12. 世界で一番憎い存在
「アヴェンは今日も魔法の練習か?」
いつも通り、アヴェンが一番早く朝ご飯を食べ終わり席を立つと、ラートンが声をかけてきた。
「そうだぜ。これだけは欠かしちゃいけねえんだ」
「精の出るこったなあ、俺なんて魔法はからっきしだぜ。どうせ、どれだけ魔法が上達したって貴族にはかなわねえからよ」
生まれつき平民より魔力量の多い貴族。
普通に考えれば、平民が貴族より強いなんてことはありえない。
由緒ある血筋、高度な教育、洗練された魔法。
どれをとったって平民なんて足元にも及ばない。
それがこの世界の不変のルール。
「そんなことないと思うぜ。俺は平民にだって、貴族を越えられる可能性があると思ってる。そうそうに見切りをつけて諦めちまうのはもったいねえよ」
それはアヴェンの本心だった。
自分を殺した貴族たち。
運命を狂わせた悪の元凶。
そんな存在がピラミッドの頂点にいる世界なんて、間違っている。
「そうかなあ……。まあ、何はともあれ、アヴェンが本当に貴族より強くなっちまったらよお、俺はお前のこと一生自慢し続けるぜ。俺にはとんでもなく強い家族がいるんだってな!」
そう言ってニカッと笑うラートン。
その姿に、アヴェンは勇気をもらえた気がした。
「私もアヴェンのこと応援する!!」
ラートンの言葉を聞き、エイシーも拳を突き上げ高々と宣言した。
「そうねえ、私はアヴェンちゃんが元気でいてくれたらそれだけで満足だけど、アヴェンちゃんが強くなりたいなら、精一杯支えるわよ」
両手をグッと握り締めるシスター。
その顔には優しい笑みが浮かんでいる。
「そうじゃなあ、元気に生きて、自分の夢を叶えてくれれば、もう何も言うことはないわい!!」
手に持った湯飲みを掲げ、嬉しそうに笑う神父。
そして、湯飲みになみなみとつがれている酒をグビッと飲み干した。
「だからお酒はダメだって言ってるじゃないですか!!」
シスターは慌てて湯飲みを取り上げ、神父が残念そうな顔をする。
その様子を見て笑うラートンとエイシー。
「これが、家族ってやつなのかな……」
アヴェンはボソリとつぶやいた。
前世では家族などいなかった。
物心つく前に両親に捨てられ、治安の悪い貧民街で一日一日を何とか生き延びていく日々だった。
ゴミ箱をあさって食糧を確保し、干からびた死体から服を剥ぎ取り、掘り抜いた地面に体を入れて、布団の代わりに土をかけ、わずかな地熱を頼りに眠った。
誰も手を差し伸べてはくれなかった。
一人で生きるしか選択肢がなかった。
だから、家族というのがこんなにも温かいものだったなんて、アヴェンは知らなかった。
無償で自分の夢を応援してくれる。
笑って背中を押してくれる。
この世界のこの場所に生まれてよかったと、アヴェンは心の底から思った。
「あら、珍しいわね、お客さんかしら?」
そのとき、シスターが教会の入り口の方を見て首をかしげた。
その言葉にアヴェンも振り向く。
見ると、一人の男が入口の前に立っていた。
その体は銀色の厚い鎧で覆われており、腰には剣を携えている。
「すみません、町のギルドから来た者なのですが、最近魔族の動きが活発になってきているので、この辺りも定期的にパトロールすることになりました。そのご挨拶に伺った次第です」
野太い声だが、言葉遣いは丁寧だ。
整えられた短い灰色の髪に、威圧感のある彫りの深い顔立ち。
アヴェンはその男に鋭い視線を向けた。
この世界には、人間以外に魔族という種族が存在する。
その性格は実に危険で、人間を見ると見境なく襲ってくる。
動物や植物など様々な形態を持つ魔族が確認されており、各所で被害報告が相次いでいる。
古くからこの世に
その魔族を討伐し、一般市民を守る役目を担っているのが騎士という職業。
その騎士が集まって結成されるのがギルドだ。
この男も騎士の一人で、近くの町にあるギルドからわざわざ挨拶に来たらしい。
しかし、アヴェンは騎士を毛嫌いしていた。
なぜなら、騎士のほとんどが生まれつき魔力量の多い貴族だからだ。
アヴェンの人生をめちゃくちゃに壊し命を奪った貴族を、どうやったら許すことができようか。
その憎き存在をこれ以上視界に入れたくない。
そう思い、アヴェンは教会を出るため足早に入り口の方に近づいた。
「どいてくれるか?」
アヴェンが騎士の男に向けて無愛想に言い放った。
「あ、ああ、すまない……」
10歳の少年にギロリと睨まれ、男は困惑しながら道を空けた。
その言い知れぬ圧力は、とても生まれて10年の子供に出せるようなものではなかった。
アヴェンの心に暗い影が落ちる。
貴族にはもう二度と関わりたくない。
そう思っていたのに、まさかこんな形で出会ってしまうとは思ってもみなかった。
アヴェンの体の内から溢れ出る怒りと憎しみ。
その激情が、アヴェンの中を駆け巡る魔力の流れを乱した。
そして本人も気付かぬうちに、体から漆黒の魔力が漏れ出る。
「君、ちょっと待ちなさい!? 何だその魔力は!!?」
アヴェンから溢れ出る異常な量の魔力に、騎士の男は顔をこわばらせ声を荒げた。
その言葉に、アヴェンも自分の体の異変に気付く。
「これがどうかしたのか?」
アヴェンは振り返り、目を尖らせて男の顔を見据えた。
少し制御が乱れただけで、この程度ならアヴェンはすぐに抑えられる。
しかし、あえて抑えなかった。
それは、貴族に自らの力を見せつけるため。
もう虐げられるだけの弱い平民ではないということを示すため。
散々弄ばれてきたのだから、これくらいしても許されるだろう。
「信じられん!? これほどの洗練された莫大な魔力を子供が持ち合わせているだなんて!!? 君、年はいくつだい?」
「10歳」
吐き捨てるように答えるアヴェンに、男は戸惑いを隠せなかった。
「その年でこの魔力量、君はとんでもない逸材だ! ぜひ、我がギルドに来てほしい! その力を活かせる職業は騎士しかない! まずは有名な騎士学園に通って知識を学び、卒業したら我がギルドに入ってほしい!」
男が興奮してまくし立てる。
いわばこれは勧誘だ。アヴェンの力を認め、騎士として雇いたいというお誘い。
普通の平民なら喜んで飛びつくのかもしれないが、アヴェンは違った。
貴族と同じ場所で仕事をするなんて考えられない。
アヴェンの貴族に対する嫌悪は、それほど大きなものだった。
「絶対にやだね。誰が貴族なんかの誘いに乗るかよ。とっとと失せろ」
アヴェンは眉間にグッとしわを寄せて騎士の男を睨みつけた。
その様子に男は圧倒され口をつぐむ。
話は終わったとばかりにアヴェンは歩き出し、教会の裏手で待っているアードロンの元に向かった。
「……待ってくれ!! 君の力はきっと世界を照らす希望の光になる!! 多くの者の命を救い、世界に平和をもたらすことができる!! 魔族の脅威を退けるために、その強さを役立ててはくれないだろうか!!!」
「うるせえ、俺から全てを奪い去った貴族が、平和なんて言葉を口にするな」
男の必死な訴えを無視し、アヴェンは足早に立ち去った。
教会の裏手に行くと、アードロンがランプ片手にアヴェンを待っていた。
しかし、その顔はどこか悲しげだ。
『 随分と、苦しそうなお顔をされていますね 』
アードロンが静かに話しかける。
「そりゃ、この世で一番会いたくないやつに会っちまったからな……」
アヴェンは視線を落とし、歯を噛み締めた。
その様子を見て、アードロンは何かを思いついたように口を開く。
『 今日は魔法の練習をお休みにしましょう。 アヴェン様に見せたいものがあります 』
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