13. アードロンが望む未来
「見せたいものって何なんだよ」
教会から離れ、草が刈り取られた土道をまっすぐに進むアードロン。
その後ろについて歩くアヴェンは、毎日やっていた魔法の鍛錬を休みにしてまでアードロンが見せたいものとは一体何なのか気になり、疑問を口にした。
『 もうすぐわかりますよ 』
そのまましばらく歩くと、急に正面から光が差し、開けた場所に出た。
アヴェンとアードロンがたどり着いたのは高い崖の上。
そこからは、地平線まで続く景色を一望できる。
晴れ渡った空。
日光を受け輝く緑の木々。
そして、レンガ造りの家々が立ち並ぶ小さな町。
『 この町は、先ほど教会を訪れていた騎士のギルドが受け持っている町です 』
「なんで、これを俺に……」
この場所に連れてこられた意図がわからず困惑するアヴェン。
『 この町の周辺は魔族の出現率が比較的高く、とても人間が安心して暮らせるような場所ではありません 』
「そう……なのか……」
人間に害をなす魔族。
そんな存在が
『 しかし、この町に住む人々は皆笑顔です。 昼は仕事に出かけ、夜は安らかに眠る。 家族とともに食事を取り、たまには仲間たちと宴で盛り上がる。 そこに魔族に対する恐怖はありません。 それはなぜか、ひとえに守ってくれる存在がいるからです 』
「守ってくれる……存在……?」
『 父親が元気に仕事に向かって行ける。 母親が安心して学校に行く子供を見送れる。 のびのびと子供が外を駆け回れる。 そんな人々の当たり前の生活を守ってくれる存在。 それが誰だかわかりますか? 』
その問いの答えが何なのか、アヴェンには思い当たる節があった。
「まさか、それが……騎士……」
『 そうです、アヴェン様が最も憎み、嫌い、退けたいと願う存在、騎士という職業に就いている貴族たちです 』
貴族が人々を守る。そんなことがあるのか。
アヴェンが知る貴族は、傲慢で欲深く、平民を自分たちのおもちゃとしか思っていない、この世の
とても平民を魔族の脅威から守るような気高い魂など持ち合わせてはいない。
「そんなわけねえだろ……。貴族は俺の全てをぶち壊した悪の元凶だぞ。そんなやつらが、平民を守るなんて、あるわけがねえ……!」
アヴェンは拳を握り締め、怒りに声を震わせる。
『 少し昔話をしてもよろしいでしょうか? 』
唐突なアードロンの申し出に、アヴェンはぎこちなく頷く。
「あ、ああ……?」
『 ありがとうございます。 アヴェン様も知っての通り、私は神々の使者として400年間、神を主と仰ぎ仕えてきました。 これだけ長い時間をともに過ごせば、人間なら仲が深まり情が芽生えるのかもしれませんが、神々にとって我々はただの道具、そこに情など一片たりともありはしません 』
人間だって道端の石ころに情を抱いたりはしない。
神にとってアードロンは、それだけどうでもいい存在だということだ。
『 そのため、神々の使者が何か大きな功績を挙げても、神々は褒めるどころか労いの言葉一つかけません。 しかし、罰はお与えになります。 神々の使者が一人でも失敗を犯せば、その罰は神々の使者全員に下るのです。 神々から見れば、神々の使者は全員同じ。 個性があるかどうかなど関係ない。 神々の使者という肩書きしか見てはいないのです 』
不意にアードロンが、羽織っていたローブの前を開き骨の体を顕にした。
「あっ……!」
そこでアヴェンは気付いた。
本来、胴体にあるはずの肋骨が何本か足りない。
『 私が誕生してから4回ほど神々の使者に罰が下りまして、肋骨を4本取られてしまいました。 致命的な欠損ではないものの、意識が外に漏れ出しそうになるので、最初は苦労したものです。 私はアヴェン様に、神々と同じようにはなってほしくないのです。 貴族という肩書きだけでその者の価値を判断し、切り捨ててほしくはないのです 』
アードロンは町の方を指さして続ける。
『 あの町を見てください。 貴族として育ってきた騎士たちが、人々の命と笑顔を守るために日々魔族と戦い平和を維持しています。 確かに、アヴェン様は貴族に全てを奪われました。 その痛みを忘れることなど、到底できることではないでしょう。 しかし、アヴェン様が恨むべきは前世であなたを傷つけたあの貴族たちだけです。 少なくともこの町の貴族は、アヴェン様が思うような悪辣な人間ではありません 』
アヴェンの脳裏をよぎる、前世に見た貴族たちの顔。
口角をつり上げ、卑しく笑う気持ち悪い生物。
その醜い醜悪さを、先ほど出会った騎士の男には感じなかった。
「言ってることはわかる……。でも、貴族を見るとどうしても、あの憎たらしい笑みがちらつくんだ……! 怒りが勝手に溢れ出てくるんだ……!」
『 すぐに受け入れることはできないでしょう。 しかし、アヴェン様にだけは、神々のように偏見を持ってほしくはないのです。 私の名を呼び、手を握ってくれたあなたが、神々と同じになってしまうことを、私はどうしても見過ごすことができません 』
アードロンがふと、町を眺めるアヴェンの方に視線を向けた。
『 しかしご安心を。 アヴェン様には決定的に神々と異なる点がございます 』
「異なる点……?」
それが何なのかわからず、首をかしげるアヴェン。
その様子を見て小さく笑い、アードロンは答えを口にした。
『 神々は私に、夢を与えてはくださらない 』
アードロンが自信ありげに声を張る。
『 神々は、ただの道具が夢を見るなど、決して許しはしないでしょう。 しかしアヴェン様は、スプリテュスを食べたいという夢を私に思い出させてくれました。 生きているか死んでいるかもわからない動く屍に、夢を持ってもいいのだと、教えてくれました。 それがどれだけ嬉しかったか、誰にもわからないでしょう 』
神々の使者としてではなく、アードロンという存在に対してアヴェンがかけた言葉。
アードロンにとって、その言葉から受けた衝撃は計り知れない。
『 その夢とともに私には目標ができました。 アヴェン様が大きく成長し、世界に認められ、周りにたくさんの人々が集まる。 そのお姿を、後ろからずっと見守っていたい。 それが私のささやかな目標です 』
道具として生きるしかなかったアードロンに希望の光を与えた。
夢を与えた。
目標を与えた。
生きる意味を与えた。
そんなアヴェンの姿を、いつまでも見守っていたい。
それがアードロンの願い。
「後ろからは嫌だ。隣にいてほしい……」
アヴェンは目線を逸らしながらボソリとつぶやいた。
『 そのようなことを言っていただけるとは、嬉しい限りです。 住む世界も、生物としての定義も、存在の仕方も違う私とこれだけ心を通わせることができたのですから、貴族ともきっと打ち解けられます。 私は貴族と平民が隔絶している世界より、両者が手を取り合って進んでいく未来を見たいですよ 』
アードロンの思いが、アヴェンの心にじわりと染み込んだ。
貴族は憎むべき醜悪な生き物。
そう思いながら、アヴェンはずっと生きてきた。
しかし、アードロンがそう言うのなら、少しばかり見方を変えてみてもいいのかもしれない。
貴族という肩書きを取り去って、その中身にちゃんと目を向けてもいいのかもしれない。
握り締めていたアヴェンの拳は、いつの間にか緩んでいた。
それに気づき、口元を少し緩ませ、アヴェンは町を眺める。
「アードロンはすげえな。俺にはそんな未来、想像することもできなかったぜ。でも少しだけ、そんな未来もいいのかもなって思っちまった。今からでも俺は変われるかな?」
アヴェンの問いに、アードロンは力強く答えた。
『 変われます。 アヴェン様の未来はこの空のように広く、その魂は雲のように、いかようにでも形を変えることができるのです。 アヴェン様が過去を乗り越え、明るい未来へ進みたいと願うのなら、世界は必ずそれに答えてくれます。 何ものにも縛られず、この空を自由に飛んでください、アヴェン様 』
「わかった。アードロンが誇れるような自分になれるよう、頑張ってみるよ」
アヴェンの言葉に、アードロンは嬉しそうに微笑むのだった。
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