10. いつも通りの狂った朝

 アヴェン・ロード、10歳。

 短い黒髪に、尖った目つき。


 アヴェンは順調に鍛練を重ねていき、体は引き締まり魔力の扱いにも長けてきた。


 シスターの腕の中で眠れないのは少し寂しかったが、強くなるためには仕方がないことだ。


 今は朝ご飯の時間。

 食事も強い体をつくるためには必須の要素。


 アヴェンは食卓に座り、黙々と腹ごしらえをしていた。


 すると――


「シスター、頼むからもうトルーラの実を食卓に置かないでくれよ!! 臭すぎて鼻がおかしくなっちまう!!!」


 アヴェンの隣に座っていたラートンが立ち上がって声を荒げた。


 ラートン・クーア、15歳。

 孤児院で面倒を見ている3人の子供のうちの一人。

 茶色い髪はきれいに切りそろえられており、年齢の割に背が少し高い。

 この教会で自由奔放に成長した、元気のいい活発な少年だ。


 その額に汗をにじませ、ラートンはアヴェンに視線を向ける。


「アヴェンも何か言ってやってくれよ!! 毎朝毎朝、激臭で目を覚まされるのはもううんざりなんだ!!」


 荒ぶるラートンを尻目に、アヴェンは米を口に運んだ。


「まあ、エイシーがどうしても食べたいっていうんだから仕方ないんじゃねえの。それでも嫌なら、鼻栓して寝ればいい」


「寝苦しいにもほどがあるだろ、それは!!」


 そんな二人の様子を見て、シスターが口を開く。


「そんなこと言ってもしょうがないでしょ。トルーラの実がないと、エイシーちゃんが朝ご飯を食べてくれないんですから!」


 数年経っても、シスターの容姿は一切変わらない。

 その溢れ出る母性で、アヴェンたちをここまで育て上げてきた。


 すると、エイシーが机を思い切り叩いて立ち上がる。


「トルーラの実は臭いけど美味しいです!! ラートンはまだお子ちゃまだから、その良さがわからないんですよ!!」


 エイシー・ガーテン、10歳。

 アヴェンと同い年で、ラートンに負けず劣らず元気な女の子だ。

 白い肌に大きい目、シスターの口調が移ったのか、いつも敬語で話す。


 その長い黒髪をばさばさと振り乱しながら、エイシーはラートンに指を突きつけた。


「今度、寝てる間にトルーラの実を口に詰めてあげますよ! そうすれば少しは慣れるんじゃないですか!!」


 その言葉に、ラートンがこれまた大きい声で叫び返す。


「鼻栓した上にトルーラの実を口に詰め込まれたらどこで呼吸しろっていうんだよ!! 皮膚か!? 皮膚呼吸で体中に必要な酸素全部補えってのか!!?」


 朝から猛々しく激論を交わすラートンとエイシー。


 その騒がしい口喧嘩を肴に、神父が湯飲みに入っている酒をすすった。


「元気なのはいいことじゃ。子供はやはり元気に限るのう」


 朝から酒を飲む老人もなかなかに元気なのではないだろうか。


 ここ数年で神父の顔にはしわが増え、白髪は少しずつ抜け落ちている。

 相変わらず、長く伸ばされた白い髭の手入れはかかしていないようだが、それだっていつ抜けるかわからない。


 そのとき、シスターが神父からバッと湯飲みを取り上げた。


「何してるんですか神父様!! まったく毎日毎日お酒ばっかり飲んで、ついには朝もですか!! いい加減にしてください、そんなことでは早死にしますよ!!」


 アヴェンはふと、転生したばかりのときの教会の様子を思い出した。


 窓の外を見ながらお茶をすする神父の姿。

 あれはどうやら、お茶ではなく酒だったらしい。


「頼む飲ませてくれ!! 酒はわしの生命線なんじゃ!! もう少し度数下げるから!! 水で割ったりするから!!」


「そんなことじゃ意味がないくらい神父様が飲んでいるお酒は度数が高いじゃないですか!! 聞きましたよ、大型の哺乳類が一滴で卒倒するくらいの度数らしいですね!! そんなもの飲ませられるわけないじゃないですか!!」


「お願いじゃシスター!! この通りじゃ、わしから命を奪わないでくれ!!」


 神父が地べたに座り込んで土下座した。


「命を奪うのはこのお酒です!!」


 シスターは手に持った湯飲みを高々と掲げる。


「ごちそうさまでした」


 そんな中、アヴェンは誰よりも早く食事を終え、席を立った。


 この教会の朝はいつもこんな感じだ。


 嗅覚の命運をかけたラートンの叫び。

 それに屈せず謎理論を展開するエイシー。

 狂った度数の酒を日夜飲み続ける神父。

 それらをおさめようと奮闘するシスター。


 わちゃわちゃしている4人を置き去りに、アヴェンは教会の外に出た。

 しばらくは誰も教会から出てこないだろう。


 アヴェンはそのまま教会の裏手に移動する。



『 お待ちしておりました。 それでは今日も、魔法の特訓を始めましょうか 』



 教会の裏は影が落ちていて暗い。

 そこに、いつも通りランプを持ったアードロンが立っている。


 アヴェンは黒いもやの扱いにもだいぶ慣れ、今では体外に放出した黒いもやを自在に操ることができる。


 しかし、あくまでもやの動きをコントロールできるというだけで、強さを得たとは言いがたい。


 そんなアヴェンの心中を知ってか知らずか、アードロンはアヴェンの顔をじっと見つめた。



『 アヴェン様もそうとうもやの操作に長けてきましたね。 もう同年代でアヴェン様に並ぶ人間は存在しないでしょう。 私の教え方がよかったのでしょうね 』



「それはその通りだけど、自分で言う!?」


なんだかんだアヴェンとアードロンが出会ってから10年も経つ。


アードロンのしゃべり方は依然として丁寧なままだが、たまに軽い冗談を言うようになった。

そのくらい、仲が深まってきたということだろう。



『 アヴェン様の上達ぶりには私も驚きを隠せません。 ということで、今日からはお待ちかねの攻撃魔法について学んでいきましょう 』



「ついに来たか……!!」


 アヴェンの心臓が一気に高なった。

 待ちに待った攻撃の魔法。


 黒神の力の真価が今、アードロンの口から語られる。

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