18. 救いの女神

「ふざけんなああああああああああああ!!!」


 アヴェンは天を仰いで絶叫した。


「何で俺が牢獄に行かなきゃいけねえんだよ!! 確かに魔族を倒しちまったことは悪かったけど、そこまでするか!!」


「残念だけど、勇者としてあなたの罪を見過ごすわけにはいかないわ。さあ、これからギルドに出頭しに行くわよ。抵抗したらさらに罪が重くなるから、おすすめはしないわ」


 ユリシラはアヴェンの手首をつかんで、引っ張りながら歩き始めた。


「話を聞いてくれ!! レスタール騎士学園がトップクラスの名門校なのは知ってる。でもあの魔族と戦うのはまだ早い。終始苦戦続きで勝てる見込みはなかっただろ? あのまま戦ってたら間違いなく危険だった! 俺は間違えて手出しちまったけど、結果的にはあれでよかったんじゃねえのか!!?」


 何とか牢獄行きから免れようと必死に言葉を紡ぐアヴェン。


 しかし、ユリシラは頑として耳を貸さない。

 どうやらこの勇者は随分と頑固者のようだ。


「クソッ……アードロン、助けてくれ……!」


 アヴェンはチラリと丘の麓の方へ目を向けた。


 アードロンはアヴェンの方をじっと見ているが、そこから動く気配はない。


「マジかよ……なんで……!!」


 二度目のアヴェンの人生。

 家族を得て、強さを得て、平和な暮らしを手に入れた。


 しかし、その結末は牢獄送り。


 冷たい石の牢屋の中で、アヴェンはその生涯を終える。

 何もない暗い世界でそっと目を閉じ、今度こそ釈命花しゃくめいかが全て黒く染まって、世界外空間に溶かされる。


「それだけは絶対に嫌だ……」


 神頼みでもしたい気分だったが、アヴェンは神がどれほどしょうもない存在かを知っている。


 ユリシラは話を聞かず、アードロンは動かない。

 頼みの綱の神様ですら、頼るに値しないときた。


 どこで失敗してしまったのかと力なくうなだれるアヴェン。

 ユリシラに手を引かれながら、がっくりと肩を落とす。


 そのとき――


「道を空けよ!」


 アヴェンの耳に、よく通る女の声が聞こえた。

 その声は、丘の上にいる生徒たちの背後から響いた。


 突然の声に驚き振り向く生徒たちは、後ろにいる人物の顔を見てさらに顔をこわばらせ、すぐさま道を空ける。


 その道を通り、ゆっくりと歩を進める女性。


 年はシスターと同じくらいだろうか。

 深緑色の長い髪を風になびかせ、色とりどりの豪奢な着物を揺らしながらアヴェンの方に近づいてくる。


 扇子で口元を覆い、頭には複数のかんざしを刺しており、それらは高級感の漂う金と赤で彩られている。

 そのさまはまさしく、妖艶の二文字が似合うだろう。


「学長、遅いですよ! 授業の開始までには来ると言っていたじゃないですか!」


 ユリシラが怒り気味に声を張る。


「え……あれって学長なのか……?」


 その色気漂う容姿は、とてもレスタール騎士学園の学長とは思えない。

 異国の姫と言われた方が納得がいく。


「すまぬな、ちと会議が長引いてしまってのう。しかし、話は全て聞かせてもらった。妾がいない間に随分と面白いことになっているではないか」


 学長はアヴェンに視線を送ると、アヴェンの周りをクルクルと歩きながら全身をなめ回すように眺めた。


「ほうほうほうほう、なるほど、これは何と興味深いことか……! これほどの魔力を田舎町の若き平民が持ち合わせていようとは……!!」


 学長は広げていた扇子をビシッと閉じ、その人形のように整った顔を顕にした。


「この者を牢獄で腐らせるなど愚行の極み!! アヴェンとやら、お主に罪を帳消しにするチャンスを与えよう!!」


 両手を広げ、嬉しそうに口角をつり上げる学長。


「我が校の最高戦力であるSランククラスの勇者、ユリシラ・ヴェルティーナと一対一の決闘を行い、見事お主が勝利すれば無罪放免としてこの空の下で生きることを許可しようではないか!!」


 目を見開いて空を仰ぎ、学長は高らかに宣言した。


 その言葉を聞き、アヴェンの瞳に光が宿る。


「え……本当に、いいのか……!!」


 それに対し、ユリシラはブンブンと頭を振る。


「いいわけないじゃない!! 決闘で罪の有無を決めるなんて、いくら学長でも勝手すぎます!!」


 声を荒げるユリシラを見て、学長はニヤッと笑みを浮かべた。


「勇者ともあろうものが、ただの平民に負けるのが怖くて勝負を降りると、そういうことでいいのじゃな?」


「な……そんなわけ……!!?」


 ユリシラは拳を握り、歯を噛み締める。


「わかりました、そこまで言われては引き下がるわけにはいきません! 私は10代目勇者、この世界に救いをもたらす希望の光。私に敗北の二文字はないのだと、証明して見せます!!」


「よろしい、では皆の者、場所を空けよ! これよりアヴェン・ロードの牢獄行きをかけた決闘を執り行う!」


 学長の指示に従い、生徒たちは丘から離れ遠くから決闘を見守る。


 アヴェンとユリシラは丘の上に立ち、距離を取って互いに向かい合った。


「俺の人生終わったと思ったけど、まさかこんな形でチャンスが降ってくるとは思わなかったぜ……」


 アヴェンの胸に安堵と喜びが生じる。


 安堵は、牢獄行きを回避する機会を得たことへの純粋な安心。


 喜びは、神の力を持つ世代最強の勇者と戦えることに対する欲まみれの興味。


「それでは、ユリシラ・ヴェルティーナ対アヴェン・ロード、決闘開始!!!」


 学長の合図とともに、アヴェンの人生をかけた一世一代の勝負が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る