16. 平民の一撃
黒煙の元にたどり着いたアヴェンとアードロン。
そこは木がない開けた場所。
目の前には小高い丘が見える。
丘の上には何十人もの人間がたむろしていて、皆同じ服を着ていた。
その人間たちは必死な顔をしながら、一体の魔族と戦っている。
「あれは……俺と同じくらいの子供じゃねえか」
『 今、識眼で確認します 』
そう言うと、アードロンは丘の上の子供たちと魔族に向けて能力を発動した。
『 ふむふむ、なるほど、どうやら彼らはレスタール騎士学園という学校の中等部生のようですね。 今日は授業として、魔族との戦闘訓練を行っているようです 』
「騎士学園……てことは、騎士を育成する学園ってことか」
『 そうですね、加えてレスタール騎士学園は世界でもトップクラスの名門校のようです。 学生のほとんどが有力な貴族のご子息らしく、その強さも一般の学生とは一線を画します。 しかし、正直アヴェン様の方がよっぽど強いのではないでしょうか 』
「え、そうなのか……!」
『 はい、その証拠にあの魔族はクラス5のヴァルキリー・ネペントです。 体から無数の棘を飛ばす、植物に類似した形態の魔族ですが、あの魔族一体に随分と苦戦しているみたいですね 』
ヴァルキリー・ネペントの体は、球状の胴体とそこから伸びる蔦のような長い触手で構成されている。
全身が緑色で、胴体に散らばった目玉が全方位を常に見ているような状態だ。
レスタール騎士学園の学生たちは、蔦から発射される夥しい棘の雨に手こずっている様子。
「で、さっきアードロンが感じた神聖な魔力の持ち主ってのは……」
アヴェンは、一人だけ生徒たちから離れたところにいる、異様な魔力を放つ女子生徒に視線を向けた。
金髪のポニーテール。
澄んだ青い瞳。
その純白の薄い鎧は日光を反射して輝いており、腰に下げた大剣は子供が持つような代物じゃない。
背筋がスッと伸びたその気品溢れる立ち姿に、アヴェンは一瞬目を奪われる。
『 はい、あの方が10代目の勇者様のようですね 』
「あれが……確かに強そうだな」
『 レスタール騎士学園の組み分けは、生徒の強さに応じて4段階に分かれています。 下からC、B、A、Sランクと呼ばれていますね。 中でもSランククラスの生徒は、その世代最強の猛者たちです。 もちろんあの勇者様もその一人。 他にも数人Sランクの生徒がいるみたいですが、今日は来ていないですね 』
「Sランク……世代最強……なるほどな、より興味が湧いてきたぜ」
アヴェンの中でふつふつと戦闘欲が湧き上がってきた。
強さを求めるアヴェンにとって、勇者の力は非常に興味をそそられる。
「でも、なんであの勇者は戦わないんだ?」
『 Sランククラスの生徒が戦闘に参加してしまっては訓練がすぐに終わってしまいます。 おそらくは、何かあったときのためのサポートのような役割を担っているのではないでしょうか 』
「それくらい強いってことか」
アヴェンは、汗を垂らしながら魔族と戦っている生徒たちに視線を移した。
「あっちの生徒たちも貴族なだけあって魔力量が多いな」
『 そうですね、それに加えて地道な鍛錬を積み重ね、立派な騎士になれるよう努力しているようです。 アヴェン様を傷つけた貴族とは違いますよ 』
「そんなに心配しなくても、もう貴族ってだけで目の敵にしたりしねえよ。俺がそんなふうに歪んでいくのを、アードロンは見たくないんだろ?」
『 はい、アヴェン様はやはりすごいお方です。 過去を飲み下すのはお辛いことでしょうに…… 』
「まあな……」
そのとき、突然アードロンがうろたえた様子で丘の方を指さした。
『 あれは……! まずいです、アヴェン様!! ヴァルキリー・ネペントが棘を地中に潜りこませ、生徒たちの心臓を狙っています!! しかも、そのことに誰も気付いておられません!! 』
「はっ……!? 嘘だろ!?」
そんな不測の事態に対応するために、Sランククラスの勇者がいるのではないのか。
だというのに、勇者はその場から動かない。本当に気付いていないようだ。
「クソッ……間に合うか……!!」
アヴェンは腕に魔力を溜めながら走り出す。
少しでも遅れれば、たくさんの命が目の前で散ることになる。
貴族が憎いのは変わらない。
しかし、アヴェンを傷つけたのはあの生徒たちではない。
それを理解できるようになった。
だから、あの貴族たちを敵視する理由はもうないのだ。
凄まじい速度で走り抜けていくアヴェン。
遠のいていくその背中を見つめながら、アードロンは小さな声でつぶやいた。
『 申し訳ありませんアヴェン様、私は生まれて初めて嘘をついてしまいました……。 どうか、この広い空に、飛び立ってください…… 』
魔族の方に全力で走りながら、アヴェンは魔力で満ちた腕を大きく振りかぶる。
走り出してから攻撃の予備動作まで、あまりに早すぎて、誰もアヴェンの存在には気付いていない。
そんな中、焦りの色を浮かべながら、アヴェンは思い切り腕を振り下ろす。
「【
テノラ・ファイオと戦ったときとは違う、人の命を守るために放った、全力の【
ヴァルキリー・ネペントの体長は10メートルと少し。
それを軽々と超えるほどの巨大な漆黒の斬撃が、一瞬でヴァルキリー・ネペントの体を通り抜ける。
生徒たちの視界を駆け抜ける黒い影。
それが何なのかわからぬうちにヴァルキリー・ネペントに視線を戻すと、先ほどまで蔦を振り回し棘をまき散らしていた姿はどこへやら。
その体は真っ二つに裂け、その断面から体液を垂れ流しながら地面に倒れ動かなくなった。
まさしく瞬殺。
生徒たちは絶句し、その場が静まりかえる。
平民の一撃は、あまりにも強かった。
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