14. 圧倒的な初陣
『 アヴェン様、あれが魔族でございます 』
今日は初めての戦闘訓練だ。
アヴェンとアードロンは草陰に隠れ、数十メートル先にいる魔族を観察していた。
ここは教会から離れた森の奥深く。草木が生い茂り、視界は悪い。
「初めて見たけど、けっこう獣っぽいんだな」
その魔族はトカゲのような見た目で、全身が黒い鱗で覆われており、太く鋭い尻尾が生えている。
しかし、ただのトカゲとは違い二足歩行で、体格もアヴェンの倍ほどはある。
『 魔族はその強さに応じてクラス分けがされています。 クラス1から10にかけて強さが増していき、この数値を参考に騎士の方々は魔族討伐の部隊を編成しているようです。 クラス1なら騎士一人、2なら二人、3なら四人と、クラスが一つ上がるごとに倍の人数が必要になっていきます 』
「じゃあ、あいつのクラスは?」
アヴェンが、不気味な双眸をギョロギョロと動かしているトカゲの魔族を指さした。
『 あれはクラス8、テノラ・ファイオ。 討伐には128人の騎士が必要です 』
「いきなりそんな化け物と戦って大丈夫なのか!?」
アヴェン自身、強くなったという自覚はある。
しかし、騎士が100人以上でようやく倒せる相手と一人で戦うなんて、普通に考えれば自殺行為だ。
『 安心してください。 あの魔族はどうやら空腹で気が立っているようです。 おそらく、いつもより獰猛で見境がなくなっていることでしょう 』
「安心って言葉の意味知ってる!!?」
アードロンは冗談交じりにクスクスと笑う。
『 大丈夫ですよ。 今のアヴェン様はあの魔族より多くの魔力を保有しています。 私の見立てでは、まず負けることはありません 』
そのアードロンの言葉に疑問を感じ、アヴェンは不思議そうに口を開く。
「あの魔族の魔力量とか、どうやって見極めてるんだ? 俺の魔力もそうだけど、見ただけでわかるもんなのか? それとも、強くなれば自ずとわかるようになっていくのか?」
『 おや? そういえば、言っていませんでしたね。 私としたことが伝えるのを忘れておりました 』
申し訳なさそうに頭を下げるアードロン。
『 私には
「お前、そんな能力あったのかよ!?」
10年一緒にいたというのに、アヴェンは識眼のことなど全く知らなかった。
アードロンはその能力で、アヴェンや魔族の魔力量を量っていたのだ。
『 はい、例えばシスター様は氷魔法を使うことができ、教会の方々を守れるようにこっそり魔法の練習をしておられます。 対して神父様は炎魔法の使い手で、昔は騎士とともに魔族と戦ったこともあるようです。 お二方ともアヴェン様のことを我が子のように大切にしておられますよ 』
「マジか!? あの二人が魔法を使うとこなんて見たことねえぞ!」
シスターはまだしも、神父が魔族と戦えるほど魔法に長けていたなんて、アヴェンは知らなかった。
どうやら、識眼の力は本物らしい。
『 まあ、識眼と銘打っておきながら、私自身に目はないんですけどね 』
アードロンは、本来ならば目があるはずの頭蓋骨の空洞を指さして言った。
「そ、そうだな……。お前、今日はやけに楽しそうじゃねえか。何かあったのか?」
『 特別なことは何もありません。 私はアヴェン様のおそばにいるだけでとても嬉しいのです。 天上世界とは違い、毎日が楽しいですよ 』
アードロンの声音は落ち着いているが、その顔は少し微笑んで見える。
「それならいいんだけどよ……」
少し照れくさそうに頬をかくアヴェン。
『 それでは、テノラ・ファイオと戦ってみましょう。 恐れずに、アヴェン様の実力を見せつけてあげてください! 』
「了解、行ってくる!」
アヴェンは地面を蹴り草陰から勢いよく飛び出した。
そしてそのまま、行き場もなくうろついている魔族の前に立つ。
「よう、俺と勝負しようぜ、テノラ・ファイオ。騎士128人分の強さと俺の魔法、どっちが上か決めようぜ!!」
「グオオオオオオオオオオオオ!!!」
アヴェンの姿を見て、テノラ・ファイオが咆哮を上げ一気に殺気立つ。
その太く強靱な足を踏みだし、テノラ・ファイオはアヴェンとの距離を一瞬で詰めた。
そして振り下ろされる鋭い爪の付いた筋骨隆々の腕。
ビュオッ
空気を切り裂く音が鮮烈に響くほどの速度。
しかし、振るわれた腕は虚しく宙を掻く。
アヴェンが最小限の動きで身をかがめ、攻撃を避けたのだ。
その事実に怒りを顕にし、テノラ・ファイオは狂ったように何度も腕を振るう。
「こいつが強いのは確かだけど、あんまり速く感じないな」
次々と繰り出される高速のかぎ爪。
その全てを軽々と避けながら、アヴェンは右腕を横に突き出した。
「【
その瞬間、黒いもやがアヴェンの右腕を覆い、指先の方から固まっていった。
硬く強靱な漆黒の武装。薄い鎧のような、はたまた外骨格のような見た目の黒神の腕。
これは、鍛錬の中でアヴェンが身につけた新しい魔法の一つ。
「おらっ!!」
荒れ狂う猛攻の合間を縫い、アヴェンが【
「グオッ!!!?」
鈍い音が響き、硬い鱗で覆われたテノラ・ファイオの腹がベコッとへこむ。
目玉が飛び出そうなほどの衝撃が全身を駆け抜け、それと同時にテノラ・ファイオは後方に吹き飛ばされた。
苦しそうにうめき、眼球をギョロギョロと動かしながら困惑するテノラ・ファイオ。
唾液を口からこぼしながら、震える足でゆっくりと立ち上がる。
すると、テノラ・ファイオは顔をこわばらせ、その口に魔力を集め始めた。
「なんだ……?」
その凝縮していく魔力を不思議そうに見つめるアヴェン。
次の瞬間、テノラ・ファイオの口から激しく唸り狂う炎が吐き出された。
数秒もしないうちに、アヴェンの視界が真っ赤に染まり、焼け付くような熱が肌を刺す。
「【
その炎が到達する前に、アヴェンは黒いもやを円形に固め防御した。
アヴェンの身長の倍ほどはある大きな盾が地面に突き刺さり、降りかかる炎を弾く。
テノラ・ファイオの目線からは、盾に隠れてアヴェンの姿が見えない。
しかし、このまま炎を吐き続ければ、いずれ熱の蓄積でアヴェンの方が先に音を上げるだろう。
そう判断したテノラ・ファイオの背後で、漆黒の魔力が閃く。
「【
テノラ・ファイオが振り向いたときにはもう遅い。
その体は脊髄に沿って真っ二つに切り裂かれ、悲鳴を上げることもなく地面に崩れ落ちた。
盾を出した瞬間にはもう、アヴェンはその場から離脱し、テノラ・ファイオの後ろに回っていたのだ。
あえて自身より大きな盾で身を隠したのは、アヴェンが盾の後ろにいるのだと思わせるため。
その策略にはまってしまったテノラ・ファイオは、背後から近づくアヴェンに気付かず、その命を失う結果となった。
『 見事ですアヴェン様。 鍛錬の成果をしっかりと発揮できましたね 』
「ちょっと待て!! まだ戦い足りねえぞ俺は!!?」
思っていたよりもあっさりと決着がついてしまい、アヴェンは消化不良だ。
『 それほどアヴェン様が成長されたということです。 クラス8の魔族を単独で撃破するなんて、本来なら勲章ものですよ。 今のアヴェン様であれば、私でも腕一本使わないと止められません 』
「まだ全身は使ってくれないのか……」
何にせよ、アヴェンの成長は著しいものだった。
がっくりと肩を落とすアヴェンを見つめ、アードロンはボソリとつぶやく。
『 アヴェン様はもうすぐ私の元から、巣立っていくのかもしれませんね…… 』
何となく、そんな予感がしていた。
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