5話 ~初対面~

「お、おぉ……女の……人……!?」


「……んん?」


 ゴロンゴロンゴロン。


 訪れない眠気に、ひたすらベッドの上を転がる人形と化していた時だった。


 家の入口側から、子どものような声が聞こえたのは。


 ハッとして身を起こ――そうとして、ハダカの自分に気づいて慌てて背を向ければ、背後から心配そうな声がかけられた。


「い、い、生きてる人、ですよね……!?」

「あ、えっと、その、ハイ」

「……あ、あの。身ぐるみでも、剥がされたんですか?」

「あ、その、えっと」


 ヤバい。なんて言い訳するべきか。


 盗賊に身ぐるみを剥がされたって言おう、という考えは、あまりにも予想外の他人の襲来に、すっかり意識から飛んでいて、どもるような声しか返せない。


 しかも相手は(おそらく)子ども。

 どうしようどうしよう、とグルグル悩んでいると、なにを勘違いしたのか、向こうが逆に慌てだした。


「あ、ご、ごめんなさい! そんなの、急に言われても答えられませんよね……!」

「う、え、えぇ……ごめんなさい。その」


 このままじゃ、お互いマトモに会話できない。

 どうにかしなきゃ、と視線を巡らせた先に、部屋のすみに置かれた古びた毛布が目に入った。


 慌ててそれをヒッつかんで、爆発しないように細心の注意を払いつつ、体を隠すようにお互いの間に差し入れる。


 よし、これでとりあえずはOK。体をそっと、声のする方へ向き直らせた。


「え、えっと、バタバタしてごめんね? きみは、この村の人?」


 顔を上げて、真正面の子どもを見る。

 そこに立っていたのは、だいたい中学生くらいの年齢の少年だった。


 ただ、髪の毛は澄んだ青色。この時点で、ここが日本ではないことが明白だ。


 服は、いわゆる村人A的な服装だ。

 でも、その上に冒険ファンタジーでよく見るような、くさりかたびらっぽいものを着ている。


「いえ……ぼくは、兵士です」

「へ……兵士??」


(こんな、中学生くらいの子どもが??)


 とっさに、昨日の『痴女』呼ばわり事件が頭をよぎった。


 けれど、彼は心配と困惑と少々の照れをないまぜにして、目のやり場がなさそうにウロウロと視線を動かしている。私のことを疑うそぶりはなさそうだ。


 ううん、なんと説明しよう、と悩んでいると、急に黙り込んだ私に気づいて、アワアワと少年は両手を上げた。


「あ、だ、大丈夫ですよ! ぼくたちは母国、フェゼント国の兵士ですから!」


(エッ、なにが大丈夫なの??)


 浮かんだセリフは、幸い口から出ることはなかった。


 もしかしたら、となりの国あたりと戦争でもしているのかもしれない。


 ここは、あいまいな反応で乗り切るに限る。


「そ、それは……安心ですね! ところで、兵士様がどうしてここへ?」


「えぇと、この辺りに魔物の群れが住み着いていると目撃情報が入って……あなたは、この集落の人ではないですよね?」


 少年の瞳に、だんだんと困惑の色が現れてくる。


 さて、いったいなんと答えようか。


 相手は、子どもとはいえ、兵士だ。


 まったく情勢を把握できていない以上、へたなウソをつけばすぐにバレて、よくない方向へ行く可能性が高い。


 ――となれば。とれる手段は、ひとつだ。


「あの、実はですね……私、記憶喪失でして」

「えっ!?」


 少年が、ぎょっとした表情で飛び上がった。

 それはそうだろう。なんとも突拍子もない話なのだから。


 信じてもらえるかは五分五分。でも、なにもわからない私はもう、この方向で押し通すしかない!


 内心、ヨシ、と気合いを入れて、怒涛の勢いでしゃべりだした。


「たぶん、身ぐるみを剥がされたショックだと思うんです。その、私……なにもわからなくって。ここがどこだか、通貨がいくらとか、物価とか、さっきのフェゼント国がどうたら、そういった常識的なことも、ぜんぶ……!」

「え……く、国の名前もわからないんですか?」

「それどころか、自分の名前もわかりません! もう、なにもかも、覚えていないんです……!!」

「え……そ、それは、大変でしたね」


 少年兵は、へにゃんと眉を下げて困り顔だ。


 彼は、私の半分ほどの年に見える。


 そんな子供が、ハダカの女に『自分は記憶喪失だ』とつめよられるのは戸惑うだろうなぁ、と頭の片隅で思いつつ、毛布でしっかりと体をガードしつつ、ズズズッとベッドの端へ寄った。


「そういうわけで……魔物がどう、っていうのはよくわからないんです。あっでも、ちょっとお前に、すごく大きなオオカミのような怪物は見ましたけど」

「オオカミのような怪物……! そ、それ、報告にあった魔物です!! いったい、どのあたりで見ましたか?!」

「この村につく直前だったので、丘の上の森のあたりですね」

「丘の……! ではやっぱり、森の方に魔物が住み着いてる……!」


 と、少年がふと、考え込んだ時だった。


「おーい、ブラウ! いつまでそんなところに……おお!?」


 家の外から、やんちゃそうな明るい声が飛び込んできた。


 開け放しのドアの向こうからヒョッコリと顔を出したのは、青色の髪の少年と同い年くらいの、エメラルドグリーンの髪をした子どもだった。


「あっ、グリュー」


 返事をするブラウと呼ばれた子ども兵に比べると背が高く、目つきはいかにもイタズラ坊主っぽく釣り目だった。

 しかし、服装は同じで、布の服の上にくさりかたびらのような防具をつけている。


「お、女の人!? そ、それもすっぱだかで……!?」

「ち、痴女じゃないです!! 痴女じゃないですから!!」


 プライド崩壊の危機に、必死に腕を振ってごまかそうとして、はだけかけてやっぱり止まる。


 ササッと毛布を使って念入りに全身を隠してから、ブンブンと首を振った。一手遅い感じもするが、やらないよりマシだ。


 すると、グリューと呼ばれた子供は、真っ赤な顔でブラウに向かって声を荒げた。


「ど、どどどどういうことなんだよ、ブラウ!!」

「え、いや、ぼくもなにがなんだか……」


(あー、ものすごく困惑させちゃってる……)


 戸惑う子ども兵二人に、原因である私はかける言葉もなかった。

 もはや、なるようになぁれ状態で、ボーっと天井を見上げているしかない。


(あ、クモの巣がある。この世界にはクモもいるんだな……)


 なんて現実逃避に走っていると、視界の端で、キラッと太陽に反射する金色の光がキラめいた。


「もー、二人とも。なにをそんなに騒がしくしてるのよ」

「「あっ、隊長!!」」


 キレイに重なった二人の声に、ハッと視線を正面に戻した。


 扉の向こうから、ヒョッコリと顔を出したのは、金色の髪をした見目麗しい一人の男性だった。

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