自由に生きたいと願う平民の、底力なんだよ」


 アヴェンの言葉に、ユリシラはスッと背筋を伸ばし剣を構えた。


「そう、あなたも大変な思いをしてその強さを手に入れたってことなのね。それでも、私は勇者として負けるわけにはいかないの。絶対に、負けられないのよ……!」


 エノテーカが光る。

 荒れ狂う魔力が刀身に集まり、わずかに地面が振動する。


「もう容赦しないわ。今のうちに負けを認めないと、大怪我を負うことになるわよ!!」


「上等だ!! 全力で来い!!!」


 勇者の全開の魔法が今、放たれる。

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