17. 3つの罪
一撃で葬られたヴァルキリー・ネペント。
天変地異と見紛うほどに強大な漆黒の斬撃。
あまりに突然の出来事に唖然とするレスタール騎士学園の生徒たちは、少しの沈黙の後、一斉に斬撃を放ったアヴェンの方に視線を向けた。
「危なかった……」
地中に潜り込んでいる棘はまだ顔を出していない。
間一髪、アヴェンの魔法が間に合ったのだ。
しかし、そんな命の恩人であるアヴェンに対し、生徒たちは怪訝な目を向けた。
「なんだ、今の……!」
「あいつがやったのか……!」
「なんでこんなこと……!」
まるで化け物でも見るかのように顔をこわばらせる生徒たち。
「なんか、不穏な空気だな……」
いきなり常軌を逸した桁違いの魔法を目にしたのだから、困惑するのは当然だろう。
だからといって、こんなにも疑念と恐怖の入り交じった顔をされるとは、アヴェンも思っていなかった。
「あなたは何者?」
そのとき、アヴェンの方に一人の女子生徒が近づいてきた。
体から溢れ出す異様な魔力。
引き込まれそうなほど青く澄んだ瞳に純白の鎧。
先ほどアードロンが話していた10代目の勇者だ。
その勇者は、金髪のポニーテールを揺らしながらアヴェンの目の前で立ち止まった。
「俺はアヴェン・ロード。近くの教会に住んでるただの平民だ」
アヴェンが答えると、勇者はその額に冷や汗を浮かべながら目を尖らせた。
「嘘はやめなさい。ただの平民があんな常識外れの魔法を使えるわけがないわ……!」
力強く、頭にスッと響く芯のある声音。
しかし、その声にはわずかに困惑と焦燥が感じられた。
「嘘なんてついてねえよ。俺は本当にただの平民だ。魔法は……その……頑張って特訓したんだよ。それはもう血のにじむような努力を重ねて、毎日鍛え続けてきたんだ」
「あなたが貴族ならその説明でギリギリ納得できるわ。でも、見たところあなたは貴族じゃない。だからといって、平民というにはあまりにも強すぎる。頑張りや努力だけじゃ説明が付かないのよ、あなたの人並み外れた魔法は……!」
勇者は一呼吸置いてから腰に下げた大剣に手をかけ、アヴェンの目を見据えた。
「だからもう一度聞くわ、あなたは何者?」
勇者の体から神々しい白い魔力が立ち上る。
「いや、だから本当にただの平民なんだって……! 生まれて10年、ずっと田舎町のほとりにある教会で、シスターと神父と他の子供たちと一緒に暮らしてきた、平穏を愛する人畜無害のただの平民だ!!」
アードロンのことは伏せたが、言ったことに偽りはない。
さすがに、アヴェンにしか見えない神々から使わされた生死不明の骨格標本に魔法を習ったとは言えなかった。
そんなことを言ったら、頭のおかしい狂人だと思われてしまう。
すると、勇者は体から放っていた魔力を抑え、大剣から手を離した。
「疑問は拭えないけれど、悪意はないようね」
勇者の目が少し穏やかになる。
「それならなぜあんなことを……」
「なぜって、お前も他の生徒たちも気付いてなかったみたいだけどな、あの魔族はこっそり地面の中に棘をしこんで、お前らの命を狙ってたんだぞ。それに気付いたから、あの魔族が攻撃を開始する前に倒したんだ」
アードロンが気付かなければ本当に危なかった。
アヴェンはあくまで、生徒たちの命を守るために魔法を発動したのだ。
しかし、アヴェンの言葉に勇者は首をかしげる。
「何を言ってるの? ヴァルキリー・ネペントにそんな攻撃はできないわ。あの棘は空中を滑空するためにとても軽いつくりになっているの。そんな軽量な棘を誰にも気付かれずに地中に埋めることなんてできるわけないじゃない」
「え……!?」
アヴェンは驚いて丘の方に視線を向ける。
先ほどまでは無我夢中でわからなかったが、地面の中には一切の魔力が感じられない。
つまり、棘は埋められていないということだ。
「嘘だろ……なんで……!!」
アードロンほどの強者が間違えるわけがない。
だとしたらアードロンが嘘をついたということになる。
しかし、それはなぜなのか。
「心苦しいけれど、10代目勇者、ユリシラ・ヴェルティーナが、あなたに処断を下します」
ユリシラと名乗ったその勇者は、アヴェンに向けて片手を突き出し、人差し指を立てた。
「レスタール騎士学園の所有物である魔族を許可なく殺した器物損壊の罪」
「え……!?」
突然の宣告に困惑するアヴェン。
それを無視してユリシラは次に中指を立てる。
「レスタール騎士学園の戦闘訓練を中断させた授業妨害の罪」
「いや、え、ちょっと、なに言ってんの……!?」
最後に薬指をピンと伸ばし、ユリシラはまっすぐにアヴェンを見つめた。
「大勢の生徒たちがいる中で正当な理由なく危険な魔法を使用した傷害未遂の罪」
「おい、だから意味がわかんねえって……!?」
勇者ユリシラの口から告げられるアヴェンの罪。
それらが示す最終的な答えは――
「これら3つの罪により、アヴェン・ロード、あなたを牢獄送りにします」
牢獄とは、犯罪を犯した者に罰を与えるための収容施設。
そこに送られるということはすなわち、人生の終わりを意味する。
「はああああああああああああ!!!?」
アヴェンはその非情な宣言に、驚きと困惑をたっぷり込めて、喉が引きちぎれんばかりの大声をぶつけるのだった。
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